二度目の終わり

私達は、世間一般的には遅い結婚だった。

それでも子宝にも恵まれ、4人の子供達を育てている。



結婚するまでに7年、結婚してから13年が経ち、1番上の子は10歳になった。



その誕生日のお祝いも兼ねて、私たちは初めての船旅を計画していた。



「折角なら、景色のいいところでのんびりしたいわね」



私の希望で、モデラルパいう街に滞在することになった。



船で1週間、馬車で3日かかるその地は、冬は閉ざされた地となり、足を踏み入れることは出来ないが、夏場の避暑地として最近人気が出てきた。

貴族の別荘街が出来るほどの盛況ぶりで、社交シーズンの終わりを待ってから、私たちは出発した。



「お母様、見てよ!一面がお花畑だよ!」



平民も生花を買う習慣のある珍しい地である。

港で船を降りてから、沢山の花売り達を見かけた。


馬車の中はいくつもの花が飾られることになり、私たちはとっても浮かれていた。




「エリザベス、思った以上にいいところだな。未だに治安も良さそうだ」


「本当ね!道中も退屈しないし、安心できるわ」



私の隣を子供達とのジャンケンで勝ち取ったマーティンは、先程まで見ていた書類も横に置いて、子供達と窓の外を眺めている。

彼は幼い頃に訪れて以来と聞いている。



久しぶりの旅行は、とても充実したものだった。



キュリブルクス邸という、マーティンの祖父の名前がつけられた邸宅は、マーティンが相続した家の一つ。

そこに滞在することが決まった。


まだモデラルパとすら呼ばれていなかった田舎町だった頃に建てられた別荘は、親しくしていたこの国、ヒルデ国の王から贈られた物だという。

長く続いた戦争の戦火も逃れ、今もこうしての子孫が訪れる歴史あるヴィラだ。



友好的な関係を築いてきた過去の恩恵を私達は受けているに過ぎない。

自分の行いが自らに返ってくることを教えるにはちょうどいい。

ヒルデ国には友好の証として、外交官が滞在出来る建物を送り、今も尚、ヒルデ国の外交官が使用している。



「旦那様、おかえりなさいませ」



ヴィラを管理している執事や侍女達が出迎えてくれた。

身の回りの世話の中心は屋敷から連れてきた侍女が行うのだが、ヴィラの侍従達も初めて訪れる私や子供達にも、優しく接してくれ、安心して寛ぐことができた。




「早速パーティのお誘い?」


その夜、珍しく中々寝室に来ないマーティンが気になり、彼の部屋を訪れると、招待状をいくつか広げていた。



「あぁ。いくつか行くのもいいかと思ってな」


「折角なら子供たちが行けるパーティを選びましょうよ」



子供達と一緒に過ごすために遥々やってきたのだから、別々に過ごす理由はない。



「なら、隣の屋敷のシュガー家と、領主であるティンセイン侯爵家の二つくらいがいいかもな」



マーティンは手招きをして、私を彼の膝に乗せる。

最近のスキンシップの中でもお気に入りなようで、私も手招きをされたら自然と体が動いた。



「シュガー家のことはあまり存じ上げないけど、どういう家なの?」


「ヒルデ国の男爵家だよ。長く隣に屋敷を持っていて、当主は穏やかな方だ。前にあったのは子供の頃だったが、当主自ら遊んでくれたのをよく覚えているよ」


「まぁ!お優しい方なのね」


「そうだな。折角同じ時期に滞在しているのだから、会いたいと思ってね」



マーティンが話しながら頬に口付けてくるので、話はそこで終わってしまった。



「さぁ、早くベッドへ行こう」



