知らんかったからした
おくとりょう
『同窓会のお知らせ』
薄暗いワンルームの自宅に帰ると、一枚の手紙が来ていた。同窓会のお知らせの手紙。そんなもの、どうせ行っても特に話すこともないと破りかけたとき、幹事の名前が目についた。
一時期、毎日つるんでいた友人だった。隣の席での男の子。女の子みたいな名前だけど、僕はバニーって呼んでた。「
背筋をピンっと伸ばし、丸い目をくりくりさせて教室の中を見渡すのがバニーの癖だった。揃えた膝でトントントンと上下にリズムをとるその姿がホントにウサギみたいだと思ったのを覚えている。きっとあれは面白いことを探していたのだろう。楽しいことが好きだった。
面白いことだけでなく、周りのことをよく見てるヤツだった。だって、クラスの男ほぼ全員の好きな女子を見抜いていた。
「お前らが分かりやす過ぎなんやって」
そう言って彼はいつもニコニコしていた。鼻にかけたりはしなかった。
友だちの多い彼が僕みたいなヤツと仲良くしてくれたのはどうしてだったのか。未だにわからない。きっと席が隣だったからだと思う。ただ、そのことに僕自身ちっとも気づいてなかったことはハッキリ覚えている。
あれはいつかの昼休み。
いつものように二人で木陰に座って、くだらない話をしながら、お弁当を食べていた。
「……最近、少女漫画の面白さが分かるようになってきたわ」
姉ちゃんに漫画を押しつけられると、当時よくぼやいていた彼は"悟りを開きかけてる"とでもいうような神妙な口ぶりで言った。
「壁ドンにキュンとする気持ちはよく分からんけど、恋愛漫画って意外と面白いで」
「壁ドン?」
まだ壁ドンを知らない僕が首を傾げていると、バニーは僕に覆い被さるようにして、木の幹に手をついた。
長いまつげの奥の彼と目が合う。その白い肌がカァーッと朱く染まった。でも、前のめりになってしまった彼はすぐに身体を起こせなくて、気まずそうに目を泳がせる。グランドから楽しそうな声が聴こえた。彼の後ろから射し込む木洩れ日が鮮やかで温かくて、もうすぐ夏なんだと思ったことを覚えている。
「……あと、ほっぺについてる米粒とかをとったりもすんねん。少女漫画では定番のネタ」
オレにはまだ良さが分からんけど。と顔を背ける彼の頬にも米粒がついていた。僕の方に向いた赤い頬についた白い米粒。薄い産毛が光っていた。それはもう、取って欲しいというネタ振りなのかなと僕は思った。でも、それをただ手で取るのは面白くないと思ってしまった。つい、思ってしまったのだ。だから。
パクッと。口で取った。
「うわぁアァアァああアァアァーっ!
は?ハァ?!何してんねん、お前!」
漫画みたいに尻餅をつくバニー。騒ぐ彼を尻目に僕は「ちょっと皮脂の味がして美味しくないなぁ」と思っていた。だって、気をつけても、唇が頬に当たるから。しかも、肝心のお米も乾燥してるし。あと、相手の頬に唾がつくのが気持ち悪い。
「たしかに。少女漫画むずかしいね」
彼にウェットティッシュを差し出すと、呆けた顔でこちらを見上げるバニー。代わりに舐めてしまった頬をごしごし拭いてあげた。
「イタっ!やめろやめろ!自分で拭くわ!」
真っ白に戻っていた頬が再び紅く染まった。ぶつぶつ不満げな彼の声を聴きながら、もう一枚出して、自分の口も拭いておく。やっぱり人間は食べるものでもお皿でもない。
ごめんね。といって振り向くと、彼はもうそこにはいなかった。僕のバニーはもういなくなってしまった。
そのあと。僕はしばらくの間、寂しい気持ちを引きずっていた。今になったら、あんな失敗はもうしないと思う。しないつもりだ。しないといいな。いや、しないわけはないか。うん、するかもしれない。
窓から見える雲はいつの間にか、深い水色になっていた。それが何だかちょっぴり好きで、それを眺めながら出席に丸をつけた手紙を破いて棄てた。彼には後でメールで知らせようと思う。西の空では、雲の隙から朱い色が覗いてた。
知らんかったからした おくとりょう @n8osoeuta
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