踏み台キャラの偽勇者である俺はひたすらに足掻く

ギル・A・ヤマト

第1話

 

「一体何があったの!?」


 私クレアは大きな扉を勢い良く開け、外の雷雨に負けない程の力強い声をこの王座の間に響かせる。

 昼間は煌びやかに作られた金属の装飾品がランプと日差しで反射し、王の尊厳さを見せつけるこの場所も日が落ちれば暗くて誰もいない静かな場所へと変わるものだ。


 本来であれば。


 皆がベッドの上ですやすや眠ろうとした時に悲鳴が聞こえた。

 人類で最も栄えているこのヴァルハラ王国の城は当然ながら厳重に守られており、魔物はもちろん魔族達さえもこの守りを突破するのは容易くないだろう。それは夜でも関係ないことだ。


 だが聞こえてしまった。あろうことかあの2人が対談している王座の間からだ。


 それはマズイ。


 どちらも人類にとって必要不可欠な存在。

 私は既に手遅れかもしれないが、無事であることを祈りつつ誰よりも早くその場所へたどり着けた。


「なっ……」


 中にいる魔物を仕留めようと、扉を開け剣を構える。そして目の前にいる敵を撃たんと前進して止まってしまった。


「ね、ねぇ──これ、あなたがやったの?」


 先程の威厳はどこへ行ったか。

 目の前の信じられない光景を見て、自分の意識がどこか遠くへ行くような感覚に落ちた。声は困惑へと変わり、剣を握る力も緩んでしまう。

 でもそれは仕方の無い事だと、失態を犯しておきながら私は思った。



 だって人類を守るはずの勇者が、人を殺したのだから。

 



 王の間に入ってから見た光景には二人の人間がいた。

 ……厳密に言えば、一人はだったものだが。


 一人は王と国を長い間支えてきた善良なるロイ大臣。

 常に周りのことを考え、この国のために率先して動いてくれた誰もが尊敬する人だ。

 しかし大臣は首から上が消えていた。

 ……残りの下が床を汚して私の目の前で転がっている。


 問題はその死体と対峙しているもう一人の男。


 その男が持っている、白い輝きを放つ剣を見れば勇者だということが分かるし……そして剣についた大量の血を見れば誰が大臣を殺したかなんて答えはすぐ出た。



 だけど信じられない。



 今日やったドラゴン退治祝いの宴では、いつものように、まるで本当の親子のように話し合っていたじゃない。


 なのになんであなたが──


「なんであなたが殺してるのよ!?」

 

 経緯は分からない。だけど今の彼は危険だ。

 力量差なんて関係ない。全力で彼を、私の親友を止める!

 泣くように叫んだ私の周辺からで赤い粒子がキラキラ光る。魔力を纏わせた証拠だ。

 戦いの準備を完了させた私は音速で目の前の敵を倒さんと突っ込んだ。


 後先を考えない全力の捨て身。これでほんのわずかでも彼を止めようとして──


「……え?」


 私の体から血が噴き出た。

 噴水のように出る血がこの王座の間に舞い上がり、自分の体を真っ赤に染めていく。


 私と勇者である彼の実力には相当な差があったらしい。動きなんて見えなかった。下を向いていた彼の顔はいつの間にかこっち向いてて、既に剣を振った後だった。


 振り向いた親友──敵──の瞳はこの暗い空間でもよく見える。彼の背後に落ちた雷が、彼の邪悪さをより一層に表しているようだ。


 黄金の目。


 それは魔王だけが持つ瞳の色。

 人類を崩壊させるのは勇者でもある彼だと、そう示していた。


 





 時を少し戻そう。




 


 悲劇が起こる二日前。

 ヴァルハラ王城の中庭

 そこで二人の剣士が向かい合っていた。


「なぁ、本当にやるのか一騎討ち?」


「あったりまえでしょ、今度こそあんたに勝って見せるんだから」


「やめとけってクレア。お前がこの俺に勝ったことなんて一度もないだろ」


「分かってるわ、1523戦0勝だからね!!」


「それ大声で言うことかよ……」

 

