明日の僕に伝えたいこと
pico
01 陽太の記憶
俺の初恋の相手は、小学6年の時にクラスに転校してきた同級生という、ありきたりなものだった。
「転校生、可愛くない?」
「あぁ、陽くん好きそう」
幼馴染のヤマトは、冷めた表情で言う。
クラスの女子みたいにうるさくなくて、キツくもなくて、可愛くて。
「あ……あの、森下!」
花音と同じクラスだった6年生の間に言葉を交わしたのは、一度だけ。
たまたま家の前を通りがかった花音を、見かけた時だ。
「い、犬の散歩?」
「あ……うん」
花音の家は俺んちからそこそこ近くて、その日はたまたまうちの前を散歩していた。
「……」
「……」
「あの、遅くなるから、行くね」
なんの会話もできずに、花音は行ってしまった。
転機は、中学1年の時。
「B組の在原陽太って、森下のこと好きなんだって」
俺がC組の前を通った瞬間、狙ったみたいなタイミングでヤマトの声が聴こえた。
「し、知らない……」
そして、困惑した様子の花音の声。
一瞬にして、俺は凍りついた。
「や、や、ヤマトおいコラお前っ!!!」
「お、本人登場」
飄々と話すヤマトに対し、「ぜってーお前わざとだろ!!」……という言葉をどうにか、飲み込んだ。
「うそうそ!
こいつの言うことマジ気にしなくていいから、森下ごめんね!?」
「う、うん」
この時の花音の怪訝な顔を、俺は一生忘れない。
だけどなぜかそれをきっかけに、花音と俺は時々話すようになった。
「花音、こんど陽くんちの中華屋行こーよ」
人見知りをしないヤマトは、引っ込み思案な花音とも仲が良かった。
俺が花音と話すのは、そのオマケだ。
「え、在原くんち、中華屋なんだ」
「そうそう。1回俺んちの前通ったよね」
「散歩コースだから、たまに通るの。あの中華屋さんが在原くんちとは、思わなかったけど」
中1の終わり頃には、淡い片思いは胸にしまいつつあった。
ヤマトが花音を好きっぽいなと思ったからだ。
花音とヤマトは中学3年間同じクラスだった。
花音も、俺のことはいつまでも“在原くん”なのに、ヤマトは“ヤマト”。区別を感じる。
俺はというと、中2の時に別の女の子に告白されて付き合ってみた。
だけど中3で花音と同じクラスになると、またなんとなく花音が気になるようになった。
「先生、俺志望校変えていい?」
この言葉で先生を驚愕させたのは、中学3年の10月。
理由は簡単。2人の志望校と同じところに、行きたかったからだ。
成績はだいぶ足りなかったけど、やればできる子、俺だった。なんとかかんとか、2人と同じ高校への入学資格をもぎ取った。
高校の成績は散々だったけど、俺の目標はどうにか卒業すること。あとは高校生活を謳歌できれば、それでよかった。
「森下って2年の先輩と付き合ってるってマジかな?」
そんな不穏な噂も聞いたけど、花音がその付き合いにあまり本気ではないことはヤマトからの情報でわかっていた。
幸いにも、花音とその先輩は1ヶ月もたたずに別れた。
花音とは、2年の時に同じクラスになった。
「在原くん、明日ヤマトと一緒にお店行っていい?」
「いいよ、親父に言っとく。夕方でしょ?」
「うん。在原くんもいるよね?」
相変わらず花音はヤマトとは仲が良いようだった。
だけどヤマトは、花音からはっきりと『友達宣言』されたらしい。
そろそろ俺も本気出さないとな、と体育祭や文化祭で猛プッシュ。
「花音! 俺と、付き合って……くれないでしょーか!」
そして2人で行こうと誘った初詣の帰り道、勇気を振り絞って告白した。
花音はちょっと笑いながら、「いいよ」と答えてくれた。
「ほ、ほんとに?!」
「……うん、ほんとに」
今にも踊りだしたくなるくらい、嬉しかった。
俺にとって花音は、初恋の人であり、憧れの人でもあった。そんな相手と付き合えたんだ、誰だって狂喜乱舞するだろう。
それからの付き合いは、順調だった。
