第5話 説教仮面(レナ視点)

 信じられない。あのふたり。

(はぁ? あんた達、気づいてないの!?)と心の中で叫びながら、あたしは何気なくやりすごした。


 何が信じられないって、あいつら、このダンジョンのこと何も知らないの。

 この闇ダンジョンは難易度バカ高くって、他のダンジョンで50階層まで行った探索者でも、あっさり6階層あたりで死ぬってその筋じゃ有名なダンジョンなわけ。

 ま、実はあたしも最初、何も知らずに入ったんだけどさ。


 このダンジョンの難易度は普通のダンジョンの約10倍。

 つまり、ここの10階層は正規ダンジョンの100階層レベルってこと。

 だから、ポーロは新宿ダンジョン100階層クリアって言ったって、ここじゃ10階層クリア程度なわけ。それを知らずに12階層行ったら、死ぬのは当たり前。


 にしても、あいつらは~。20階層台でトレーニングとか言っちゃって、いつまでたっても先に行こうとしないんだもん。つまんなーい。

 バーンと進んでドーンと強い装備を手に入れたら、またパーって進めるのにね。

 ひとりで行っちゃおうかなぁ。31階層。30階層のボスを倒すのが大変そうだけど。

 と思いながら、29階層の終点付近を歩いていると。あたしは、顔をヘルムで覆った全身鎧姿の男を発見した。


 あいつが誰かなんて最初からわかってる。このダンジョンで20階層より先に進めるのは、今、4人だけだから。

 あいつは四天王の4人目にして一番凶悪っていわれてるやつ。

 「狂乱の暗黒騎士」と呼ばれてるおっさん。

 あたしは、説教仮面って呼んでる。

 顔は見えないけど、たぶんアラフォーくらいかな。


「一人で30階層に行くつもりか? ジャンヌ」


「うん。行くよー。とっとと31階層行きたいのに、キョウたちモタモタしてて、つまんないからー」


「彼らが正しい。いいか。このダンジョンで1階層進むということは普通のダンジョンで10階層分移動することに相当する。つまり、十分な準備をせずに進めば高確率で死ぬ。そして、2人でなら30階層に行けたとしても、1人では戦力は半減する。君はまだ1人では30階層に行ったことがないだろう」


 説教仮面はいつもこんな感じで口うるさい。

 でも、あたしはこのウザさ、実は嫌いじゃない。

 だって、ここは、宝を手に入れるためならみんなよろこんで殺人を行う闇ダンジョンだよ?

 正論言って説教する人間はここだと超変人。マジウケルーって感じ。


「だいじょうぶだって。あたし、ずっとこんな感じでやってきたけど、今まで死んでないもーん」


 説教仮面は大げさなため息をついた。


「そんなことをしていたら、いつか死ぬ。今日は私が同行するが、これからは一人で無茶をしないように」


「はいはーい。もう。説教仮面はいっつも先生みたいに口うるさいんだから」


 あたしは説教仮面といっしょに30階層に向かった。

 29階層の終点にある金印の宝箱は空だった。

 誰かが宝をとると、しばらく中身は空のまま。だから、ダンジョンでは宝を確保するためにライバルを殺す人が後をたたない。


「ねぇ、知ってる? 説教仮面。新宿ダンジョンとここの11階、つながっちゃったよ。さっきこの目でポーロっていう新宿ダンジョン探索者の死体見てきたから、もー間違いないよ」


 説教仮面は苦々しく言った。


「そうか。新宿ダンジョンは特に反社会勢力が多く集まるダンジョンとして知られている。困った話だ。ここに凶悪な犯罪者が流れこむようになってしまう」


「いまさらダンジョンに治安も何もないけどねー。でも、よそ者にお宝とられるのはいやー。……お掃除必要かも。あ、青いドラゴン出てきた。よろしく~」


 大剣を持つ説教仮面が猛然とドラゴンに斬りかかり、あたしは後ろにさがって弓矢を取り出した。

 あたしは安全な後方から魔弓で援護するつもり。あたしがあのドラゴンの一撃をまともに受けたら、たぶん死ぬもん。

 あれは、正規ダンジョン100階層ボスのブルードラゴン……の強化版。

 攻撃力も防御力もかなりのもの。でもこの階層だと普通にでるモンスター。


 あ、そうそう。説教仮面が「狂乱」なんて呼ばれてる理由の半分は、こいつ、特に攻撃力の強い狂暴なモンスターをねらって倒しまくるから。

 普通、探索者は攻撃力の高いモンスターを嫌う。

 死ぬリスクが高いから。

 でも、そんなモンスターばっか狙うんだから、説教仮面は狂ってるよね。

 そして、攻撃力が強いモンスターって、たいてい、倒すと物理攻撃力に直結するパラメータ「筋力」があがるようになってるの。

 結果、説教仮面のステータスは攻撃力に特化。


 ブレスを口から噴き出すドラゴンの攻撃の隙をついて、説教仮面は青いドラゴンの首に剣を振り下ろした。

 ドラゴンの頭がダンジョンの床に落ち、ドラゴンはゆっくりと倒れた。

 

「さっすが~」と言いながら、あたしはすかさずドラゴンの後ろにあった宝箱にかけより、中身をいただいた。

 宝箱は、基本、早い者勝ち。

 キョウがいると取り合いになるけど、シンや説教仮面には、あたしはスピードで負けないから、いっしょにまわるとウハウハ。


 といっても、礼儀は忘れないよ。

 説教仮面がなにか言う前にあたしはお礼を言った。


「ありがとね~」


 こういうマナーは超大事。

 なんてったって、この説教仮面が「狂乱」と呼ばれる理由のもう半分、そして、白銀の鎧のくせに「暗黒騎士」なんて呼ばれている理由は……ダンジョンでマナーが悪い奴を見つけると、手足をぶったぎって芋虫みたいにした上で延々と説教した後、「今度ダンジョン内で見たら殺す」と脅してから、ワープ装置に放り投げるから。

 ちな、ダンジョン内で手足なくなっても生きた状態で外に出れば外では五体満足だから大丈夫。外に出るまでは、地獄の苦しみだけど。


 説教仮面は、怒らせちゃ大変。

 でも、うまく利用すると超おいしい。

 あたしは手に入れたレアアイテムを見ながら、ほくそ笑んだ。


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