 白のロングヘアをなびかせて戦歴をいう彼女クレアは、声の大きさに負けず元気そうにしている。

 兜をかぶっていないから、彼女の絵に描いたような綺麗な顔はよく見えるが、着ている鎧の荒々しさは多くの死線をくぐり抜けた証であり、貫禄を隠しきれていない。


 中庭に差し込んでくる光が彼女の髪に当たり、少し神々しさすら感じさせた。

 だがもう一方も負けていない。

 

「あんたこそ戦う前に一騎打ちの心配をするとか、実は私に負けるのが心配なんじゃないの〜? 勇者カイトさん」


「……いいぜ、その減らず口叩き割ってやんよ」


 青筋を張って、不機嫌さを隠さないもう一人は青い瞳を持つ男。人類最強の勇者カイト。


 黒髪で白銀の鎧を着る彼は、クレアとは真逆の形になっていた。その勇者だけが身につけられる鎧もクレアの髪と同じく、光に当てられて神々しさを表している。


 幼い頃から変わらないいつもの口喧嘩を始めた二人はいつものように切れて、魔力を身に纏い始める。

 その壮大な魔力に地面はミシミシ揺れ、空気が重くなり、戦いにはこの二人以外は不要と言わんばかりに弱者が入れないステージを勝手に作り上げていく。


 だが問題なのは、この状態で一騎討ちをおっぱじめたら周りの建物はタダで済まない事だろう。


 そんな城はよくて半壊、悪くて全壊という破壊しか生まない戦いの火蓋は切られようとして──



「待ちなさい二人とも!!」



 ──切られなかった。


 この強者しか入れないステージに割り込む男がもう1人。

 その男は城内で貴族がよく着用するロココをその男性も例に違わず着用しており、しかし他の貴族とは違い少し地味さを感じる緑色の服を着ているところが彼の控えめな性格を表している。

 だが良く見れば服のあらゆる所が綺麗に整ってあり、地味な部分の裏腹に、しっかり者という性格もその服で表していた。

 

 そして一騎討ちをする二人の親代わりと言ってもいい、中庭は大急ぎで来た男の名前は──


「なんですかロイ大臣様」


「止めないでくれよ父さん。もう少しでこいつ締め上げれたのに」


 ロイ大臣だ。

 ドンぱちやる寸前で止められた2人が、不満そうに彼に顔を向ける。

 彼は急いでいたのか汗をかいて「間に合ってよかった……」とぼそっと言っている。


「いいかい君たち。この前一騎打ちしたせいで、周りが更地になったのを忘れたのかね」


「あ……」


「……いっけね、またやらかすとこだった」


 2人は思い出したのか、自分たちがやらかしそうになった事に冷や汗をかきはじめた。二人ともヤベェと少し顔が青くなっている。前にも一騎討ちした跡が酷すぎてこっぴどく怒られたことがあるからだ。それを見たロイはそんなことがあったのにも関わらず、やっと気づいたのかと呆れたようにため息を吐いている。


「やれやれ。一騎打ちをすると急に周りが見えなくなるのは何故かね?」


「「こいつをぶっ潰すからだ(よ)」」


「「………………」」


「「あぁ!?」」


「分かった分かった。聞いた私が馬鹿だった……」


 仲がいいのか悪いのか、喋ったタイミングが被った彼らはお互いに顔をぶつけ合う。さっきの息の合った行動とお互いの態度が真逆なのを見てロイは頭を抱えるが、城を破壊させまいと人差し指をピンと立てて提案した。


「とにかく一騎討ちのルールを変えてみよう。まず魔力は禁止だ。使ったら城崩壊は免れないからな。その代わりに純粋な剣術で競い合うのはどうだ。今回はお互いの剣術のレベルで勝敗を決めると言うのは」


「「やる!!」」


「君たちホント仲良いね……」


 かくして、大臣の提案を認めた2人は戦いの位置につく。2人は訓練用の木製の剣を持って構えると、先程の喧嘩が嘘のように静かになる。戦いに集中している証だろう。


 「ウゥホン」とわざと咳を鳴らし、2人の間にいる試合の合図役になったロイは手刀を作った方の片腕を真上にあげる。


「ルールは先程通り。魔力は使わず互いの剣術で競い合う事。後城を破壊するの禁止」

 