修学旅行は2人で別行動をして、京都散策をした。お花見、夏祭り、クリスマスとたびたび2人で出かけては、思い出を作っていった。
「花音ちゃんはほんっと可愛い! うちにお嫁に来てくれたらいいのに!」
「母ちゃん、マジ恥ずかしいからやめて!」
「こんなヤツの彼女でいいのか? 次男の方がまだマシで……」
「父ちゃん!!」
「あはは、弟さんも素敵ですよね」
「花音まで~……」
うちの父ちゃんと母ちゃんは、花音のことをえらく気に入っていた。2人だけじゃなく、弟も。
花音も時々、うちの店に家族を連れてきてくれた。
花音の家とはそれからずっと、家族ぐるみでの付き合いを続けていた。
高校卒業後、俺は親父の店を手伝いながら、調理の専門学校へ。花音は、保育系の短大へと進んだ。
2人とも家から通っていたし、花音がたびたび店に来てくれたおかげで、会えなくて寂しいってことはあんまりなかった。
「うちの餃子の隠し味はこれだ。メモはするな、頭に入れろ」
「はい!」
親父はこの頃から腰を悪くしていた。
俺は店の手伝いのかたわら、親父から料理を叩きこまれていた。ゆくゆくはこの店を継げるようにだ。
専門学校を卒業すると、俺はそのまま店の厨房に入った。
「おう、親父の息子もなかなか立派に作れるようになったじゃねぇか」
「あ……ありがとうございます!」
親父の腰痛はなかなか回復せず、だんだんと店を任されるようになった。
常連のお客さんには、褒められたりけなされたり……反応は様々だったけど、みんな暖かく見守ってくれていた。
来てくれるお客さんのためにも、もっと腕を磨きたいと、そう思っていた。
花音は、近所の保育園の保育士さんになった。お互い忙しくはなったけど、関係はずっと変わらなかった。
休みが合えばどこかに出かけ、合わなければお互いの家で会っていた。
(もう、付き合って……5年になるのか)
小6の頃はまさか、花音とこんな風に付き合うなんて考えてもみなかった。
お互いの目標を尊重しながら、ゆっくりと、一緒に過ごした時間。それは俺にとっても、かけがえのないものだった。
(そろそろ……考えないとなぁ)
父ちゃんも母ちゃんも、すぐに歳を取る。父ちゃんなんてもう、引退に片足突っ込んだようなもんだ。
いずれ店を継ぐなら、その時にはできれば隣で手伝ってくれる人が欲しい。
(……まぁ、まだわかんねーや)
花音に探りを入れつつ、俺も心の準備をしつつ。
こういうことは、慎重に進めなきゃいけない。きっと。
そんな想いを抱えていた、2010年7月3日。
夜になると昼の暑さは一転、涼しくなる。
俺と花音は渡しそびれていたヤマトへの誕生日プレゼントを届けて、お互いの家に帰った。
家についた瞬間、突然のスコール。
「お帰り」
「うひゃ~、危なかった」
店に駆け込むと、母ちゃんが老眼鏡をくいっと上げた。
「花音ちゃん大丈夫ー?」
「うん、家まで送ってきた」
うちの弟は、兄の心配より兄の彼女の心配。まぁ、いい弟だ。
「陽太ー、明日も早えんだからもう寝ろ!」
「わかってるよー」
父ちゃんの声を合図に、ささっと風呂に入って、ベッドに横になった。
目が覚めた途端、重い頭痛に見舞われた。
やけに肌寒く感じた。猛暑に突入し、昨日は最高気温34度をマークしたというのに。
「え……花音?」
「あれ、もうちょっと寝てていいのに」
寝ぼけ眼のまま起きだすと、花音がダイニングにいた。
あれ、昨日花音ウチ泊まったんだっけ、とぼんやり考えるけど、頭がちゃんと働かない。
「あー……父ちゃんは?もう店?」
最近は毎朝、開店前に父ちゃんの特訓を受けていた。
特訓は8時から。時計は、7時半を指している。いつもならこの時間、新聞を広げて朝ごはんを食べているはずだ。
花音が、怪訝な顔で俺を見ていた。
あぁ、この顔よく覚えてる。
中1の時、ヤマトが勝手に変なこと言った時の、あの顔だ。
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