俗・さんびきのぶた
草村
第1話
昔々、あるところに、豚の一家がおりました。
貧しい豚の一家でしたので、屋根は雨漏り、隙間風が吹き込み、食べるものはせいぜいよその残り物。
それでも母豚は一生懸命に働き、生活を守りましたが、死んだ父豚の女遊びと博打のつけで背負う破目になった借金で年中首の回らない一家は、常に豚売りの目に怯えながら暮らしておりました。
ある日、流行り風邪でしばらく床に臥せっていた母豚は、枕元に三匹の息子を呼び、こう言いました。
「お前たちもすっかり大きくなりました。けれどお前たち、私がこうして寝込んでいてもちっとも役に立ってくれはしないわね。やっぱり女の子を持つ親の方がよいのかしらね」
よよよ、と寝間着の袖で目元を押さえて哀れっぽい声を上げる様はまさに大根役者のようでした。
大根は煮ても焼いても美味しいものですが、大根役者はいただけません。まったく腹が膨れないのですから。
「母さん、わざわざ嫌味を言うのに私らを呼んだのですか?」
呆れ顔の息子をよそに母豚は続けます。どこからともなく取り出したハンケチをぎりぎりと握りしめ、母豚は目を伏せました。
「知っているでしょうけれども、うちはとても残念なことに貧しい豚の家。今まで散々頑張ってみたけれど、もううちにはお前たちを養うお金が一銭もありません」
「また借金取りのおやじに持っていかれたんだね」
別の息子がため息を吐きました。そう言えば窓のガラスが一枚消えていたっけ……と息子はその行方に思いを馳せました。
「それで、母さん。今日は一体どうしたの?」
最後の息子が無邪気に訊ねます。兄たちの「やめておけ」という視線に気づかない無邪気さが、末っ子であるがゆえのものであるのか、知る者はおりません。
息子の言葉を「待っていました!」とばかりに母豚は顔を上げ、爛々と輝く瞳で高らかに言い放ちます。
「よいですか、お前たち」
「はい母さん」
三匹はおりこうの返事をしました。
母豚は満足げに頷き、「家訓斉唱!」
「狼には気をつけろ!」
「狼には気をつけろ」
やる気のない声が隙間風吹く家に虚しく響きました。
まったくひどい家訓です。しかし家訓は家訓。母豚は繰り返しました。
「狼には気をつけろ!」
「……狼には気をつけろ」
「そうですよ、お前たち。由緒正しき豚として、一匹で立派に生きてゆくのです。狼には気をつけろ!」
言うと母豚は三匹の息子の襟首を掴み、借金のかたに消えたガラス無し窓から勢いよく放り投げました。
こうして三匹の子豚たちは、実家での冷や飯ぐらいから一転、自立への道を歩む破目になったのでありました。
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