「あぁ」


「えぇ」


「よろしい、それでは……」


 大臣の説明に2人は頷き、そして2人は獲物を見るような目でニヤリと互いを睨みつける。


 そしてロイは片腕を勢いよく降ろし━━━


「試合始めっ!」


 戦いの火蓋が切られた。
























「また負けたぁーーー!!!」


 先に言おう。



 クレアの負けである。



 剣術においては、カイトの方が1枚上手だが。勝敗の有無を決めたのは体の強さだった。

 勇者に選ばれるだけあるカイトの体の力強さは、魔力抜きにしても強い。


 パワー、スピード、スタミナ、反射神経の全てがクレアより2つ、いや3つほど前に行っているのだ。技術もステータスも上、それならクレアが勝てないのは必然だった。


「まぁ勇者の俺相手にしちゃ、よく戦えてた方だぜ。誇るがいい」


「勝ったアンタに言われるとムカつくんだけど!?」


 勇者の言っていることは煽り(実際半分はそのつもり)にしか聞こえないが、正当な評価でもある。


 そもそも勇者というのは最強で、勇者であるないの時点で天と地の差がある物だ。中には努力と持ち前の天性で勇者と同じ土台に立つものはいるが、一騎打ちしたら瞬殺されるのが普通。

 それが勇者に負けたとは言え善戦できている時点でクレアは人類上位の実力を持っている事は確かだった。


 とは言え煽ってる事には変わりないので怒る。



 クレアは激怒した。必ず目の前でニヤニヤしている勇者をボコボコにしなければならぬと決意した。



 腕を組んで偉そうにするカイトに突っかかろうとするが、パチパチと手を叩く音で止まる。二人が手を叩いた主を見ると、そこには当然ロイがいた。これ以上の喧騒は許さんぞと、ニッコリしながらもどこか圧を感じる笑顔の彼に二人は喋ることも一旦止める。


「勝負は終わったぞ、今日はここまでだ。既に日は落ちてきているから2人とも城に帰りなさい」


「……そうね。カイト、次戦う時は絶対負けないわよ」


「その言葉、腐るほど聞いたよ」


 この中庭の影もだんだん大きくなっていて、城中のランプもつき始めている。流石に時間だと3人雑談しながら城の中に入ろうとするが。


「……ッ」


「カイト……いつものやつ?」


 カイトの顔が歪み足を止めた。その事にすぐ様気づいたクレアは心配そうに声をかける。

 

 ただこれはよくある事だ。


 カイトはクレアと出会う前から持病がある。

 唐突に体の一部が痛み出す病気だ。発症するタイミングはバラバラで、勇者である彼でも一瞬動きが鈍るほどの痛みを感じる。今はまだいいがコレが魔物との戦闘中だと致命的な隙になりかねない。


「あぁ、まただな……」


 ではその病気はどうしているのか?

 当然対処している人はいる。完治こそ出来ないが、この痛みを一時的に出ないように調整できる人がいるのだ。


 肉弾戦は大苦手だが、魔術なら超一流の人。

 このヴァルハラ王国が誇る大臣ロイは一騎打ちでの呆れた顔を引っ込め、真剣な顔付きでカイトに声を掛けた。


「なら自分の部屋に戻る前に、治療室に行くか」


「悪い父さん。いつも直してもらっててよ」


「問題ない。親が子の面倒を見るのは当たり前だからな。じゃあクレア、君は先に戻っておきなさい」


「わかりましたロイ大臣様。カイト、明日もやるって事忘れないでよね」


「あぁ、今度もまた負かしてやるぜ全敗さん」


「うっさいわね。さっさと治療されて元気になってこい!!」


「はいよ〜」



 陽気な声を出しながら、カイトはロイと一緒にクレアと真逆の方に城へ入っていった。







 ⭐︎⭐︎⭐︎

 

