人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて面倒くさい事に巻き込まれる

 チャーリーに絡まれてから数日。

 あれ以来、広場でチャーリーと顔を合わせる度に、彼はなにかと私に突っかかってきた。

 勉強で先生にこってりしぼられた後や、シーアラからの強烈な一撃を受けた後にも、こっちの状況なんか知りもしないで絡んできては嫌味を言う。

 これが村長や村の大人たちだったら、思いっきり睨んでやったのに、不思議と同い年ぐらいの子供相手には、そんな反抗心の様なものが湧いてこなかった。

 ただただ、単純に面倒くさい。


「すっごい傷…大丈夫?」


 今日も同じように、シーアラの容赦ない一撃を食らい吹っ飛ばされてきたばかりだ。

 広場でメイに会って、一緒にベンチに腰掛けて早々に、メイが、私の顔に出来た傷を見て眉を寄せた。


「あーもうムカつく!全然勝てない!」

「そりゃあそうだよ。だって、相手は兵士さんなんだよ?」


 文句を言う私にメイは苦笑いを浮かべながら、作業用のエプロンのポケットからハンカチを取り出すと、私のほっぺたに当てた。

 優しいお日様の匂いと、薬草をすり潰した様な臭いがして、それが私を落ち着かせてくれる。


「ごめんね、ポーション、また作るの失敗しちゃって。持ってたらあげられたんだけど…」

「え、別にメイ悪くないじゃん、謝らないでよ」


 申し訳なさそうに、私のほっぺたにハンカチを当て続けるメイの事がよく分からない。

 寧ろ初めて成功したという貴重な一本を、手元にとっておかずに私にくれた事の方がよっぽど大きなことだ。

 あの貴重な一本を簡単に使い果たしてしまった事を謝らなければいけないんじゃないかと思うぐらい。


「それより全然手加減してくれないシーアラが悪い」


 シーアラの一撃は、サイトゥルよりも重たく鋭い。

 あの雷親父一級よりも強い、ヤバイ人だと最初は思っていたが、シーアラに稽古をつけられているうちに、サイトゥルは私に対して手加減してくれていたんだという事を感じだした。

 剣を振るう動きだって子供の私でも目で追える程度だったし、一撃も、何とか受け止められる程度の時もあった。

 シーアラよりも、多分サイトゥルの方がずっと大人だ。


「…あのね、多分なんだけど…シーアラ様は、ハイシアの事、対等に見ようとしてるんじゃないかなぁ…」


 のほほんとした声色でとんでもない事を言い出すメイに、ぎょっとして、声をあげそうになる。

 メイは声に似合わず真剣な顔をしていた。


「お母さんもそうなんだ。私がポーションの調合をする時、凄く厳しい事を言うの。家族でお夕飯食べたりとか、薬品の調合の練習をしてない時はそんなことないのに。それでね、聞いたことがあるんだ。どうしてそんなにひどい事言うのって。」


 メイは噴水の近くに視線を向けていた。

 今日もパン屋の赤ちゃんとお母さんの、魔法の攻防が行われている。


「そしたらね、お母さん、私に言ってくれたの。『本気で薬師になりたいんでしょう?それなら、本気の人には本気で応えなくちゃ、失礼よ?』って。意地悪じゃなくて、私が、本当に薬師になりたいって事を認めてくれたんだって思って。それからかなぁ、諦めたほうが良い、魔導士の方が私にとっては簡単だよって言わなくなったの」