そう言って私を抱えたまま立ち上がり、寝室へと運ばれてしまう。

仕事を気にせずに早くベッドに入ってのんびりとする日々はまだ始まったばかりなのだと、このときは思っていた。




✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



ティンセイン侯爵家のパーティは、領主ということもあり、私達の来訪を祝ってくれるものだった。



領内の貴族や、一足早く別荘へと来ていた各国の貴族も招待され、忙しなく挨拶をして回ることになった。



子供達は意外にもすぐに友人を作り、一緒に遊んでいる。

1番下の息子、セドリックはマーティンに抱かれたままだが、終始楽しそうに挨拶をしていた。



「寝てしまったわね」


微笑んだまま寝てしまったセドリックは、ほっぺをムニムニと動かしながら楽しそうにしている。


「あぁ。このままでもいいが、ゆっくり寝かせようか。乳母に預けてくる。少し待ってて」



疲れてしまったのだろうと、マーティンがセドリックを乳母に預けてくる間、私は1人でテラスに向かった。



ホールのテラスからは領地が一望できた。

海までは流石に見えなかったが、夕日に照らされた青々とした大地が広がる光景に、しばし見惚れていた。



ーーあっという間に夕方だわ



朝早くから支度をして、昼過ぎから始まった宴は、挨拶をしていればすぐに時間が過ぎていく。

私も少し疲れてしまったと思っていたが、心地いい風が頬を撫でれば、まだ続くであろう挨拶も頑張れる気がした。



「ベンブリックス公爵夫人でいらっしゃいますか?」



後ろからそう呼ばれて振り向くと、声を掛けてきたのは杖をついた男性だった。



「はい。お初にお目にかかります。ベンブリックス公爵の妻、エリザベス・スターベルです」



丁寧に膝を折ると、相手も首を折って応えた。



「公爵夫人に膝を折っていただくような者ではありません。私はヒルデ国の男爵ですから。ユリシス・バード。シュガーの称号を頂いております」



「まぁ!シュガー男爵でございましたか!主人からお話は伺っております。パーティにご招待していただいとお聞きしました。楽しみにしておりますわ」



シュガー家のパーティで会うものと思っていたが、一足先に挨拶ができるとは思ってもいなかった。

少し話しただけでも感じの良さは伝わってきた。



「マーティン殿下は幼い頃に会ったきりで、覚えていらっしゃらないかもしれません。ですが、殿下の小さい頃にはご家族で何度か食事もしましてね、先ほど声をかけようかと思ったら、席を外してしまって、それで尺越ながら夫人にお声がけさせていただいたのです」



最初に全員に向けて紹介をされたので、それからずっと話す機会を窺っていたのだろう。

それほど気にかけてくれていたことが、素直に嬉しかった。



「夫も覚えておりましたわ。すぐに戻ってくると思います。どこか座ってお話を致しませんか?」



杖をついていることを考えれば、テラスよりもホールにある椅子の方が座りやすいだろうと考えてホールに戻れば、マーティンはすぐに見つけてくれた。



「シュガー男爵。お久しぶりです」



顔を見てすぐに気付いたらしいマーティンは、珍しく嬉しそうに彼の手を取ってテーブルに誘導する。



「男爵、是非パーティのときはチェスをしましょう。いや、パーティの時でなくてもいいです。時間が取れる日もおありでしょう?是非伺わせてください。今なら勝てる自信があります」



