02 花音の記憶Ⅰ






 最初はたぶん、中1の時。


「B組の在原陽太ありはら ようたって、森下のこと好きなんだって」


 当時同じクラスだったヤマトに、突然そう言われた。


「し、知らない……」


 私は眉間にシワを寄せた。

 陽太とは、小学6年のとき同じクラスだった。でも、覚えている限りほとんど話したことはなかった。


「や、や、ヤマトおいコラお前っ!!!」

「お、本人登場」


 大きな声とともに飛び込んできたのは、その頃となりのクラスだった陽太。


「うそうそ!

 こいつの言うことマジ気にしなくていいから、森下ごめんね!?」

「う、うん」


 変な話だけど、仲良くなったきっかけといえば、これくらいしか浮かばない。







 私、森下花音もりした かのんは、小学校6年の時に陽太たちと同じ小学校に転校してきた。

 当時私は人見知りで大人しい性格だったから、仲のいい男子なんて全然いなかったけど、2人だけは別だった。


「花音ー、順位どうだった?」

「ちょっと下がったー。2人は?」


 人懐っこいヤマトとは、中学でも同じクラスだったから打ち解けるのは早かった。


「俺は上がった~♪

 あ、陽くんには聞かないであげて、可哀想だから」

「うるさいな! これからだよ、これから!」


 それに、ヤマトにいじられてばかりの元気で明るい陽太。

 普通に話していただけなのに、なぜか私は2人になつかれていた。


「ていうか在原くん、志望校変えたの?」

「え! なんで知ってんの!?」

「バスケ部の子が騒いでた。大丈夫かあいつって言ってたよー」


 高校の志望校を決める頃。3人のうち陽太だけ、志望校が違っていた。

 それなのに陽太は、3年の2学期の終わりになっていきなり、志望校を私達2人と同じ高校に変えた。


「担任、青ざめてたけど。大丈夫ですか、陽くん」

「やると決めたらやる男なんで」


 その言葉通り、陽太は見事第一志望の高校に合格した。

 陽太の担任が、泣きながら陽太を抱きしめていたのを今でも覚えている。







 高校に入ってからも、2人とはなんとなく仲が良かった。


『花音、彼氏とどうなの?』

「……別れました」

『やっと~? さっさと振れっつったのに』


 特にヤマトには、恋愛の相談……という程ではないけど、ときどき状況報告のようなものはしていた。

 ヤマトも私も帰宅部だったから、夜電話で話すことが多かった。


『陽くんはどうよ?』

「別に何も……ていうか、在原くん押してくるのヤマトくらいだよ?」


 最初の出会いはあんな感じだったけど、私も陽太も中学・高校でそれぞれ別の相手と付き合って、別れていた。

 ヤマトはやたら陽太を押してくるけど、陽太の口から何か言われたことは一度もなかった。







 高2で陽太と同じクラスになって、それから距離がぐっと近付いた。


「花音! 陽太特製唐揚げ、食う?」

「すごい、おいしそう! ていうか、腕上げたね~」

「いやいやそんなそんな!」


 もともと仲が良かったこともあり、同じクラスになって話す機会も増えて、なんとなく陽太のことが気になるようになった。

 それは、陽太も同じだったようで。


「花音! 俺と、付き合って……くれないでしょーか!」


 2人で行った初詣の帰り道、なんだか自信無さげに告白してきた陽太に、「いいよ」と頷いた。


「ほ、ほんとに!?」

「……うん、ほんとに」


 今にも踊りだすんじゃないかってくらい、陽太は嬉しそうだった。







 それからの付き合いは順調で、お互いの家を行き来しながら、仲を深めた。


「……在原くんはしょっちゅううちでご飯食べてるけど……うちの子にでもなったつもりか?」

「す、す、すみません!!」

「もう、お父さん! 私も陽太んちにお世話になってるんだってば!」


 うちのお父さんも初めは怪訝な顔を向けていたけど、陽太の家の中華料理屋に通ううち、陽太のお父さんと意気投合。


「陽太くん可愛いし、うちの子になるなら大歓迎よー」

「お母さんはちょっと黙ってなさい、気が早すぎるんだ」


 お母さんも陽太と仲良くなり、そのまま家族ぐるみでの付き合いが続いた。







 卒業後、私は保育系の短大に進学。

 陽太は実家の手伝いをしながら、調理師の専門学校に進んだ。


 家が近いこともあって、学校が違うことはそれほど障害にはならなかった。

 20歳で学校を卒業すると、私は家の近くの保育園に、陽太は実家の手伝いを始めた。

 陽太のお父さんが腰痛を患っていたこともあって、早くからお店を任されるようになった。







 忘れもしない、2010年12月24日。陽太の、22歳の誕生日。

