第8話 嫁ぎ先
宿で一晩を過ごしたラダベルは、美味な朝食を
「私のまだ見ぬ旦那様はあの場所にいるのね……。一体どんな人なの?」
返答がないことを分かりつつも、独り言を呟く。すると馬車の後ろから突然ニョキッと顔を出す人物が目に入る。ウィルだ。ラダベルは、酷く驚く。ウィルは馬で器用に駆けながら、彼女に話しかけた。
「令嬢の配偶者となられるお方は、不器用で厳しい方です。ですが、本当は慈悲深く、とてもお優しい方でもあります」
「……そ、そうなの。教えてくれてありがとう」
ラダベルは苦笑しながら、礼を言った。
ウィルの言う人物像が確かならば、ラダベルの夫となる男性は、随分と気難しそうだ。ひと癖、ふた癖あり、心の底に存在する本心を理解するまで、そして打ち解けることができるまでに、かなりの時間を要するかもしれない。
「気難しいところもありますが、どうか大将のことをよろしくお願いいたします」
「任せなさい。私の広〜い心で受け止めて差し上げます」
胸を張り、微笑むラダベル。ウィルも
「ん? 大将?」
ラダベルは小さな頭を傾ける。
大将、とは、誰のことだろうか。ラダベルたちが今向かっている目的地は、極東部の軍施設。もしかすると、階級のことか。大将とは、軍において実質上の二番目。つまり、最高階級である元帥のひとつ下の位だ。ラダベルは、大将という高い地位を持つ男性に嫁ぐのだろうか。段々、
魂の抜けた
馬車が止まり、心の準備をする暇もなく、扉が開かれる。ラダベルは腹を決め、震える足腰を機能させて、馬車から降りた。ヒュッ、と喉が鳴る。見開かれた
「ティオーレ公爵令嬢。こちらへ」
ラダベルは我に返り、控えめに頷く。先導するウィルの後ろに張りつき、恐ろしい情景に背を向ける。一刻も早く、この場所を離れたかった。
ラダベルはウィルに案内されるがまま、極東部の軍施設に併設している巨城に向かい、廊下を歩く。城まで来たなら大丈夫だろう、と彼女は緊張を解き、ウィルに疑問を投げる。
「ウィル。なぜ軍人の方々は、私に敬礼をしていたのですか?」
「ティオーレ公爵令嬢は、大将の奥方様となられるお方です。令嬢に敬意を払わずして、極東部の軍人を名乗ることはできません」
敬礼の説明を受けるも、いまいち理解の及ばないラダベルは、頭をさらに混乱させてしまった。ラダベルが悪女であるという噂は、ティオーレ帝国の貴族や軍人ならば誰もが知っている話だ。そんな自身を歓迎するなど……。都合の良い夢ではないか? と疑い、頬を抓ったり額を叩いたりしてみるも、しっかりと痛みが走る。どうやら現実みたいだ。楽園にいる世界線と奈落の底にいる世界線を行き来しながら、素直に喜んでいいのか、何か裏があると
ウィルに案内された場所は、巨大な間だ。見張りをしていた軍人たちはウィルとラダベルに敬礼をして、扉を開ける。ラダベルの身長の数倍はある重厚な扉が開かれ、ラダベルは促されるがまま、間の中へ足を踏み入れる。天井は吹き抜けの仕様になっており、天窓から夕日の光が射し込む。紅と黄が混色した光の下にいたのは――。
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