 


 しかしアイツ、また強くなってたな。

 最初に一騎打ちした時なんかボロ負けだったのに、段々戦えるようになってやがる。俺も更に特訓しないと。


 そう今回の一騎打ちを振り返っていた俺は治療室のベッドの上で仰向けになっていた。

 治療室と言われるように、自分は毎回ここに来ては育ての親であるロイ大臣に魔法で体を見てもらっている。

 魔法に疎い自分では父さんが何をやっているのかは正直分からないが、診察後は嫌な痛みと気だるさが消えてだいぶ楽になれるものだ。本当に助かる。


「クレアがだんだん強くなってきて嬉しいようだな」

 

「え、なんで分かった?」


「クレアと別れてからずっとニヤニヤしてれば、いやでも分かる」


「……」


 マジか、無意識にニヤニヤしてたって恥ずかし。周りから見たらなんで笑ってんだとか思われちまうわ。勇者のイメージはちゃんと守らないとな。


 アイツには全力で煽るけど。


「クレアに煽る態度は変えないつもりだな」


「……」


 また当ててきた。

 こうも的確に当ててくるとはお父さんエスパーか何かか?


「魔術に自信はあるがエスパーではない。お前の顔にそう書いてある」


「今までの自分の表情に自信なくなってきた……」


「クレアの事になると、いつもの勇者の顔はどこかに行ってしまうな。……彼女といる時は本当に楽しそうだ」


 そりゃあそうだ。村で一人ぼっちだった俺を助けてくれたのはクレアだからな。


 俺が生まれた時に両親が死んでしまって、残った俺は同じ村の人に養ってもらっていた。だけど勇者の力のせいで大怪我をしても勝手に治ったり、自分より数倍大きい魔物を簡単に殺せるもんだから怖がられて嫌われちまった。

 それは噂になって村まで広がり、


『お前気持ち悪いんだよ!』


『あっちに行ってろよ化け物』


 外で他の子供達と遊ぼうとしてもいじめられるようになった。

 当然そんなことが続けば、次第に人と遊ばないようになって、木の下の影に入って暇をするだけの日々を送るようになった。


『友達になりましょう』


 だがそんな時だ。

 彼女がそう言って僕に手を差し伸べてくれたのは。


 日陰にいた僕から見て、日向にいて明るい笑顔で来た彼女はまるで太陽のような存在に見えて、知らず知らずのうちに僕はその光景に見惚れていた。

 気がついたら彼女の手を取って、彼女に引っ張られながら影の世界から光が当たっている場所へ出た。


『あ、えっと、き、君の名前は?』


『私? クレア!』


 引っ張られながらも人と話すのが不慣れなせいでハッキリ言えない自分の言葉に、彼女は振り返ってはっきりそう言う。


 この日僕は人生ではじめての親友を持ち、はじめて人と触れ合う楽しさを知った。

 

『今日は何して遊ぶの?』


『一騎討ち! あなた魔物を倒したんでしょ。私はこう見えても村で一番強いの。友達と戦って一度も負けたことがないんだから!!』 




 ついでにクレアの連敗記録もここから始まった。

 



「クレアとの出会いは何度も聞いたさ。その度に思うんだが、煽るその態度はやめたらどうだ?」


「やだ、一騎討ちはずっと煽るって心から決めてんだ」


「そのこだわりは一体……」


 アイツは家事に勉強、馬の世話から貴族の礼儀までなんでも上手にできるハイスペック人間だからな。正直一騎討ち以外で競争したら負ける未来しか見えない。

 なので、彼女より唯一上の一騎討ちだけは煽るのを止めるつもりはない(ただドヤりたいだけ)。


「よし終わった。もう戻ってもいいぞ」


 何かのチェックが終わったのか手から出ていた魔法陣を消すロイは、いつものように呆れながらも言った。


「父さんにも感謝してるよ」


「なんだ今度は私の話か?」


「まぁな、でも感謝してるのは本当だ。今の俺がいるのはクレアとクレアの両親、父さんのお陰だからさ」


 クレアと親友になってから数年、自分の運命を変える大きな厄災が起こった。


 魔物の大群の襲撃。


 諸説あるが、魔王が復活する余波を受けたという原因で暴走した魔物達が自分たちの村を襲ってきたらしい。

 らしいというのは、あくまで噂に過ぎないからだ。実際なぜあの時にあの場所にだけあんなことが起きたのかが分からないが、考えられる理由としてはそれぐらいしかないそうだ。


