三話

 あれから更に数日。

 お薬の調合が、やっぱり上手くいかない。

 コントロールが難しくて、ポーションを作ろうとしても別のお薬になっちゃったり、一瞬で液体が蒸発して無くなっちゃったり。

 今日も、調合鍋の前で深いため息が漏れる。

 お姉ちゃんもハイシアも、どんどん自分の目標に向かってるのに、私だけ置き去りになっちゃったみたいだ。

 失敗して、空っぽになった調合鍋を覗き込む。

 何もなくなっちゃった。


「…お片付け、しなくちゃ」


 ぽつりと呟いて、触っても熱くないくらいまで温度が下がった調合鍋を持ち上げて、洗い場に持っていく。


 途中、お店の方から話し声が聞こえてきた。

 今日はお母さんが店番の日で、お父さんは、王都からの荷積みを降ろす作業の当番で朝早くから家を出ていた。


「どうなんだい?メイちゃん」


 宿屋のおばさんの声だ。


「そうね。あの日以来、抜けだす事はなくなったけど…」

「あの勇者かぶれの子の影響じゃないのかい?ほら、凄く仲が良いだろう」

「そうねぇ…」

「最近真面目に勉強と稽古してるって話だけど、どういう心境の変化なんだろうね。まあ、どうせ一時いっときのものでしかないんだろうけどさ」

「そうかもしれないわね。けど、なんだか懐かしく感じるのよ、メイを見てると」


 宿屋のおばさんは――

 おばさんだけじゃなくて、村の大人たちは、みんなハイシアの事が好きじゃない。

 それは昔からずっとそうで、だけど、聞いていて、凄く胸の中がもやもやとする。

 ハイシアは悪くない。

 ハイシアは自分の思った勇者になるために、大嫌いなお勉強も、お稽古も頑張る様になったのに、どうして大人は、そんなハイシアを分かってくれないんだろう。

 何だかすごく嫌な気持ちになって、足早に、洗い場に向かった。


 お母さんが言ってた、『懐かしく感じる』って、どういう事なんだろう。

 そんな疑問も、あった。




   ***




 また、ハイシアが悪く言われているのに言い返すことが出来なかった。

 それが少し悔しくて、その悔しさは、夕ご飯の頃まで尾を引いていた。

 だけど私がハイシアの事について何か言うと、ハイシアが目標を達成するのが難しくなっちゃうかもしれない。

 そう思うと、なかなか口に出せない。

 勇気がないだけなのかもしれないけど。


――ある人が私に教えてくれた。勇者っていうのは、魔王を倒す人の事でも、魔族を殺す人のことでもないって。勇者っていうのは、勇気ある行動をした人の事を言うんだって。


 チャーリーと決闘をしたハイシアの言葉が頭に過って、ちょっぴり刺さる。

 私は勇者にはなれないんだろうなって。

 もちろん私の個性スキルは勇者じゃなくて魔導士だから、そう思う事じたいが、おかしな事なのかもしれないけど。


 …ハイシアの言う通りなら、誰でも勇者になれるのかな?

 それじゃあ、個性って何なんだろう。


 お夕飯が終わった後、席に座ってぼんやりとそんな事を考えていた。

 お夕飯の片づけを済ませたお母さんが隣の席に腰かけると、私の頭に手をおいて、優しい手つきで撫でだした。


「メイ?どうしたの」

「…ううん。なんでもない」


 私は首を横に振った。

 ハイシアが言っていたことを思い出して、個性について考えていましたなんて言ったら、お母さん、きっと嫌な顔するだろうから。


「お母さんにも言えない悩み事?」

「…それは」


 お母さんの優しい声が、今はちょっぴり重くって、俯いた。


「どうしたの?」


 それでも聞き出そうとしてくるお母さんは私の事を心配していて、甘えそうになる。

 もう一度、首を横に振る。

 そんな私に、お母さんが困ったような声で言う。


「お父さんにも話せないこと?」


 どうなんだろうと考えて、それから、小さく頷く。


「そう。セフィアもメイも、似てるわね」


 優しい声で、お母さんはそう言った。

 お姉ちゃんの名前が出てきた事に驚いて、ゆっくりと、お母さんに顔を向ける。

 お母さんは、優しい顔をしていた。


「あの子も、一人でずっと稽古をしていたでしょう?一人で悩んで、お母さんにも、お父さんにも相談してくれなかったもの」

「それは…ごめんなさい」

「違うのよ、責めているんじゃないの。ただね、メイ。あなたが一人で悩んで、また、夜に家を抜け出してしまうんじゃないかと、少し心配しているの」

「そ、そんなこと、もうしないよ?たくさん迷惑かけちゃったから…」


 私の言葉に、お母さんは小さく笑って頷いた。

 それから、私から視線を逸らして、どこか、遠い所を見つめる。


「お母さんもね、メイくらいの歳に一度だけ、そう言う事をしたことがあるわ」

「え?!」


 思ってもいなかった話に、目がまん丸になった。

 そういえば、お母さんの子供の頃のお話を、あまり聞いたことがない。


「薬師の個性を持って生まれたのに、メイくらいの歳の頃には、ポーションだって作れなかったもの」

「…そうなの?」


 お母さんがポーションを作れなかったなんて、ちょっと意外で、さらに目が丸くなった。


――何で薬師になったのかーとか、この『魔族の領域に一番近い村』で薬師として、お店を出した理由とか


 森でハイシアが言っていたことを思い出す。

 スカートをぎゅっと握った。

 何だか、お母さんの秘密を聞こうとしているみたいで、ドキドキする。

 お母さん、話してくれるかな、とか、そんな不安も、ちょっとだけあった。


「あの…お母さん」

「なに?」


 お母さんの優しい声に、私は、ドキドキしたまま口を開く。


「お母さんは、どうして薬師になったの?どうして王都とかじゃなくて、この村で、薬屋さんをしようと思ったの?」


 私の問いかけに、お母さんは、優しい顔で口を開いた。

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