39話 普通のおじさん、我慢おじさん。

 男とは耐え忍ぶものだ。


 沈黙は金。それが、男、いや、おじさんたるものだ。


「わあ、釣れたあ!」

「凄いねエヴァちゃん、あ、私も!」


 ……心を乱すな。


 まだ始まったばかりだ。


 短気は損気、いや、釣り・・は短気のが良いという話ではなかったか?


「わ、またきた!」

「え、わ、私も!」


 私の名前はキミウチシガ。

 この世界ではシガと名乗っている。


 元奴隷のエルフ、ククリと出会って旅がはじまり、稀有な回復魔法を持つエヴァの護衛任務を承った。


 だが危険な奴らに命を狙われたことをきっかけに、私たちは三人で旅を続けることを決意した。


 そして次の国へ向かう道中、私はNyamazonの通知に気づく。

 この能力は実に便利で、安いのがありますよ! と度々教えてくれるのだ。


 そして今回は『釣りセール』というものだった。


 そういえば元の世界でしたことがあったなと思い出す。

 あの時は楽しかった。大きな魚を釣って、お刺身にして、お醤油をつけて、ホカホカの白米をかきこんだ。


 ククリとエヴァにも知ってほしくなった。あの最高の一口、最高の瞬間を。


 幸い飯盒炊きはある。

 米はないが、預金残高に余裕はあるので問題はない。


 足りないのは魚だ。


 Nyamazonも何でもあるわけじゃない。


 そして釣り竿を購入した。


 大人おじさん用を一本、子供用を二本。


 初めは良かった。


 地面でウヨウヨしている小さな虫を拾って餌としてつけてあげると、二人は凄い凄いと褒めてくれた。

 何でも怖くないククリも、虫は少し苦手らしい。


 だからこそ私は上機嫌だった。

 そうだろう、そうだろうと。


 だがそれは初めだけだった。


 いざ釣りが始まると、彼女たちの竿すぐに反応しはじめた。

 ものの数分、それからあれとあれよというまに魚が釣れる。


 彼女たちにだけ。


 ……我慢、我慢だ。


「また釣れた」

「私も。シガ様、これなんという魚でしょうか?」


 私はおじさん、我慢おじさんだ。

 この程度で心を乱さない。


 ククリが見せてくれた魚を冷静に見てみると、やはり異世界、よくわからなかった。

 イカっぽく見える。白いし、なんだか透明だ。


 この魚は、イカだ。


「イカに似ているので、イカと名付けよう」

「イカですか? なんだか変わった名前ですね」

「ああ、イカは美味しいぞ。醤油との相性も良い。……まあ、これがイカかどうかは知らないが……」


 最後は小声だが、ウソはついてはいけない。


「シガ、これは?」


 エヴァが見せてくれたのは、ノドグロのような淡い色をしていた。

 元の世界では高級魚だ。


「ノドグロだ。……に似ている」

「ノドグロー! シガ、物知り!」

「さすがシガ様です!」

「ああ、それほどでもない。……似ているだけだが」


 我慢を重ねて数時間、バケツにはいっぱいの魚があふれていた。

 もちろん、ククリとエヴァのバケツにだ。


「シガ様、そろそろ終わりませんか?」

「む? ――おお、もう夜か」


 気づけば夕日が落ちていた。

 次の国はまだ先だ。夜は早くに寝て、朝は早くから動く、それが旅の基本である。


 つまり早くご飯を食べなきゃいけない。


 そう、魚を食べるのだ。


「……後、十分だけ」

「シガ、おなかすいた」

「もう十分だけ、やらせてくれ」


 もちろん、どうなったのかは言うまでもない。


 

「ほら、どうだ!? 美味しそうだろう!?」


 私は魚をさばくことができる。

 なぜならよく釣りえモンという動画を見ていたからだ。


 その方は、釣った魚を一人で捌いていた。私はその人が好きだった。


「凄い、シガ様すごい!」

「シガ、天才」


 ありがとう釣りえモン。あなたのおかげで、私は異世界で褒められています。


 しかし考えてしまった。

 イカっぽいのとノドグロっぽいのは、果たして食べられるのだろうか。


 魚には毒がある個体もいる。

 

 危険――はないか。



『解析――毒なし』


 そして私は思い出す。解析スキルがもしかして使えるんじゃないかと。

 その通りだった。


 これも全て釣りえモンのおかげだ。

 毒に当たりました、という動画を見ていてよかった。


「醤油に付けて食べるんだ。そして、白米をかきこむ」


 あらかじめ用意は済んでいた。

 飯盒炊きも完璧だ。


 縁の下のシガ、あえて二つ名を付けるならそれだろう。


「ええと、ちょんちょん」

「ちょんちょんっ」


 二人はそれぞれ釣った魚のお刺身を醤油に付けた。

 同時に口に放りこんだ瞬間笑顔になる。


 だが私は見逃さない。


「今だっ!」


「「はい!」」

 

 二人が急いで白米をかきこむ。

 その直後、笑顔が三倍になった。


「「美味しい~~~~」」


 ああ、良かった。

 釣りえモン、あなたの動画おかげで、エルフは高評価を押しています。


 しかし私には、小さなプライドが残っていた。

 魚を食べていいのは、釣った人だけ。


 謎のプライドだ。


 それに気づいたククリが、どうぞと言ってくれた。


 だが――。


「私は……釣れなかった……」

「シガ様は、私たちに一番釣れそうな場所を教えてくださったじゃありませんか。交代しよう、なんて言わずに、ずっとその場から動かずに。だから、これは私たちのですよ!」

「クーちゃんの言う通り。これは、私たちの魚」


 ククリとエヴァが、笑顔で言ってくれた。

 二人とも頬にコメ粒がついているが、それは今、伝える必要はない。


 ならば、優しさに甘えさせてもらおう。


「なら……頂くぞ」


 イカっぽいのと、ノドグロっぽいのを箸でつまみ、醤油をちょんちょん、白米に乗せ、そして――かきこむ。


「う、うますぎる……!」


 味はとても濃厚で、今まで味わったことのないお刺身だった。


 ――釣りえもん、ありがとう。


 そして同時に罪悪感が生まれた。


 ……すまない。チャンネル登録が面倒でしてなかったことを、今謝りたい。

 

 履歴から見れるのでいいかなと思ってしまっていたのだ。本当にすまない。


「シガ様、また釣りしましょうね!」

「私も釣り好き」

「ああ、そうだな。食事の費用も抑えることもできるしな」


 私には新たな目標がある。


 それは、ククリとエヴァと安全に世界を旅することだ。

 

 それだけは守りぬく。


 そしていつか元の世界に戻ったら、釣りえモンのチャンネル登録をすることも新たに誓う。


 ――多分。おそらく。



 その夜、次回は釣れそうなスポットを譲ってもらおうと、新たに誓ったのだった。


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【大事なお願い】


 第二部開始です!

 しかし書籍化作業と新作も書きたいなと思っているので、二部からは少し不定期更新となります。

 申し訳ありませんが、よろしくお願いしますm(__)m


仕事をしながら合間で執筆をしています!

『面白かった!』『次も楽しみ!』

そう思っていただけたら


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