 ズレた。話を戻そう。


 この厄災に対して自分含め村の住民達は、逃げるなり、戦うなりしてなんとか生き残ろうとした。自分とクレアとその他数人、そしてクレアの両親も魔物に立ち向かったが、両親は犠牲になってしまった。

 そして魔物の襲撃で村は崩壊し、心も体もボロボロになった時に現れたのがこの国の大臣ロイだ。


 ロイは住むところが無くなった村人達に住居を用意し、親がいない自分とクレアを城まで連れてってくれて今日に至るまで育ててきてくれた。


 そして自分を勇者と見抜き、勇者の役目を果たすために教師をしてくれたりサポートしてくれたのがロイだ。


 学問や魔術に貴族や王様間での礼節、色んなことを優しく時に厳しく指導してくれたおかげで、今の自分は勇者として活動できている。


「クレアに対するあの煽るような喋り方、出来ればやめて欲しいんだがな。クレアと私以外に聞こえてしまうと、勇者としてのイメージが崩れて品格を疑われるぞ」


 じゃあさっきの一騎討ちでの話し方は勇者としてどうなのかと言う事になるが当然よくない。

 

 民衆のみならず城に住んでいる大半の人からは自分のことを誰にも優しく真面目な優男だと思われている。

 あんな人を煽るような喋りをしているなんて誰1人おもっていないだろう。


 ロイとクレアを除いては。


「そうならないようにあの時防音の結界張っててくれただろ」


「それが分かってるなら煽るのやめて欲しいんだが……」


 何度もため息するロイの姿からは大変な苦労を感じ取れる。父さんは魔王関連の災害対策の担当をしていて、国の中でも偉い人にも関わらず常に前で指揮を取り、被害にあった村や町の支援、補給物資、魔物対策などで多くの人達を救ってきた英雄だ。

 苦労人臭はするが国民達の間からは人気者になっている。

 


 そんな聖人に一体誰が苦労をかけさせてるのかなー(棒)



 それは置いといてあの煽るような喋り方だけど、もちろん聞こえないようには対策している。

 あの喋りをするのは一騎討ちの時だけだし、やる場所も無人なところか、ロイが見ているところでしかしない。

 そしてロイは国においてトップクラスの魔術師だ。高度な魔術を使うのはお手の物であり、防音結界をいつも張ってくれている。

 難しいと言われているこの魔術だが、彼が発動する時はあたかも息をするように簡単に発動している。

 ただ防音結界の下りも今まで何回もしてきたからか、ほとんど諦めてるロイはすぐに話題を変えた。


「感謝しているなら今度の魔物討伐。クレアと喧嘩するなよ」 


 魔物討伐。

 

 ロイに育てられた自分とクレアが今やっていることだ。


 クレアは魔物に親を殺された子供としてその悲劇を防ぐ為に、自分は勇者としてそしてクレアの意思を一緒に成し遂げたい為に、世界各地の魔物討伐に出ている。


 魔王復活の予言が出て数年。


 まだ魔王は復活していないが魔物達の活動が活発になってきている。魔物は前までは襲わなかった人を襲い始めるようになり、中には凶暴化して村を簡単に滅ぼすような化け物まで出てきた。

 

 そんなもの相手に村人は立ち向かえるわけが無い。立ち向かっても自分の村と同じ結末を迎えるだけだろう。


 だから国が編成している討伐隊がいる。

 城の兵士達が村を襲っている魔物と、村を襲いそうな凶暴な魔物を叩き潰す為に世界各地で活動している。


 しかしその兵士達でも、村を滅ぼすような化け物相手には荷が重い。そこで出てくるのが上級冒険者パーティーや城の上位実力者の自分やクレア達だ。


「そんなところで喧嘩はしないよ」

 

