本気を出し始める頃かもしれない
新しい軍の人は、多分アイスプリンスって呼ばれる気がする
王都からきた魔導士達が馬車に乗って帰っていったのは数日前のこと。
帰り際の魔導士たちはみんな、顔色が悪かった。
魔導士たちが帰ってからもサイトゥル達は姿を見せなくて、あの魔導士たちはサイトゥル達を起こすことが出来なかったんだという事を、何となくだけど察した
一人だけ、サイトゥル達みたいに眠る事無く残った私に、一体何があったのかを、数人の村の大人たちをそばに連れて村長は聞いてきたけど、私は答えなかった。
だから、何があったのかを知ってるのは私とメイだけだ。
村長は「勇者なのだから」と私に詰め寄って事情を無理やりにでも聞き出そうとしていたが、他の大人たちがその行動を止めた。
「勇者といっても子供なんだから、ショックなことがあれば喋らなくもなるだろう」
「それも、相当稽古をサボっていた、肩書きだけの勇者なのだから」
と好き放題言っていた。
今に始まった事じゃないし、それは本当の事だからしょうがないんだけど。
手に持っていたスプーンを、空になったお皿の上に置いた。
朝食として用意されたかぼちゃのポタージュとパンを食べきり、ほっと一息つく。
「ハイシア。明日からお前の剣術の稽古を再開する」
先に食べ終えていた村長が、椅子から立ち上がりもせずにそんな事を言った。
いつもは先に食べ終えると真っ先に外に行ったり、誰かが来る日はその準備に移ったりと、兎に角、私が食べ終わるのを待ってることなんてなかっただけに不思議だったんだけど、そういう事らしい。
私に用があったから、待ってた。
「けどサイトゥル達は」
いつも剣術の稽古をつけていたのは軍の兵士たちだ。
その兵士たちは、今は姿を見せない。
今頃は宿舎でずっと眠ったままの状態だと思う。
訓練所から聞こえていた、剣と剣がぶつかり合う音も、今はしない。
私に剣術を教えられる人は、この村にいない状態になってしまったのだ。
「今日、王都から新しい軍の方々がお見えになる。サイトゥル殿や今までの兵士たちにかわり、この村を守る者だ」
「うげぇ…」
あからさまに嫌そうな顔をしたら、村長に睨まれた。
『あんなことがあったばっかりなのに、お前はまだそんな反応をするのか!』と、雷が落ちてきそうな程鋭い睨みだった。
「う…わかりました…」
実際のところ、サイトゥル達に稽古をつけられていた時よりも、剣術の稽古をする事自体に面倒くささを感じているわけではない。
それよりも面倒くさいと思うのは、全く知らない人に剣術を教わらないといけないという事だ。
サイトゥルは私が初めて剣を握った時から知っている顔だし、サボるにしても剣を振るうにしても、色々と知っている事が多かったから、変に緊張する事はなかった。
けど新しい人って事は、本当に『なにも知らない』状態からって事になるわけで、なんだかそれがすごく嫌だと思った。
村長の言った通り、お昼ごろには村中が騒がしくなった。
新しい兵士を迎えに行くために村長は家を出ていった。
今日のお勉強も、当然、新しい兵士たちを迎えるという一大イベントのためにお休みだ。
だから暇になって広場まで行ってみたところ、大人たちも子供も、どこかホッとした様な顔をして村の出入り口をしきりに気にしていた。
守ってくれる人がいないというのは、村の人たちにとっては、とても怖い事だったんだろう。
「ハイシア、ハイシア~…」
よたよたと、賑わう大人たちの間を縫って随分落ち込んだ様子のメイがやってきた。
新しい薬品作りに挑戦していたのか、ちょっとだけ、薬草を潰したような独特の臭いがする。
「また失敗しちゃったよ~…」
「今度は何作ってたの?」
「ポーション」
「え、前作れてたじゃん」
「もう!あの一回だけしか作れてないの!すっごく難しいんだもん、コントロール…」
頬を膨らませて腰に両手を当てて怒ってますよのアピールしたすぐあとに、メイはベンチにぴょんと飛び乗って座る。
私もメイの隣に、軽く弾んで腰かけた。
「一回やったら次も作れるってわけじゃないんだ?」
「そうだよ~?まぐれだったのかもしれないし、コントロールする時の感覚とか、まだ全然わかんなくて…」
私の思っていた『魔導士の個性を持った人が薬師になる事』の難しさと、現実のそれには、ものすごい差があるみたいだ。
私なら面倒になってすぐやめる。
魔導士の個性があるならそれでいいやって思っちゃうけど、メイはそうじゃない。
「そうだ、新しい兵士さんが来るんでしょ?そうしたら、またハイシア、剣術のお稽古?」
「はぁ~…そうだよ。村長に言われた。うげって声に出ちゃったら、すんごい睨まれたの」
「そりゃあそうだよ」
呆れた様に笑うメイが漂わせる薬草の臭いが、ちょびっとだけ優しい。
「…サボるかどうかは、どんな人が来るのか見て決める」
「もう、サボっちゃだめだよ」
剣術を身につけたって、友達を傷つけるだけの技術にしかならないなら、そんなの、覚える必要がない。
まだ地面につかない長さの脚をぷらぷらと遊ばせて、賑わう大人達を眺めた。
「日記帳は見せるの?」
「え?何で?」
「だってハイシア、新しい兵士さんが来る度に見せてたから…」
顔も見た事がないお母さんが残した、日記帳の事だ。
「どうしようかな…」
そもそも、ちゃんと読んでくれるのかすらもわからない。
「せっかくお勉強教えてもらえるんだから、ハイシアが、自分で読めるようになっちゃえばいいんだよ」
にへ、と笑うメイの言葉に、私は唇を尖らせる。
確かに、メイの言う通り文字をちゃんと勉強して、難しい字も読めるようになれば、大人たちに日記を読んでとせがむ必要はなくなる。
だけど、そうしたら、「勇者になるための勉強をやっと始めたんだ」と大人たちに思われるかもしれない。
それはすごく嫌だ。
でも、でも…
暫くの間、自分の中で、でも、を何度か繰り返す。
日記には、どんなことが書いてあるのか。お母さんとお父さんはどんな人だったのか。
やっぱり、気になる。
「が、がんばる…面倒くさいけど、やってみようかな」
「わぁ!ハイシア、やっとやる気出してくれた!」
メイの顔がぱあぁっと明るくなる。
勉強はやっぱり面倒くさいけど、面倒くさいけど!
