30話 普通のおじさん、覚悟を決める。

「ええなええなあ。才能あるっぺ」

「本当ですか? そうか、私には才能が……」


 しかし私の隣では、ククリがもの凄い速度で――くわを構え、畑を耕していた。

 凄まじい速度、なぜそんなに早くできるのだ……。

 ああ、そうか。


 彼女はエルフだ。森が好きだと言っていたし、やる気に満ち溢れているのか。

 更に自然と調和することに才能があるのだろう。


「シガ、がんばれー」

「ありがとう、エヴァ」


 ああ、畑ってのいいものだな。

 

 ▽

 

 数時間前――。


「ククリ、エヴァ、下がりなさい」

「え、どうしましたか?」


 剣を抜き、魔力を高めた。


 外には数十人、全員が剣を構えている。


 ……やるかやられるか、先手が大事だ。


「私に何かあれば、二人で逃げてくれ」

「シガ様、私も戦います」

「エヴァを優先してくれ、ククリ」


 いつもより強く言い放つ。

 以前とは違う。守る戦いなのだ。


 私は馬車から勢いよく飛び出すと、剣を持った男たちの中に――。



 ……あれ?


「どひゃあ、驚いたっぺ、どうしたんでさあ? 厠か?」

「え、あ、えあ……鍬?」


 剣ではない。みな鍬を持っている。

 いや、それどころか……格好はまるで農民だ。


「あ、いや、すみません……」


 私はさっと剣を隠し収納する。

 なんて早とちりをしてしまったんだ……。


 中継地点は村だと言っていた。

 馬車は輸送用で、急遽出発したとのことだったのだ。


 なるほど、それがここか。


「モオオ」

 

 牛の声、水車も見える。

 凄いな、こんなのどかな場所があるのか。


 それにこのあたりは暖かい。


「馬車が出るのは明日の朝になるでえ」


 従者の方が丁寧に説明してくれる。

 それより急いでククリたちに説明しないと……。


 荷台に乗り込み扉を開けようとすると――。


「エヴァちゃん、離れて!」

「あ」


 ククリが、エヴァを守ろうと剣を構えていた。

 

 ……頼もしいな。


「すまないククリ、早とちりおじさんだった」

「はい?」


 それから私たちは、この、のどかな村を見学させてもらうことにした。

 すぐ出発してもいいが、初めて見る農村に興味が湧いていた。


 ミルの村はそれなりに文明を感じられたが、ここは時間がゆっくり流れている。

 以前の世界での田舎の風景のようだ。


 心が和らぐ。


 もちろん宿はないので、少し見学してから出発しようと思っていた――。


「――え、いいんですか?」

「この時間から出発するとすぐに暗くなっべ、うぢでゆっぐりして朝出るといい」


 この村の村長である、イクゾウさんが私たちに提案してくれた。

 それならヨシ、と嬉しくなってしまい返事をしたのだ。


 温和で物腰が柔らかく、背が低い優しいおじさんという感じだ。

 誰かに似ている気もするが、気にする必要はないだろう。


 そして――。


「いやあ、畑仕事は楽しいですね」

「だずがるで、ありがどなあ」


 宿泊費はいらないと言われてしまったので、ならばとお手伝いをさせてもらっていた。

 ククリは凄まじいほど気合が入っている。


 流石エルフだ。


 エヴァは収穫した大根のようなものを籠にいれたり、おばあさんたちに頭を撫でられたりしていた。

 うむうむ、適材適所が完璧だ。

 

 安心したのは、二人の耳のことだ。

 特にエヴァはダークエルフ、ククリ曰くめずらしいのであまり周知されていないらしいが、もしかしたら気になる人がいるかもしれないと思っていた。


 だがこの村は、誰もそのことに言及しない。


 ここでは、古き良き時代を感じる。


 人種など関係なく、お互いを尊重し合っているのがすぐにわかった。


 だが――。


「若い人はあまりいないんですか?」

「何にもない村だがらなあ、冒険にすぐいっぢまうだ」


 そうか、そのあたりも同じなのか。

 悲しいが、仕方のないことかもしれない。


 私が何かできるわけでもないだろう。


 ただ、この事だけは強く覚えておきたい。


 それに私はいつかこの世界のどこかで暮らすことになるだろう。


 国だと思っていたが、村でもいいかもしれない。


 そう思わせてくれるほど、居心地が良かった。


 畑仕事を終えると、村長の家で宴が始まった。


 中は広く、精巧な木と藁で作られている。


 ヒノキの香りのようだ。ああ、落ち着く。


「シガさん、どうぞどうぞ」

「ありがとうございます」


 私は、地酒のようなものを頂いた。

 のど越しが柔らかくて口当たりもさっぱりだ。

 

