第4話 ポーロの死体
「で、こいつがそのボーロってやつ?」
俺はド派手な装備の探索者を蹴っとばして、転がり落ちる装備を確認した。
ちなみに、ダンジョンは死体を蹴っとばすと装備が落ちる仕様だから、俺は死体を見つけたらとりあえず蹴るようにしている。
死者への冒涜? 文句はダンジョンに言ってくれ。
最初にダンジョンで死人を見た時は、俺もわりとショックだったけど、今はもう何も感じない。あちこちに死体が落ちてるから。その辺の虫の死骸と同じだ。
この死体の装備は、まずは、攻撃力99のランス。
見た目は派手でゴテゴテしているけど、意外と弱い。
シンが今もっている槍は攻撃力290。20階層くらいで手に入れた俺の双剣だって、一本当たりの攻撃力で89ある。手数で勝負の双剣はふつう一本あたりの攻撃力が槍の半分くらいだ。
たぶん、このランスは10階層あたりででたのをちょっと強化した感じだろう。
ポーロの防具も似たような感じで弱かった。
見た目だけはド派手だけど。
「ボーロじゃなくて、ポーロさんだよ。新宿ダンジョンの有名探索者で大人気ダンジョン配信者」
シンが俺にそう言った。
配信者か……来たら追い出すつもりだったけど、勝手に死んでやがる。
「有名探索者? でも、こいつの装備、弱いぜ? 武器も防具も10階層レベルのやつだ。合成するために、一応もらっておくけど」
こいつはお笑い担当のダンジョン配信者だったのか? と思いながら、俺はランスを拾ってアイテムボックスにいれた。
そこで、横からすっと手がのびてきた。
「じゃ、あたしはそっちのアクセと防具もーらい!」
いつの間にかジャンヌのやつが傍に忍び寄ってて、ポーロの装備をごっそり盗んでいった。
「どろぼう! 見つけたのは俺たちだぞ」
「あたし、どろぼう猫だもーん。どう、このネコ耳。ニャンニャン。昨日見つけたの」
猫耳を装備して猫のマネして体をくねらすジャンヌを、俺はあえて無視した。
どうせこの行き倒れが残した装備は、取り合いするほどのものじゃない。
シンは首をかしげた。
「どういうことなんだろ。ポーロさんはわざわざ低ランクの装備でここに?」
ダンジョンでそんなことをするバカがいるとは思えない。配信者のすることなんて俺にはわかんねーけど。
「ふ~ん」と意味ありげに俺たちの顔を見てからジャンヌは言った。
「そういえば、ここ、不思議なんだよねー。正規ダンジョンと違って、入り口も見つけられないことあるんだって。人に言うとみつからなくなるって噂されてるから、あたしは誰にも教えないことにしてんだけど」
「へぇ」
そんな話、俺は知らなかった。シンも知らなかったらしく、「じゃあ、秘密にしないと」と言っていた。
俺も誰にも言わないようにしよう。
家から通えるダンジョンはここだけだ。このダンジョンに入れなくなったら、絶望しかない。
そんなことを考えている間に、ポーロの体はダンジョンに吸収されて消えていった。
ダンジョンはいつもきれいに死体を消し去る。肉も骨も内蔵の欠片や血の跡すら何一つ残らない。たぶん、髪の毛一本残らない。すがすがしいほどにきれいに、まるではじめからこの世に存在していなかったのように、消える。
「行こっか」
シンは槍を持って立ち上がった。
「ああ。とっとと先に行こうぜ」
「今日はどうする? 3人で行けば30階層の壁、超えられそうだけど。無理はしたくないよね。死んだら終わりだから」
そう言うシンに俺はうなずいた。
「だな。ジャンヌとはボス戦行きたくねーし。俺は、今日は20階層台で鍛える」
「じゃ、僕も。いっしょにトレーニングしよう」
「えー。つまんなーい」と言ってるジャンヌに、「いやなら、お前ひとりで行けよ」と言いすてて、俺は次の階層にむかった。
俺とシンの気が合うのは、こういうところだ。ふたりとも超慎重。
俺なんて最初の1か月は、第1階層の入り口付近から動かないでモンスター狩りを続けたくらいだ。
ちなみに第1階層の入り口だけは外とつながっているから、危なくなったら外に逃げられる。他の階層は終点までいかなきゃ、外に出られない。
だから、うかつに次の階層に進むと帰れなくなって、あのボーロだかローボだかみたいな目にあう。
俺とシンは20階層までモンスターを蹴散らしながら進んで、21階層からじっくりモンスター狩りを行った。この辺までくると、俺たち以外の探索者に会うことはない。
他のダンジョンだと50階層あたりまでなら探索者が大勢いるらしいけど、なぜかこの闇ダンジョンじゃ、20階層まで来るやつがほとんどいない。
10階層くらいまでのモンスターはゲームでよく見る感じの見た目だけど、20階層台のモンスターはなんかグロくて凶悪そうだったりサイズが妙にでかかったりする。ゲームだと、ボスモンスターがこういう見た目だけど、こいつらはたくさんわいて出てくるただの雑魚だ。
倒すモンスターによって、あがるパラメータが決まっている。
といっても、俺とシンは自分のステータスを知らない。ステータスを見ることができるアイテムを、俺もシンも持っていないから。
でも、経験から、だいたいどのモンスターを倒せばどの数値があがるかわかっている。
俺は回避重視のために「俊敏」があがるモンスター、シンは耐久重視のため「頑丈」があがるモンスターを倒す。
今日の俺の獲物は、毛のない巨大ウサギみたいなモンスター。俺はハゲウサギって呼んでいる。正式な名前は知らない。
ダンジョンのアイテムやモンスターには、ダンジョン協会が名前をつけているらしい。
だけど、いちいち調べて覚えるのは面倒くさいから、俺はモンスターの名前は気にしない。自分で適当なあだ名をつけている。
ハゲウサギの体長は、4メートルくらい。前歯が鋭いけど、それだけ気を付ければ、大したことない。スピードだって俺の方が早い。
俺はハゲウサギの突進を避けて側面に回りこんでジャンプすると、逆手に持った双剣でハゲウサギの首を斬った。
全身に返り血を浴びながら、激しく血を噴き出す傷口をもう一本の剣でさらに斬りつけると、ハゲウサギの頭が地面に落ちた。
ほとんど同時に、奥からもう一匹、ハゲウサギが跳んできた。
俺はハゲウサギの懐に入り、バク宙しながら下から双剣で斬り上げた。
これで2匹。
楽勝。だけど、気は抜かない。ダンジョンじゃ油断は禁物。なにせ、死んだら終わりだ。
といっても、今日はシンが一緒だから、一撃で死ななかったら、どうにかしてくれるはず。
俺はハゲウサギを40匹くらい、シンは巨大ゴキブリみたいなモンスターを20体くらい倒して、その日は家に帰った。
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