23話 普通のおじさん、大役を引き受ける。
人生で初めての王城内は、何というか、月並みの言葉だが……綺麗だ。
真っ白い高級な石が、至る所に使用されている。
おそらくだが、大理石だろうか、見た目美しい石が精巧な作りで配置されていた。
天井が高く、所々に国家のマークが刻まれている。
中で働いている人たちは、ほとんどが王国兵士のようだが、使用人のような女性もいる。
私とククリは観光客のような声を漏らしながら兵士の後を着いて行く。
「……凄いな」
「ほんと、そうですね」
だが、心配もあった。
私たちは、サイクロプスの亜種を倒した。
それを咎められることはないだろうが、呼ばれた理由が皆目見当がつかない。
私とククリは、冒険者とはいえ「平民」である。
それが国王陛下直々にお会いするなどありえるのだろうか。
その答えは、この先に待っているのだが。
コンコンコン――「失礼します」
通路を渡った先、重厚で豪華な造りの扉を兵士が開く。
そこにいたのは、年配の国王陛下。
……おそらく。
「うむ、ありがとうありがとう。お前は下がってよいぞ」
「はっ」
60歳以上だろうか、詳しいことはわからないが、そのくらいだろう。
しかし、本当に王……なのだろうか?
私の表情に気づいたのか、弁解するかのように服に手を当てた。
「おお、すまんすまん。この格好だとただの爺さんみたいに見えるだろうな」
「い、いえ! そんなことありません」
「は、はい! 見えません!」
見えません、もなんだか変だと思ったが、ククリも緊張しているのだろう。
「良い良い。ミハエル・リストラルだ。人はみな、ミハエル王と呼ぶ」
自己申告があったので言わせてもらうが、明らかに王らしい格好はしていない。
農作業しているおじさん、いや私がいうのもなんだか……おじいさんか。
ただ、切れ長の目、彫の深い顔立ちで整っている。
異世界人は、美男美女が多い。
「私はキミウ……。いえ、シガです」
「私は、ククリです」
危うく姓を名乗るところだった。後から気づいたのだが、名字は貴族しかもっていない事が多い。
田舎だとそうでもないとククリは言っていたが、それでもややこしいことになるのは避けたほうがいいだろう。
「知っているよ。もちろん、サイクロプスの件もな。おかげで外交が上手くいった。私から感謝を、ありがとう」
「いえ、そんな……お役に立て光栄です」
謙遜したが、正直、心から嬉しかった。
誰かの為になったこともそうだが、私自身が認められている気がしたからだ。
ククリも嬉しそうに微笑んでくれた。
「だがお礼だけを述べたかったわけではないんだ。今日来てもらったのは、君たちに頼み事がある。もちろん、冒険者の依頼以上に報酬は弾む」
「頼み事……ですか?」
王直々に? 思わずククリに視線を向けるが、同じように驚いている。当たり前だが。
その時、いや、なぜ気付かなかったのか、王の横からひょいと小さな女の子が現れる。
小さな子だ。ククリよりもずっと小さい。
――耳が。
「彼女の名前は、エヴァ・ストーン。先週の西の戦争は知っているか?」
ククリに顔を向けるが、首を振る。それよりも、エヴァに驚いていた。
「いえ、すみません。そういうのは疎くて」
「気にするな。――この子は……その戦争で負けた王の娘だ。私とは旧知の仲でね、だがこの立場になると国境を越えて助けることはできなかった。その代わり、この子を預かった」
「そうなんですか……」
その状況は、ククリとほとんど同じだ。
もちろん、彼女もそう感じたのだろう。静かに拳を強く握り締めている。
「ここからが本題だが、この子をヴェレニ国に連れていってもらえないだろうか。南の海を越えた場所にある。ここからだと一週間もかからないだろう。立場上、オストラバの兵士を動かすことはできんのだ。しかし、信頼できない人に任せることもできぬ」
「護衛任務、ということでしょうか」
「そういうことになる。ヴェレニにいる私の友人に預けてほしいのだ。その国の王、というわけではないが、非常に信頼できる友人だ」
なるほど、私たちが呼ばれた理由はわかった。
腕の立つものが欲しかったのだろう。そして、ククリがエルフだということも関係しているに違いない。
境遇を聞けば確かにエヴァは可哀想だ。……可哀想だが、簡単に返事はできない。
そもそも私は、ヴェレニ国を知らない。海を越えるとなれば、必然的に船に乗ることになるだろう。
道中何があるのかもわからない、危険はあるだろう。
このオストラバへ向かうときは、しっかりと情報収集を終えてから来た。
何も知らない状態で向かうのは不安がある。
それに、ククリと違ってこの子を守らなければならない。
魔物や危険人物、更に野営のことも考えると、負担は大きいだろう。
それにこの様子だと――。
「この件はもしかして急ぎなのでしょうか?」
「……察しがいいな。遅くとも二日以内には出発してほしい。その理由は、この子にある」
国王陛下は、「エヴァ」と名を呼び、前に歩かせた。
綺麗なピンと長い耳、ククリと同じだ。オドオドしているが……。
いや、よく見ると……片方だけが黒い……!?
「ダークエルフ……」
ククリが目を見開いて呟く。
「知っているか。人間とエルフが交わるとなぜかどちらかの耳が黒くなる。性善説と性悪説が交じり合って、という学者もいるがそんなことは関係ない。問題は、彼女が非常に強い魔力を持っていることだ。戦争敗戦国の娘、どう利用されるのかがわからない。一刻も早くお願いしたい」
驚いた。確かにここへ来てから何か感じていたが、それが彼女からだったとは。
一言も発することのないダークエルフの子、エヴァ。しかし……。
更に危険が増したことは間違いないだろう。
もしかすると追っ手がいるかもしれない。
どうすればいい。どうしたらいい。
この話を受けるべきか否か。
考えがまとまらない。
その時、ククリが静かに私の手を握った。
視線を向けると、今にも泣き出しそうな顔をしている。
そうか……。
私は、何を悩んでいたんだ。
自分の気持ちに正直でいよう。
「一日考えてみてくれ。もしそれでダメなら――」
「わかりました。私たちで良ければ問題ありません。すぐにでも出発します」
「……本当か?」
「はい、ククリ、良いな?」
「もちろんです。――エヴァちゃん、私が守ってあげるからね」
ククリと顔を見合わせ、ゆっくりと頷いた。
「……ありがとう、二人とも」
王は、驚いた事に頭を下げた。
ありえないだろう、「平民」でただの冒険者の私たちに……。
……ああ、私がこの世界に来た意味は、あったのだな。
るとエヴァはそれを理解したのか、駆け寄って来た。ククリに抱き着き、上目遣いで顔を見た後、ぎゅっとする。
そうか、わかったのか。
守ってくれるんだと。
「……ありがとう」
「うんっ、よしよし」
そうと決まればやることは多い。
道順、国、船、色々と教えてもらわないといけない。
そして私は冒険者だ。簡単に仕事を引き受けるわけにはいかない。
「ではミハエル王、いくつかお願いがあります」
「なんだ?」
「私たちに旅に見合うだけの装備、そして任務が成功した時の報酬とは別に、前金を頂きたい。旅の入用がいつあるかもわからないので」
そして私は、商人でもある。
エヴァを助け、自分たちの未来も掴む取る。
自らの手で。
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