第9話(1)調理実習
俺は、唖然として筑地礼奈の手もとの惨状を見ていた。
何がどうやったら、ああなるんだ?
にんじんの切れ端が調理台や床のそこら中に飛び散っていて、利用可能そうなものが残っていない。しかも、にんじんは血まみれ。
「……」
俺は無言で筑地から包丁とまな板を奪ってながしに投げ入れ、新しいまな板と包丁で、野菜を切り分けた。……血入りのカレーなんて食いたくないから。
やたらと近い距離で俺の手元を見ながら筑地は言った。
「キョーチン料理じょうず~。あっというまに切りおわっちゃった」
うちは母親が具合悪かったり家にいないことが多かったから、妹が大きくなるまでいつも俺が料理をしていた。だから、手早く料理を作ることくらいできる。
でも、この場合は「おまえがおかしいだけ」と言いたい。普段料理してなくたって、あんな惨状にはならないだろ。
だけど、学校ではしゃべりたくないので、俺は何も言わなかった。
ダンジョン内では俺はだいぶ前に声変わりしている。
ダンジョンでは普通、出入りするたびにダンジョン外での年齢にあわせて徐々に年を取っていく。俺の場合は、ダンジョン内では年齢相応の男に成長してきた。身長はダンジョン外と同じで低いけど。
でも、ダンジョン外では俺に普通の男子の第二次性徴は起こらない。だから、声は低くなっていない。しゃべりたくない理由はそれだけじゃないけど、子どもみたいに高い声は嫌いだ。
調理台の向こう側から、陰キャ男子・名張和彦の声が聞こえた。
「藤堂さん、きっといいお嫁さんになるよ」
(誰が嫁になんてなるか。死ね)
続けて、オタク男子・手塚隆のくぐもった声が聞こえた。
「料理下手美少女キャラは鉄板ではあるが、現実の嫁は料理上手に限る」
(同意しねーでもないが、俺に関連してそのセリフが出たと思うと反吐が出る。永遠に黙れ)
手塚は続けて言った。
「でも俺は筑地姫推しをやめない。筑地姫の手料理だったら毒でも食らおう。最後まで」
筑地は陰キャ男子の間では「メガネを取ると美少女」「髪をほどくと美少女」という神話が知れ渡っていて、クラスでオタサーの姫状態……というか、実際、一部には「筑地姫」と呼ばれている。
料理は終わって食事の時間になった。他のやつらはへたくそすぎるんで、俺はほとんどひとりで料理を作り上げた。味はまぁ、普通。
「おいしー」
隣に座っていた筑地が俺の腕に、微妙にやわらかい胸があたるくらいの強さでしがみついて、甘えた声で言った。
「ねぇ、キョーチン。わたしに毎日ご飯を作って」
調理台の向こうから、女子のイチャイチャが死ぬほど好きな百合豚男子・富田裕一の失神しかけたような「グフォッ」という声と激しい鼻息、それから、「今日一番のごちそうでました」という声が聞こえた。
はぁ。こいつ、包丁で切り刻んでガスコンロに放りこみてぇ……。
黙々と食べながら、俺は思った。
陰キャでもオタクでもいじめられっ子でもいいから、俺はただの男子でいたい。
でも、たぶん俺が男だと言っても、きっと、こいつらは俺のことを普通の男子としては見ない。
チクショウ。早くダンジョンに行きてぇ。
そんなことを思っていたら、筑地が言った。
「ねぇ、キョーチン、キョーチン。ダンジョンで料理できるって知ってる?」
ダンジョン内には「休憩室」と呼ばれるキッチン付きの部屋が何階層かに1回出現する。
休憩室には、たしかになぜか調理器具がそろっていた。
それに、ダンジョン内の宝箱からは、たまに食べ物やスパイス類がでる。
だけど、めったに出ないから、食材がたりなくて料理なんてできない……と俺は思っていた。
「教えてしんぜよう。食材を入手できる装備があるのだよ。「食材入手」という特性がついた包丁やナイフがあって、それでモンスターを切ると食材が入手できるのだよ」
へぇ。でも、そんな包丁、俺はもっていない。たぶん、俺の知っている奴は誰も持っていない。俺が潜る闇ダンジョンは、あまりアイテムの出がよくないから。
筑地はまるで何かを期待しているように俺をキラキラした目で見ながら言った。
「ダンジョン配信者の中には、ダンジョン飯を配信して人気になってる人もいるんだよ。ダンジョンの料理、食べてみたくない? 食べてみたいよね~」
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