 この日だけは職場に休みをもらって、2人で遊びに出かけて、夜は私が予約したレストランで食事をした。


「花音、えーと……」


 陽太をお祝いして少しお酒が入った頃、いつになくそわそわし始めた陽太に首を傾げると、陽太がごそごそとポケットを探った。


「俺と、結婚……してください!」


 陽太のポケットから出てきたのは、シルバーの指輪。

 思いがけないプロポーズに私は涙を浮かべて、「はい」と答えた。







 翌日、それぞれの両親と挨拶を交わした。

 付き合いが長かったおかげで、話は比較的スムーズに進んだ。

 翌月には婚姻届を提出し、陽太の実家に移り住んだ。


「すごい、兄ちゃんが花音ちゃん嫁にもらう日が来るとは」

「兄ちゃんをバカにしてないか、お前?」


 ご両親はもちろんのこと、陽太の弟とも仲が良かったから、在原家での暮らしにもすぐに慣れた。

 しばらくは貯金したいからと、式は挙げなかった。







 質素だけど、幸せな生活だった。

 お互いの夢を叶え、一生懸命働いた。

 家事はできるかぎりでいいからと、お義母さんはいつも私を気遣ってくれた。


 休日には地元の仲の良い子と集まって、ばかみたいに遊んで騒いで。陽太と中学の同級生の話をしながら、眠りについて。

 そんな普通の暮らしが、ずっと続くと信じていた。








 2011年の5月、その事故は起きた。

 陽太の両親と弟、陽太と私の5人で、お義父さんの実家に帰省する道中、暴走したトラックと陽太の弟が運転する車が、正面衝突した。

 陽太の弟とお義父さんは即死、お義母さんも、事故の翌日に息を引き取った。

 陽太と私は重傷だったものの、どうにか、一命は取り留めた。







 泣いて、泣いて、涙が枯れるほど泣いた。

 陽太があんなに泣くのを見るのは初めてだったし、私もあんなに泣くのは初めてだった。

 私の家族やヤマト、地元の友達が何度もお見舞いに来てくれた。

 せめてもの救いは、2人が生き残ったことだった。生き残ったのがどちらか1人だったら、生き残ったことを悔やんでいたに違いない。


「俺も手伝うから、店やろーよ。ね」


 ヤマトや、私の両親の支えもあって、退院するとすぐにお店を再開した。

 陽太が厨房に立ち、当時就職浪人していたヤマトがそれを手伝ってくれた。

 私も年度末まで続ける予定だった保育園を辞めて、お義母さんがしていたお店の仕事をそのまま引き継いだ。


「父ちゃんの頃も美味かったけど、兄ちゃんもなかなかやるじゃねぇか」

「島木さんってば~! ビール1本サービスしちゃう!」

「さっすが兄ちゃん! お礼に今度ウチの若いもん連れてくるわ」


 陽太の料理の評判もなかなか良く、お義父さんの頃に通ってくれていた常連のお客さんもまた、通ってくれるようになった。







 あっという間に時間は過ぎ、事故から半年も経つと、この生活にも慣れてきた。

 家族を失った悲しみが、浄化されたわけじゃない。

 それでも互いの抱える痛みを分かち合うことで、前に進んでいけた。


「父ちゃん達の保険金で、上海旅行にでも行く?」

「本場の中華、いいねー」

「台湾でもいいし。どっちがいい?」

「上海蟹、小籠包、空芯菜……迷う~……」


 2人とも専門学校を卒業してから働きっぱなしで、旅行で遠出したことなんてなかった。

 明日でも旅行会社に聞いてみるか、と話をしながら、2人同時にあくびをした。


「昨日の疲れが今日来てる……」

「もう年なのかなぁ……」

「まだ22歳なのに……」


 昨日は給料日のお客さんで、お店は大繁盛だった。それに比例して疲れも溜まっていて、今日は1日身体がダルかった。

 どちらからともなく目を閉じて、2人寄り添って、眠りに落ちた。







 翌朝、2011年10月2日。

 先に目が覚めたのは、私。昨日の疲れが溜まっているのか、陽太は私が起きだしてもびくともしなかった。


 まだ朝の7時。ゆっくりしていても大丈夫な時間。

 コーヒーを入れ、新聞を読む。ロッテは今年も惨敗かぁ、なんて思いながらぼーっとしていると、いつの間にか7時半。

 そろそろ朝食を作ろうと立ち上がると、陽太がダイニングにやってきた。


「え……花音?」

「あれ、もうちょっと寝てていいのに」


 陽太は寝ぼけているのか、なぜか私に驚いた顔を見せる。

 起きちゃったなら急いでご飯の準備しないとなぁ、と考えていると、陽太がぽつりと呟いた。


「あー……父ちゃんは? もう店?」


 その言葉に、私は眉根を寄せた。



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