 治療の為に脱いでた上着を着ながらそう返答する。

 大切な任務まで私情は持ち込まない。流石に。


「じゃあカイト、私はまだ用事があるから君は一人で戻りなさい」

 

「分かった。父さんも遅くなりすぎるなよ」


 最後に四つ葉のクローバーの形をした宝石が付いているネックレスを首にかけて、自分は治療室を後にした。








「……もうこんなに暗いのか」


 外に出たらそこは暗闇が支配する世界に変わっていた。

 昼では歩いている人達によって活気がある城も、今では虫の声が聞こえるほどに静かになって殺風景になっている。

 暗くて少し先さえも見えづらそうな状態を見て、自分は目を閉じて軽く意識を集中させる。


『ライト』


 囁くように一言。

 それだけで目の前に小さな光が生まれた。

 数少ない人しか使えない光属性の魔術。その中でとても簡単なものだ。効果も小さな光を生み出すだけで、それが軽い魔物避けになるだけ。

 だが今はこれで十分。魔法のおかげで周りが見えやすくなったのを確認して、自分は来た道へと戻る。


 







(次の討伐相手はドラゴン。伝説クラスではないけど侮れないな。少し離れているが村もあるしその事を考慮して戦わないと……)


 歩いて数分、場所はクレアと一騎討ちしたまで戻っていた。当然人は自分以外いない。しんみりとしている。

 そして自分は魔物討伐のことを考えていた。今回はクレアとペアを組んでの任務で、相手のドラゴンはまだ眠っている状態のまま。

 発見されたのはつい最近で、放置してるわけにもいかないので数日後に討伐する予定だ。


(とにかく、明日はクレアと相談しないとな。用意する道具の属性や数も一騎討ち後に決めて……)


 腕を組みながら顔を下に傾けて夜の城の中を歩く。

 とにかくどれだけ被害を出さずにドラゴンを討伐するのかに意識を集中していた。






 だからだろう、頭上から何かが降ってくることに気づけなかったのは。


「勇者様!」


「ん?」


 突然上から声が聞こえた。確かこの声は城で働いているメイドだ。なんだろうと上を見ようとする前に───



 ゴンッ



 植木が後頭部にあたった。



(うっ……)



 先に説明するが、勇者の頭に植木程度の物が当たっても死ぬことはない。人類最強と言われる勇者だ。世界を崩すことができるドラゴンや魔王とタイマンできる存在がこの程度で大怪我するわけではない。


 しかし、今回のケースは予想外な所からの攻撃つまり不意打ちを食らったわけで、受け身はしていなかった。


 結局何を言いたいのかと言えば、うっかり頭に物がぶつかったら勇者といえど気を失うという事だ。現に自分は意識が遠のいていくのを感じている。






 そこで異変が起きた。


(あれ……これは一体?)


 ダメージを受けて気を失うまでの一瞬、頭の中に何か莫大な情報が流れ込んできた。大きな濁流のように流れてくるそれは、植木の事も相まって瞬く間に暗闇の中に飲み込まれていく。

 だが飲み込まれていく中、その情報はとても精度が良い絵のようなものに姿を変えて、自分の脳にわかりやすく伝達させてくる。


(この世界は前から知っていた? 生まれる前……前世から? ここはゲームの世界?)


 大量の情報に困惑しながらも、頭の中に思い浮かぶ数々のワード。


 そして三つ。

 自分にとってありえないと思うような情報が流れ込んだ。


 


 







(自分は偽物の勇者で……



 本物の勇者はクレア……






















 ───人類の敵は父さん?)



 ターニングポイント。


 本来起こるはずだったシナリオは崩壊した。

 歯車は壊れ、本来は起こりえない未来の方へと進路を変える。



 それがこのカイトにとって吉と出るか凶と出るか。



 それは誰にもわからない。



 ただ一つ分かるのは、これが彼の人生を大きく狂わせる出来事だったと言うことだ。

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