 夕食は野菜が多かったが、自然が感じられて美味しかった。

 と、思っていたら――。


「これは……?」

「魔物豚の丸焼きだ。客人が来た時にしかでねえ」


 豚、ではあるがどこか違う。

 炭で丸焼きにした後、匂い消しに薬草を中に詰めて焼くらしい。

 香ばしい香りがして食欲をそそる。


「美味しそう……」

「食べたい……」


 どうやらククリとエヴァも待ちきれないらしく、机にかじりついている。

 気持ちは十二分にわかるので、私もじぃっと眺めていた。


 取り分けてもらい一口頂くと、私たちは同時に顔を見合わせる。


「「「美味し」」」


 それからも宴は続いた。村人は入れ代わり立ち代わり、家に入れる人数の限界があるので、誰か来たら減り、そして増える。

 みんなが人のことを第一に考えている、最高の村だ。


 私も途中、厠だと言ってNyamazonからお酒を何本か出して振舞った。


 日本酒が一番人気で、とても美味しいと言ってくれた。

 数人だけいた子供たちには、クリスマスでもらえるようなお菓子セットを。


 しかしお金が少しずつ減ってきている。

 そろそろ節約しないといけない。

 

 だがククリとエヴァもお菓子を物欲しそうに見ていたので、後日プレゼントする約束をした。


 ああ……楽しいな。


 その夜、私たちは川の字になって眠っていた。


 だが――あることに気づいて目が覚める。


 魔力を感じる。悪意のある魔力だ。


 数十人、馬の蹄の音も聞こえる。


 近づいてくる。まだ遠いが、わかる。


 悪意だ。離れていても気づいてしまった。


 目を覚まして外に出ると、ククリも遅れてやってくる。

 どうやら気付いたらしい。


 今度は……間違いないだろう。


 追いはぎか、追っ手か、盗賊か、山賊か――。


「シガ様、村人を起こしてきます。エヴァちゃんもまだ寝ていますが」

「いや、前方から来ているのはわかっている。誰一人として逃がすつもりはない。相手次第だが、この悪意は覚えがある」


 以前、村を襲って私たちを狙ってきた輩と似ている。

 悪意には種類がある。


 それがわかるのだ。


「今日は楽しかった。その恩を返そう。それも静かに、何事もなかったかのようにな」

「……わかりました」

「ククリ……手伝ってくれるか? 危険なのはわかっている。だが――」

「もちろんです。私は、あなたの剣ですので」


 私はいい相棒を持った。

  

 そして私たちは、闇夜に駆けていった。


 ――――

 ――

 ―


 結論から言えば、男たちは山賊のような輩だった。


 この村を狙ってきたわけではない。たまたまこの道を通った


 聞けば本当に偶然だったらしい。追っ手でなかったのは幸いだが、私がいなければこの村は危険だっただろう。


「た、たのむ命だけは頼む!」


 男の一人が、膝を突き命乞いをしている。

 もちろん私は説得を試みた。だがそんなのは通じなかった。


 彼らは私はもちろん、村人を殺すと断言した。


 この世界は美しい。だが、その反対に闇の部分もある。


「……一人でも逃すと村が危険になるかもしれない。それに――君たちは大勢、殺してきたのだろう?」


 かなりの悪党だった。全てを聞きだした。

 手加減はできなかった。


 私の手は血で……染まっていた。


 この世界に来てから始めて人を殺したのだ。


 だが――。


「シガ様、私がやりましょうか?」

「いや、大丈夫だ」


 私は、この世界で生きていくと決めた。


「や、や、や、ややめてくれ」

「――すまない」


 ――――

 ――

 ―


 翌朝、私たちは馬車に乗り込もうとしていた。


「ありがどなあ」

「いえこちらこそ。――それに、本当に考え直してはくれないんでしょうか」

「ああ、ここで暮らす」


 昨晩の出来事を、私は村長に話した。

 それでも、ここから動かないという。


 今まで何度かこういうこともあったらしいが、全員、それでもここに残る者たちだそうだ。


 故郷は、それほどまでに人にとって重要だ。


「ではありがとうございます。それと、こちらをどうぞ」

「ごれはなんだあ?」

「野菜の肥料です。土に合うといいのですが」


 Nyamazonで購入したものだ。感謝してもしきれないほど、私たちの心は随分と癒された。


「ほんどにありがどなあ。じゃあ、気を付けでくれ」

「はい、お元気で」


 馬車が出発し、村が遠くなっていく。

 

 そして私の手は、少し震えていた。


 以前襲われた時は、私は殺してはいない。


 だが今回は――。


「シガ様、あなたは正しいことをしています。この世界は、貴方の味方です。勿論、私も」

「……ありがとう」

「シガ、私も。気にしないで」


 ククリが、私の手を握って言ってくれた。そして、エヴァには言ってないはずだが、瞳はわかっていると答えていた。


「そうだな、これからおそらく何度も同じ事が起きるだろう。だが私は躊躇しない」

「はい、私もです! シガ様の敵には容赦しません!」

「わたしも!」


 何とも頼もしい二人だ。


 私は罪を犯した。この異世界の基準など関係ない。私自身が、そう感じている。


 だがそれでもいい。


 私は、私なのだから。


「エヴァには悪いが、そろそろ懐が寂しくなってきている。次の国では少し冒険者の仕事を再開する。情報収集と同時にな」

「はい! わかりました!」

「私も冒険者になる」


「「え?」」

 

 ちなみに、エヴァは本気だった。


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