マーティンは、子供の頃シュガー男爵にどうしてもチェスが勝てなくて、よく不貞腐れていたのだという。

彼に負けては暫く大人相手にチェスに没頭する日々だったのだとか。



マーティンは、子供の頃の熱を思い出したかのように、その日の夜遅くまで私をチェスに付き合わせた。



「マーティン、私の勝ちよ。さぁ寝ましょう」


チェスの腕はマーティンの方が上だったが、寝たいが為に本気を出したのだ。



「ちょっと待ってくれ、もう一回。もう一回だけ」


必死にどこで間違えたのかと考えているマーティンは、この屋敷で1番充実した日を過ごしているのかもしれないと思った。



「私とベッドに行くのがそんなに嫌なの?」



そんな風に意地悪を言えば、彼はチェスのボートもそのままにすぐに私を抱える。



「チェスで負かせるのもいいが、ベッドの上で負かせる方がいいな。覚悟しておけよ」



ほんの少しだけ、マーティンを可愛いと思った。

まぁ…次の日にはただの猛獣だと考えを改めることになったのだけれど。





✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎



夕方、私たちはシュガー家の門をくぐった。

バリシネスではシーズン終わりだというのに、見事な薔薇が咲き誇る庭園は、屋敷からの眺めも抜群だった。


パーティは薔薇の香りの漂う広い庭園で行われた。



いくつかあるガゼボにもテーブルが置かれ、お菓子が楽しめるようになっていた。



「ねぇ、素敵な庭ね」


「あぁ。この庭を見れただけでも来た甲斐があると思えるほど見事だ」



マーティンは上からも眺めたいと無理を言い、子供達も連れて2階のテラスからシンメトリーな美しい庭園を眺める。



「ねぇ!お母様、子供は迷路が出来るんだって!さっき男の子が話してたの!私も迷路がしたいわ!」


「しょうがないなぁ。俺が一緒に行ってやるよ。それなら行ってもいいんじゃないか?」



長女であるグレースは、お淑やかとは程遠いが、利発的な子だ。

それを仕方がないと言いながらも、長男であるジョシュアは自分も行きたくて仕方がなかったのだろう。

まだまだ子供達の成長はこれからのようだ。



「えー!みんなが行くなら僕も行きたいよ!ねぇ、僕もいいでしょ?」



次男のジェイミーまでもが言い出したが、迷路だなんて話は聞いていないので、マーティンに任せることにする。



「よし、私が一緒に行こう。迷路か。懐かしいなぁ」


「迷路なんてどこにあるの?」


「この庭は庭園迷路なんだ。祖父の代では流行っていたらしいが最近はあまり見かけないよな。左右の薔薇の生垣、ただ見ても美しいがあれ自体が二つの迷路なんだよ」



迷路と言うと、田舎のトウモロコシ畑で作られる平民の遊び場のコーンメイズを思い浮かべた。

まさか、薔薇の生垣で迷路が造られていたなんてと驚く。



「バリシネスにはそういう変わり者はいなかったからな。外国では今でも庭園迷路を残している家も珍しくはない」



彼の遊学の半分は私も同行していたというのに、知識の差は雲泥の差だ。

勉強していても、知識は彼の足元にも及ばない。



結局、迷路に行く子供達には騎士が同行すると言われても、セドリックを連れてマーティンも一緒に迷路へと向かってしまった。


庭へ出ても1人で挨拶することになるので、子供のように遊ぶ珍しいマーティンと子供達のいる迷路を上から眺めることにした。



すぐに迷路の中心のガゼボに、ワインを持った大人たちがいるのに気付く。

迷路に喜ぶマーティンも珍しい存在ではないようだ。



バリシネスにいるだけでは知れなかったかもしれない新しいマーティンの一面を見れた気がする。



迷路に悪戦苦闘して引き返したり、行き先を言い合っている小さく見える家族達を、たまに見失ったりしながらも眺めているのは結構楽しかった。



迷路を脱出して大喜びの家族に手を振られ、私は庭に降りることにした。

子供達はたくさんの話を興奮しながらしてくれるだろう。

もしかしたらマーティンも同じように興奮しているかもしれない。



そう思いながら階段を降りていた時、正面から来た執事が、私に向かって階段を登ってくるように感じて足を止める。



それでも階段を譲ることなく登ってくる姿に、恐怖を覚えた。



ーーなんなの?



ドンッとそのまま身体ごとぶつかってきた彼を避けることは、高いヒールを履いていた私には不可能だった。


そこまでしか私の記憶はない。

気がつけば、私はヘンリーとアリーと鬼ごっこをしていたのだ。

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