 同い年なのか疑うくらい、メイは何だか大人びた表情をする。

 ランが嘘をついた時と少し似てるけど、メイが語っている事は嘘じゃないからか、困った様に笑ったり、視線をきょろきょろさせたりはしていなかった。

 ただ、メイが私よりも一歩前を歩き出した様な気がした。


「だから、シーアラ様もきっとおんなじだよ」

「それはそれで困るんだけど」


 つん、とメイから視線を逸らす。

 メイはそんな私を見て柔らかい笑みを浮かべた。

 お姉ちゃんが居るなら多分こんな感じなんだろうなと思えてしまうところが、少し癪に障る。

 メイは確か、末っ子のはずなのに。


「でも、ハイシアが大人の人相手にサボらないの、珍しいね」

「だってなんかムカつくんだもん、あいつ」


 勉強をサボらなくなったのは、文字が読めるようになりたいから。

 文字を読めるようになって、お母さんの残した日記を読めるようになりたいという目的があっての事。

 だけど、私が剣術の稽古をサボらない理由は、単にシーアラがむかつくからだ。


「一回くらい、ぎゃふんと言わせたい!」


 唇を尖らせながら、想像してみる。

 シーアラの剣を私の一撃が弾いて、シーアラはしりもちをつく。

 そして私を、珍しく揺れた氷柱の様な冷たい目で見上げて、「ぎゃふん」と言うところを。

 そこまで想像してげんなりした。


「やっぱいいや、面倒くさい」

「もう、またそれ」


 シーアラは、子供の私からみても『顔だけは』かっこいいお兄さんだ。

 そんなかっこいいお兄さんが動揺するところは何だか見たくないし、しりもちなんてもってのほかだ。

 ムカつくけど、そう思ってしまう。

 あっちこっちがむず痒くてしょうがなくなる。


「そんなこと、お前に出来るわけないだろ!身の程を知るって言葉、知らないのかよ!」


 きゃんきゃんと吠える子犬の鳴き声にも似た言葉が耳を突いて、顔をしかめてしまった。

 メイと同時に視線を向けた先には、相変わらず煤がついたオーバーオールを着て、手に金槌を持ったチャーリーが私を指さして立っていた。


「お前に兵士様が倒せるわけないだろ!」


 別に倒したいわけじゃないんだけど。

 なんだか話が大きくなった気がして、あからさまにため息をついた。

 それが気に食わなかったのか、チャーリーの目が、きつく吊り上がる。


「何だよ!」

「べつにー」


 興味もないからそっぽを向いた。

 これがシーアラ本人から言われでもしたら睨んでいたんだろうけど、相手はチャーリーだ。

 そんな気すら起きず、広場の時計に視線を向ける。

 あいにく、勉強の時間まではまだある事を時計は知らせていた。

 家に戻っても暇。かと言って、広場に居続ければチャーリーが突っかかってくる。

 さてどうしたものかと考える私の隣で、メイが、とん、とベンチから飛び降りた。


「チャーリー、どうして酷い事言うの?」

「ど、どうしてって」


 メイがチャーリーに近付くにつれて、段々とチャーリーの顔が赤くなっていくじゃないか。

 ほっぺた、鼻先、そしてとうとう耳まで真っ赤だ。

 自分よりも少し背の低いメイに、チャーリーは見上げられる形になって、口をぱくぱくとさせている。


「ほ、ほんとのことだろ!メイもなんでこんなやつと一緒にいるんだよ!」


 どうにか振り絞って出てきた言葉らしい。

 わっ、と、チャーリー自身も驚いたぐらい大きな声だった。

 耳まで真っ赤で、これ以上どこを真っ赤にするんだろうと思うぐらい顔中が真っ赤っかになる。

 そんなチャーリーとは反対に、メイはみるみるうちに眉を吊り上げ、かと思うと、すん、と真顔に戻ってしまった。


「私、ハイシアのこと悪く言う人は嫌い」


 チャーリーが固まって動かなくなる。

 真っ赤だった顔はとたんに青くなっていき、その次には、動き出したと思うとおろおろとし出す。

 そして、次第にチャーリーが涙目になっていく。


「き、きら…き…う、うそだろぉ…」

「嘘じゃないよ。だからハイシアに謝って」


 すっかりへこたれた涙目のチャーリーと目が合った。

 目が泳いでどうするのか決めあぐねている様に見えたものの、チャーリーは、


「お、覚えてろよハイシアぁ!」


 なんて叫びながら、勢いよく振り返って家の方へと駆け出してしまった。


「あ!…逃げちゃった」


 メイは自分がチャーリーにどれだけダメージを与えたのかも分かっていない様だ。

 一連の流れをただ眺めていた私は口元を引きつらせた。

 チャーリーに何を言われようが別に気にもならないし、何なら眼中にもない。

 チャーリーが一方的に突っかかってくるのがすごく面倒くさいし疲れるだけの話だった。

 だけど、多分チャーリーはメイの事が好きで、そんなメイに嫌いとまで言われてしまい、しかもそこに私の名前まで出ているともなれば、面倒くさい事が起こらないはずがないと、私のカンが告げている。

 危険信号、面倒なことが起こると頭の中で鐘が大きく鳴っている。


「ハイシア、だいじょうぶ?」

「だめ、面倒くさい、大丈夫じゃない…」

「…?めんどうくさい?」


 メイは何も分からず、「今のやりとりに、面倒くさいところがあったの?」と首を傾げた。


 その日の勉強の時間中、私は先生から、『人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ』という言葉を聞かされたのである。

 私は多分、その馬に蹴られて死ぬまではいかないけど、面倒くさいことに巻き込まれる人になってしまったのだと、珍しく船も漕がずに真面目に勉強に取り組みながら思った。

 先生、びっくりしてたよ。

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