そんな風にメイが喜んでくれるなら、とか、ちょっと、思っちゃう。
「おい、王都から兵士様がご到着なさったぞ!」
村の出入り口へと続く広場の端っこで、そんな大声が聞こえた。
「行ってみようぜ」
「やっとこれで、少しは安心できるのね!」
声を合図にするかの様に広場でそわそわとしていた大人たちが次々と、安心した様に胸をなでおろしたり、村の出入り口の方へと向かって行きだしたりと、慌ただしくなった。
私とメイは、そんな大人たちの様子をひとしきり観察したあと、互いに顔を見合わせた。
***
どんな人たちがこの『魔族の領域に一番近い村』にやってきたのか、結局わからないまま次の日を迎え、私は村長に連れられて軍の敷地へと向かった。
村長は相変わらず私を逃がすまいと腕を掴んでいて、だから逃げないってば、と心の中で思ってしまった。
寧ろそんなにサボってほしいのだとろうかとか、そんな事も考えちゃう。
軍の宿舎と訓練所の間にある、立派な建物へと向かって行く。
途中、訓練所からは久しぶりに、剣と剣がぶつかり合う音がいくつも聞こえてきた。
きっと村に来たのは、サイトゥル達と同じだけの人数くらいなんだろうなと思った。
前にサイトゥルと話した、あの広い空間に連れて行かれて、村長が私の腕を掴んだまま足を止める。
つまり私の歩みも同時に止まって、何なら、もうちょっと前に出るのかと思って、一歩、村長よりも前に出ていた。
「シーアラ殿」
何も置かれていない長テーブルを挟んだ向こう側には、銀髪を頭の下の方で一括りにした、背の高い人が、こちらに背を向けて立っていた
サイトゥルが着ていたトゥルントルゥンな鎧とは違うけど、それでも、十分立派な鎧もつけている。
村長に呼ばれて、その人が振り向く。
サイトゥルよりもずっと若い様に見えるその人は、そのサイトゥルよりも怖そうだった。
アイスブルーの目が冷たくこちらを見る。
整った顔をしているから余計に目の鋭さが印象的で、一瞬、うぐ、とツバを呑み込んだ。
サイトゥルが雷親父だとしたら、目の前の人は極寒の中の氷柱みたいだ。
けど、こんなところで怯んでなんかやるものかと睨み上げてしまった。
何て言うんだっけ、サンパクガン?とかいうやつだ、この人の目。
「村長殿、その娘の腕を離せ」
目の色と同じくらい、ひんやりとした男の声だった。
雷親父二級の村長がびくついて、すぐに焦った様に口を開いたものの、言葉は出てこなかった様だ。
かわりに私の腕が解放される。
あ、自由じゃん、サボれるじゃんって、普段なら思うけど、この氷柱の様な男に背中を向けるのは、それはそれでなんか嫌だなと思ったから、そうはしなかった。
ざまあみろ、村長の方が正しかったぞ!と言いながらサボるためにこの場を離れる事だってもちろん出来たのにだ。
よくわからないけど、反抗心みたいなものがあった。
「貴様がハイシア・セフィーか」
「そ、そうだけど」
「サイトゥル大佐たちの事が気にかかるか」
まるで針の穴に糸を通すような目で男が問いかけてきて、ますます反抗したくなる。
小さい、小さい針の穴から世界を覗き込み、しかも、その穴から世界のすべてを把握してしまいそうだとか、そんな事まで感じてしまった。
実際その通りなんだと思う。
だからこんなにムカムカしているのかもしれない、この男に対して。
「か、かかんない!知らない!いーっだ!」
「ハイシア!」
思いっきり顔をくしゃくしゃにして、あっかんべーの次点である「いーっだ」をお見舞いしてやると、間髪入れずに村長から雷が落ちる。
「村長殿、良い」
「しかし」
「構わん」
雷親父一級のサイトゥルだったら、村長と同じように雷を落としにかかってきていたのに、この男は、少しも溶けない氷柱のままだった。
上から新しい氷柱でも落ちてきそうな怒りも見せないで、寧ろ、村長に待ったをかける。
「私が、本日から貴様の剣術を担当するシーアラ。階級は大佐だ」
「…さ、さぼるし、どうせ」
「貴様の剣術は一般兵以下だと聞く。だが、容赦をするつもりはない」
「だ、だから、」
「今すぐ準備をしろ。本日の稽古を開始する」
全く人の話なんか聞かずに、シーアラは、私にも氷柱の様な視線を向けてから準備に取り掛かってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます