あの日… 彼女はマスクを着けていた。
如月 紅波
第1話
思っていたよりも僕は人間が好きだった。
「自分は自分」そんな僕の日常は、どうやらあの瞬間から変わってしまったようだ。
いつも通り 「賑やか」と言えば聞こえがいいけど、
クラスメイトが教室の至る場所に縄張りを作り、
じゃれ合ったり、喧嘩したり、悪口を言っては嫌がらせしたり、そんな当たり前の休み時間だった。
あの頃の僕はいまいち人間を好きにはなれず、いつも1人で読書したり次の授業の予習をしたり自分だけの時間をやり過ごしていた。
とは言っても成績は特に良くもなく…とだけ言っておきます。
「ねぇ?何読んでるの?」
本から目を放し正面を向くと、僕の前の席を陣取って
椅子の背もたれを跨いで後ろ向きに座り、僕の顔を覗き込んでいる女子がいた。
彼女は1年生の時から何かと目立つ存在で、グループを作っているわけでもなく、自分だけの時間を僕とは全く違う方法で楽しむ。そんなちょっと変わったタイプの女子だった。
僕の学校は、ひと学年7クラス 学級に48人前後と、
とりあえず人数の多い学校だったから、同じ学年でも 知らない生徒も多くいた。
すれ違っても挨拶も交わさず 社会から切り取られた1つの都市のようだった。
地味でなるべく目立たないように生きてきた僕の事を知ってる人なんてそう多くいるわけもなく。
だけど、彼女は違った。
彼女を知らない生徒や先生は居ないだろうというほど、彼女は目立っていた。
朝 彼女が登校すると、廊下ですれ違う生徒や先生、先輩や後輩と…あいさつだけで全種類コンプリートと言ったぐあいだ。
そんな彼女が今、 僕の目の前で…
どうやら僕に話し掛けているらしい。
免疫のない僕は その顔の近さに何も答えられず、
ただただ顔を赤らめていた。
きっと彼女にも気づかれていたと思う。
僕はその頃から彼女の行動が気になって仕方なくなっていた。
このクラスになってもう半年になるというのに、クラスメイトの顔すら まともに見てこなかった僕の目に彼女は、花から花へヒラヒラと自由に飛び回る蝶のように見えた。
去年入学したものの、人見知りな僕はクラスに馴染むこともなく、目立つことも無く、空気と共に漂って忍んで1年を過ごしてきた。
2年生になった今も、友達と呼べる生徒はおらず、
行って帰るだけの毎日を過ごしてきた。
彼女から覗きこまれたあの日、あの瞬間
僕は初恋をしていたんだと思う。
それからというもの、学校に行くのが楽しみになっていたのだ。
来ないなぁ…と思ったら給食の直前に来たり、
さっきまで誰かと話してたと思えば帰ってしまったり。僕から見た彼女は ほんとに自由な人だった。
『あれ?桜木は?また帰ったのかよー!!』
担任のこんなセリフは日常茶飯事だった。
彼女の髪型は肩につかない位の少しクセのあるボブヘアーで、前髪も長く左側半分だけ顔を覗かせていた。何かをしっかりと見たい時だけ右手で髪をかき揚げ覗き込む。
僕に話しかけたあの日もそう。
そんな彼女の仕草は同じ学年の男子にとっては
とてつもなく大人びた雰囲気を放っていた。
そんな彼女を観察するようになって3ヶ月くらいの頃。僕はあることに気づいてしまった。
彼女の前髪の長さには理由があった。
遅刻してくる時は決まってマスクを付けて来た。
「仮病か?」揶揄うクラスメイトに、口元に人差し指を当てるジェスチャー付きで「しー」と笑顔で返す。
だけど いつも以上に前髪が彼女の顔を覆い隠していた。
─── 彼女の顔にはアザがあった ───
移動教室の帰り、教室へ戻る途中
僕は見逃さなかった。
中庭の花壇の縁に腰をかけて、
投げ出してクロスさせた足首にはクシュっとシワを寄せた白い靴下。
すぐに彼女だと解った。
マスクを外し 唇の腫れを手鏡で確認しているようだった。
そろそろと近づき 無言のままティッシュを手渡した。なんて言っていいか分からなかった。
『ありがとう』といつもの様に笑う彼女。
『笑っちゃダメだよ。あっ!……』と言ったと同時に
『痛っ!!』と小さな声を上げた。内心そうなるだろーっと思った。
陽の当たる明るい中庭で 僕は彼女とわずかな時間を過ごしていた。
『そろそろチャイム鳴るね?行こっか』
そう言って外していたマスクを付け直し、僕の制服の袖口を掴んで先導し、僕はただ引かれるまま歩く。その日から こんなことが時おり訪れた。
2年に1度か…4年に1度しか熱を出したことない僕の珍しい出来事。夏だというのに僕は高熱で学校を休んだ。
僕の家の前にはブランコ1つあるだけの小さな公園がある。町を見渡せる小高い岡の上にあるその公園はとても眺めがよく穴場だった。地域のお祭りの日は小学生のお神輿や花火がここからよく見える。
さらに僕の部屋の窓からは その公園と町の眺めがよく見えた。
普段はほとんど人が来ることの無い公園から錆び付いたブランコが揺れる音が響いてきた。
キー…キー…
ちょっとホラーかと思うくらい ゆっくりと。
キー……キー…。
熱で頭がぼーっとしたまま恐る恐る見てみた。
桜木さんだった。
ブランコに立ち乗りして町を見下ろしてる彼女の顔には 今日もマスクが付けられていた。
熱があったことも忘れて 彼女の目に写っているだろう景色を僕の目にも写していた。
だけど、
「ゴホゴホッ」病は黙っていてくれず、咳という手段で沈黙は破られた。
『?!川村くん?おっはよー』
初めてだった。彼女が僕の名前を知っていた事に正直
びっくりしていた。『おっ…おはようございます』なんだか緊張していた。
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自由に飛び回る蝶には 法則があることも解った。
教室で1人過ごす生徒にちょっかい出したと思えば、イジメにあって塞ぎ込んでる生徒にちょっかいをかける。
そんな僕らのような人間に彼女はまるで、その場を明るくする差し色にようだった。
特に何を聞いてくるわけでもなく、ヒーローを気取るわけでもなく、きのう見たテレビ番組の話だったり、ドラマの話だったり、好きな音楽だったり。
『ねぇ?昨日のお笑い番組見た?めちゃくちゃ面白かったよねーでさー』ってな感じに話した後は決まって、『話に付き合ってくれて ありがとうね』といって笑顔を見せるのだ。
僕だけじゃないと思う。彼女に恋をしたのは。
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彼女に風邪を移さないように僕もマスクを付けて公園に行った。
『あー!w 私と同じ!サボり魔だ。ダメだなー病人は寝てないとw』
怒られてしまった。でも彼女は笑っていた。
僕はちょっとほっとした。
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