窓とレンズ

佐野杓子

F11

小さな小さな窓。

片目をあて、呼吸を整える。

右手の人差し指でボタンをしずかに、そしてゆっくりと押し込んだ。


この瞬間、窓から見ていた景色がぼくだけのものになる。










「いらっしゃいませー。レジ袋はご利用ですか。」

大学進学のために上京してきてちょうど3か月が経つ。いつしか地元を恋しいと思う気持ちは薄れ、今ではすっかりこっちに馴染んでしまった。

「お会計1428円になります。」

淡々と袋詰めをこなし、マスクで見えないであろうが口角を上げ、精一杯の笑顔で客と接する。

「ありがとうございましたー。またお越し下さい。」


「椿くん、もうあがってええで。お疲れさん。」

時計に目を向けるとすでに退店時間の20時を5分ほど過ぎていた。

「お疲れ様です。」

店長に会釈をしスタッフルームに下がる。疲れた体を鼓舞し、手早く着替えを済ませた。トートバッグを肩に下げ、忘れ物がないことを確認し、店を出た。



「ただいま。」

ひとり暮らしなので当然返事は返ってこないが、癖で毎回言ってしまう。バッグを肩から下ろし、冷蔵庫から炭酸水を取り出して一口飲んだ。体が一気に冷えていくのが分かる。このまま一息つこうと思ったがふと思い直し、棚に置いてあるカメラを手に取りまた外に出た。


6月だというのに外はかなり蒸し暑い。ついさっき冷やした体から汗が出てくる。

5分ほど歩いたところで目的の公園に到着した。ここは遊具が少ないため小さい子に人気がなく、日曜日に来たとしてもここにいるのは犬の散歩のついでに立ち寄ったおじさんやにぎやかに立ち話をしている奥様方くらいだ。では、なぜ僕がわざわざこの公園に足を運んだかというと...


「キャノンのEOS kissM2だよねそれ!」

驚いて振り返ると、スマホを片手に持った女の人が目を輝かせて僕のカメラを見ていた。



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窓とレンズ 佐野杓子 @sanosyakushi

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