28話 普通のおじさん、大人げないおじさん。

 ポテトチップスとコーラの魔力ですっかり忘れてしまっていたが、船に乗ったということは、別の大陸に移動するということだ。

 ククリもまだ行ったことがない土地に。


 今まで頼りにしていたが、彼女の知らない文化や風習が増えていくことだろう。


 特にククリとエヴァはまだ子供だ。


 私が、おじさんが、彼女たちを守らなければならない。


「シガ様、大丈夫ですか?」

「シガ、顔色やばい」

「あ、ああ……こんなに揺れる乗り物が存在するんだな……」


 深夜、船の甲板で、私は二人に背中をさすってもらっていた。

 辛すぎるので考えごとをしていたが、それでも辛いのは変わらない。


 ありえない揺れ具合、こんなのジェットコースターのほうがマシだ。


 もはや船ではない。これは人を意図的に揺らす為に作られた乗り物だ。


 なのになぜ……二人は平気なのだ。


「何か飲み物を飲まれますか?」

「いや……今飲むと全部出してしまいそうだ」

「シガ、顔色やばい」


 エヴァの語彙力が無くなるぐらい、私の顔色はヤバいのだろう。

 

 ……そうか。


「100万ペンス……だが背に腹は代えられない」


 誰かに見られないように空間魔法を出現させ、栄養ドリンクを取り出し、ごくごくと飲み干す。

 これで治るはずだ。


 腕立て、屈伸、バーピーすら可能に。


「良かった……。シガ様の体調が一番ですもんね」

「シガ、まだ顔色やばい」

「あ、ああ。これで完璧……あれ……」


 だがしかし、私の身体から栄養ドリンクが一気に排出した。

 すまない海、汚してすまってすまない。


 そうか、私には効かないのか……。


 酔い止めの薬は医薬品で、Nyamazonにはない……。


「ククリ、エヴァ、今までありがとう。短い旅だったが、楽しかった……」

「し、シガ様!?」

「シガ、しんだ」


 ▽


「晴れやかだな、まるで私たちを歓迎しているかのようだ」

「シガ様、体調が良くなって良かったですね」

「シガ、元気」


 翌朝、なんとか生き延びることができた私は、甲板で空を眺めていた。


 揺ら揺ら揺ら、だが、なんと耐性を得た。


 スキルに、船酔い耐性があるのを見つけたのだ。


 こればかりはチートに感謝しよう。


 だが到着までまだ時間がかかるみたいだった。

 エンジンがあるわけでもなく、風と人力で動いているので仕方がない。


 娯楽施設があるわけではないので些か暇だが……そうか。


「ククリ、エヴァ、トランプしないか?」

「トランプ? それはなんですか?」


 安価なトランプを購入し、二人に見せると、カードの堅さに驚いていた。

 あ、そっちなんだ。


「凄い、鋭利ですね」

「……新しい発想だな。そういえばこの世界でゲーム、遊戯のようなものはあるのか?」

「あると思います。私の里では木を削った駒遊びがありました」


 聞けばチェスのようなものだった。

 そのあたりは私の世界と変わらない。


 ひとまず私は、二人にババ抜きを教えた。

 簡単で人数も少なく楽しめる。


 個人的には大富豪もありなのだが、少し複雑すぎるだろう。


「む、エヴァちゃん強い……」

「えへへ、みんなわかりやすい」


 だがどうやら、私とククリは顔に表情が出やすいらしく、エヴァが連戦連勝だった。

 そして続く神経衰弱では――。


「で、これがスペードの6、こっちもこれで、あ、やっぱり。終わりですね!」

「ククリ、君の記憶はどうなっているんだ」


 一枚開けば、ククリは全てを記憶し、ミスせず当てていく。

 無双だ。勝てるわけがない。私の並列思考はなぜ発動しない?


「はい、大富豪です!」

「富豪だー」

「貧民……だ……」


 結局、二人は大富豪のルールも完璧に覚えてくれた。

 だが、勝てない。


 何故だ、なぜ勝てないのだ?


 たしかにエルフは頭脳明晰と聞いたことがある。

 それにしても、ここまで……。


「次は何にします? あれ、シガ様? 空間魔法をなぜ出したのですか?」

「シガ、トランプ消した」

「遊具は時間制限を設けたほうがいい。あまりやりすぎるとダメなんだ。これは、トランプの正式なルールだ」

「そういうもなんですか……でも、確かに面白いですもんね。また明日もやりましょう!」

「シガ、本当?」


 私は答えなかった。


 私は普通のおじさんだ。


 だが、負けず嫌いおじさんでもある。


 悲しい、悔しい。


 私はトランプが好きだった。


 大人げない、人は私のことをそう呼ぶかもしれない。


 だけどいい。


 私は、大人げないおじさんなのだから。


「……さて、鮭おにぎりとチョコレート、ポテトチップスとコーラを食べようか」

「ええ! 最高の組み合わせじゃないですか!」

「シガ、最高!」


 しかし私はその夜、罪悪感にさいなまれてしまい、もう負けたくないので嘘をついたと謝罪した。


 だが二人は、微笑んで許してくれた。


 ありがとう。


 やっぱり人間、正直に生きるべきだ。



 ただトランプは、たまにしかしないようにするが。



 

 そしてようやく、私たちは大陸に辿り着いた。


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