第14話(2)コウテイの噂

 その日、シンとは12階層で会った。それから、かってにシンの舎弟になった悪人面アーチーと、たまたま14階層で遭遇した。

 アーチーの本名はアツシらしいけど、あだなのアーチーで呼んでくれっていうから、アーチーと呼ぶことにした。

 アーチーは何度も懲役くらってきた30代、みたいな顔をしているけど、まだ19歳らしい。


 でも、こんな顔してアーチーは意外とオタクみたいだ。装備のあちこちに「神槍のパラディン」という、なんかのゲームのキャラクターっぽいステッカーを張りまくっている。

 アーチーは布教活動に熱心らしくて、俺にもたくさんステッカーをくれようとしてきたけど、断った。


 さて、その日、アーチーは言った。


「兄貴! コウテイのことだけはなめちゃだめっす!」


「コウテイ? そんな人いたっけ」


 シンは首をひねった。俺もそんな奴知らない。


「蛮槃會っていう半グレのボスっす。俺はそこのメンバーに闇バイトに誘われてダンジョンに入ったんす。闇バイトの他の奴らはみんな途中で死んで、残ってんのは俺だけっすけど。コウテイは俺達、下っ端が集めた装備で装備を強化してるから、むちゃくちゃ強いんす。こっちのダンジョンに入ってきてんのも、俺の他に、何人かいて、俺達が集めた装備の、いい奴はコウテイに渡してるんす。俺は兄貴につくって決めたから、もう渡してないっすけど」


「へー。コウテイってのは、そんなにいい装備をもってんのか」


 俺は、そいつを狩る価値があるか考えながら、つぶやいた。

 シンはのんびりと言った。


「その人も、このダンジョンにいるの? 会ったことないね」


「コウテイは、たいてい深夜動いてるっす」


 それを聞いて俺はコウテイ狩りをあきらめた。


「じゃ、会うことねーな」


「そうだね。僕らは7時くらいにはダンジョンを出るようにしてるから」


 夜は8時くらいまでには家に帰らないとまずい。深夜にだけ出現するやつを狩るのはムリだ。

 ちなみに、ダンジョンにスマホや時計は持ちこめないけど、ダンジョン時計は上層の宝箱からもよくでるから、探索者はたいていみんな持っている。

 ダンジョン時計には、ダンジョンにいられる残り時間も表示される。

 毎日潜っている内に、だんだんダンジョンに潜れる時間が長くなってきたけど、ダンジョンにいられるのは一日あたりせいぜい5時間くらいだ。最初の頃なんて2時間くらいだけだった。


「でも、とにかくコウテイは恐ろしいやつなんす。それに、コウテイは兄貴たち裏ダン四天王の命を狙ってるんす」


 ウラダンシテンノー? なんだそれ? と思ったけど、俺はスルーした。

 シンも首をかしげていたけど、アーチーは続けた。


「兄貴は無敵っすけど、コウテイにだけは油断しねぇでください。マジでヤバい奴なんす」


 今後邪魔になるかもしれないから、一応コウテイのことはおぼえておこう。俺は、その時そう思った。

 でも、そういうどうでもいい奴のことはすぐ忘れそうだから、俺はナビに頼もうと思った。何もできないナビだけど、AIなんだから、記憶力はいいはずだ。


「ナビ、コウテイってやつのこと、覚えておいてくれ。で、たまに俺に言ってくれ。コウテイってやつがいるって」


 ナビは笑顔でうなずいて力強く言った。


「わかりました。まかせてください。校庭ですね。ダンジョン内に校庭があるのか、メモリーカードのないナビにはわかりませんが、おぼえておきます。校庭。……グラウンド! マスター、グラウンドです!……マスター、グラウンドです!」


「グラウンドじゃねぇ! しかも数秒ごとに言うな!」


「わかりました。次は1時間後にしますか?」


「もういいから、忘れてくれ」


 ナビはあいかわらず、使えない。

 シンは爆笑しているけど。「いっしょに漫才ができるAIって、すごいよ」って感心してるけど。漫才したいわけじゃないから。



 そんなこんなで、俺は翌日にはコウテイのことはすっかり忘れた。

 だけど、結局、おぼえておく必要はなかった。

 次にアーチーに会った時。アーチーは「コウテイが消えたっす! これで蛮槃會は完全に終わりっす!」とうれしそうに言っていたから。


 コウテイっていう奴は、たぶん、ジャンヌか、あのおっさんが倒したんだろな。

 最近見かけねーけど、ジャンヌが説教仮面と呼んでるあのおっさんは、色々やべぇからな。

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