旅の間に―ある薬師の少女のお話―
一話
「ふふっ」
音を立てて小さく燃える焚き火を囲って、膝に置いて眺めていた一冊の日記帳を閉じた。
内容を思い出して、小さく笑みが漏れる。
「え、なにそれ。本?」
ピューターのマグを二つ手に持ってやってきたハイシアが隣に腰をおろして、私の膝に置かれた本に視線を向ける。
「うん、私の日記帳だよ」
ハイシアが差し出してくれたマグを受け取りながら笑顔で答えると、ハイシアが私の日記帳に視線を向けた。
「へぇ…メイも日記つけてるんだ?」
「うん。まだ少しページ、残ってたから持ってきたの」
「ね、どんな事書いてあるの?」
興味津々で私に詰め寄るハイシアに、私は思わず仰け反って苦笑いで返した。
「そ、そんなに大した事、書いてないよ?」
魔族の領域に最も近い村──ヘントラスを旅立って、王都へと向かう途中、私たちは一夜を明かす事になった。
ハイシアが「拠点設営の経験があるから」と、テキパキと簡易テントを張って、あっという間に一夜を過ごせる臨時拠点が出来上がった。
リオンさんは、もとは狩人の
私は、身体に入れても大丈夫そうな薬草をとって、そこからスパイスを作った。
三人で食べたご飯は、初めての野宿にしては上出来だったと思う。
「えー、そんな事ないでしょ?ほら、薬師としての修行の事とかさ」
「それは~…書いてあるけど…でも、内緒」
日記帳を片手で抱えて、わざとらしく、「だーめ」と口にする私に、ハイシアは、ケラケラと笑ってくれた。
この日記帳に書かれていることは、ハイシアには見せられない。
私の悩みを解決してくれるきっかけをくれたハイシアの事も書いてあるから。
本人に見られちゃうのは、何だか気恥ずかしくて仕方がなかった。
焚き火はまだ小さく燃えていて、私とハイシアは、炎へ視線を向ける。
炎を見ていると、何だか揺らぎに誘われている気分になって、さっきまで日記で見ていた事を、鮮明に思い出した。
***
──四年前
調合鍋の中の液体をかき混ぜながら、小さい泡が吹きでては消えていくのを確認した。
薬草独特の臭がする液体が、かき混ぜていくと、だんだん透明になっていく。
熱していた調合鍋に手を一度だけかざすと、調合鍋が淡く光って、次第に液体が泡を吹かせなくなってくる。
触っても熱くない程度に温度が下がったのを、泡で確認してから、私は手をかざす。
魔力を鍋に送っていく。
少しずつ、少しずつ、ゆっくり、ゆっくり、流れすぎないように。
意識をした瞬間、自分の中の魔力が一気に手から放出されるのを感じた。
「あっ!」
透明な緑色をしていた液体が、今は、黄色い透明な液体に変わっている。
「…またやっちゃった…」
ポーションを作っていたのに、出来上がったのは、一時的に運動能力を上げるお薬だった。
それも、多分あんまり持続時間がないもの。
出来上がったお鍋の中を覗き込み、深いため息をついてから、空の小瓶を手にとってお鍋から中身を移していく。
やっぱり、お母さんみたいに上手に出来ない。
――このままお母さんみたいな薬師になる事を目指していても、いいのかな。
そんな風に考えて、また、ため息が漏れた。
「メイ、セフィアからのお手紙、届いてるわよ」
廊下からお母さんの声がする。
小瓶をテーブルに置いて、私は調合室を出ると階段を降りて一階に移動する。
みんなでご飯を食べるテーブルに、一通の封筒が置いてあった。
住居区と併設されているお店の方では、お父さんの声がする。
お店には、今日もお母さんが作ったポーションを求めてやってくる人が後を絶たないみたいだ。
お料理で指を切っちゃったとか、子供が公園で遊んでて怪我しちゃったとか、そういう時にも、ポーションは必要になる。
お母さんの薬は、みんなの傷を治してくれる、凄い薬なんだ。
「…はぁ…」
また、ため息が漏れた。
テーブルに置いてある封筒は既に開封したあとみたいで、封筒の端が切れていた。
封筒から中の紙を取り出すと、便箋にお姉ちゃんの字が並ぶ。
士官学校に入ってから、お姉ちゃんは毎月の様に手紙を送ってくれる。
授業がどうだとか、家族はどうしてるのかとか、村のみんなはどうしてるのかとか。
お姉ちゃんがライバルだと思ってるハイシアについても、色々と書かれていた。
お手紙に目を通していくと、最後に、私に宛てたメッセージが添えられていた。
『真夜中に一人で森に行ったと、母さんからの手紙で知りました。
メイは良い子だから、むしろ、一度くらいはそうであっても良いんです』
と。
何だかお姉ちゃんらしくないなと思ったけど、すぐあとに、そんな事ないかもと思い返した。
シーアラ様に、剣術のお稽古について直談判したり、ハイシアと戦ったり。
けっこう、やんちゃだったかもしれない。
そんなお姉ちゃんだからこそ、士官学校に首席で入学できたのかもしれないと思うと、ただお利口さんにしているだけじゃ、何も掴めないんじゃないかとさえ思えてくる。
お姉ちゃんだけじゃなくて、ハイシアも、チャーリーも、お利口さんと言うより、ちょっとやんちゃなところがあるから。
「…ううん」
軽く頭を振って、手紙を封筒の中に戻した。
私はきっとハイシアやお姉ちゃんみたいに、『お利口さんじゃない』子供には、なれない気がする。
真夜中に森に行くのだって、凄くドキドキして、罪悪感みたいなものがずっとあった。
村の大人の人たちにも、シーアラ様にもご迷惑をかけちゃって、お母さんを泣かせちゃった事が、痛かった。
私は、このままで良いのかな。
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