面倒くさがりな勇者が頑張るしかなくなった話
城
これがいわゆる始まりってやつ
ある天神族の憂鬱
まるで綿あめのように広がる雲海の更に上空には、
その王座に腰を据える長い黒髪の男が、退屈そうに肘をついていた。
切れ長の瞳が伏せられれば、何処か、物憂げな表情をした美しい青年に見えるだろうが、残念ながら彼は心底つまらないと言いたげにいかにも退屈そうな表情をしていた。
まるでどこかの神話にでも出てきそうな、布一枚を器用に巻いた様な服装をしているその青年は、本日幾度目かのため息をついた。
――本当につまらない、何の変哲もない毎日が続いていく。
何日か下界を覗いてみたこともあったが、代わり映えのしない光景が視界に映るだけだった。
今日も争い、昨日も争い、その前も、その更に前も、同じことの繰り返しだ。
違うのは、争い合っている種族だろうか。
だがそれだけで、『争っている』という行為自体は終わらない。
いつだかにはエルフ族と人間が争い、その合間に魔族が人間と争い、そうしている中で、海へと逃げたエルフが、やがて海の中で進化を遂げ一つの新たな種族となった。
海岸へと追われたエルフ族に手を貸したのは、はて、誰だったか…
天神族の将のうちの誰かだった様に記憶しているが、もう遠い昔のことで、その人物が誰だったのかまでは、彼は覚えていない。
人間とは、業の深い生き物だ。
そして同時に、欲深くもある。
エルフ族を追い込み、彼らは調子に乗ったのだ。
そしてその欲深さのせいで、魔族に負け、恐れることとなった。
勝手で、実につまらない生き物だ。
青年はそんな事を思いだし、もう一度ため息をついた。
「レガリオ様、レガリオ様~!」
王座の間へと続く扉の向こう側で、美しいアルトボイスが響きわたる。
間もなくして、廊下からすっ飛んできたのは、レガリオと呼ばれた青年より幾分か年若い少年だった。
わふわとした金髪に、いかにも人懐っこそうな笑顔が印象的だ。
少年は随分と楽し気に、青年のそばまで駆け足で寄る。
青年もまた、退屈そうだった表情に少しばかり色が宿った。
「なんだい、ラクリオン。お前が楽しそうなんて珍しい。とうとう誰か好い人でも見つけたかい?」
「違いますよ!そんなんじゃなくて!」
ぶんぶんと首を横に振る少年の頬が、少し赤く色づいた様に見えたが、それは果たして興奮からなのか、それとも、レガリオから振られた話題のせいなのか。
少年は、短めの否定ののち、ぱぁっと顔を明るくし口を開く。
「下界が楽しそうなんですよ!」
「へぇ、下界がねぇ…」
レガリオの表情は、途端に先ほどと同じように退屈に負けてしまった様なものに戻った。
脚を組み、肘掛けに肘をつく。
レガリオの様子に気付きながらも、ラクリオンは、なお、興奮が冷めきらないままだった。
「今日神託を受けた人間の子供!勇者なのに、魔族の言葉が分かるなんて状態なんですよ!」
「…それで?」
レガリオの口角が微かに上がる。
話しの続きを要求されたラクリオンは、両手に拳を握りながら、さらに高揚しだし、その美しい声で『楽しい事』の話の続きをし出す。
「神託を代弁した人間はそのことに気付いてないみたいで、勇者であ~る、としか言わなかったんですよ。これって、この勇者が育ったらすんごい楽しそうじゃありませんか?」
「…へぇ…自分の
「しかもしかも、母親がエルフ族ときたものです!」
それで、それで、
まるで興奮して庭を駆け回る犬の様だと、ラクリオンの様子を見て、レガリオは思う。
それと同時に、退屈で退屈で仕方がなかったこの生活に、『随分と面白そうな物語』が舞い込んできそうだと、予感する。
そして、そんな存在が地上に生まれた事に、彼は興味を持った。
魔物の言葉を理解する、エルフの母親をもった勇者。
随分と優遇された個性を持って生まれたと同族は思うのだろうか。
だが、それが勇者にとって致命的になる事を人間は知らない。
きっと想像もしないだろう。
そんな滑稽な姿を見るのも楽しそうだが、勇者自身がその有り余った個性に負け、自滅していくのもまた、見ている分には楽しそうだ。
―ー或いは…
或いは必死に抗う姿を見せてくれるのだろうか。
何にせよ、なかなかお目にかかれない状況である事に間違いはない。
レガリオは、今度こそ笑みを浮かべたのだった。
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