第22話 覚醒

 かつてない強敵を前に、マテリアムヴェインとブラックゲイルが並び立つ。後方には瑠華るかのナイトフェニックスが控えており、非常時に備えてもらっている。


「どうして、マテリアムが……蒼次郎そうじろうは、ブラックゲイルにいる……?」

「うん、いるよ」


 通信モニター越しに互いの顔を確認し合うことで、瑠華は安心できたみたいだ。


「ヴェイン……本当に――」

『今は、蒼次郎の義眼が定位置なのです』

「あ、ハハッ……」


 ロッタが、乾いた笑い声をあげる。


「義眼が定位置って……ヴェインもそうですけど、蒼次郎もなかなか人間離れしてきたわね」


 き、気にしていることを……!


『楽しい雑談は後にとっておきましょう。目の前にいるのはジェノサイダー……今までに例のないくらいの強敵ですから』

「来るぞ!」


 ビージェーにロッタが事情を呑み込むのを配慮する理由があるはずもなく、容赦なく俊敏な動作を見せ始める。デンプシーロールで殴られる前のボクサーの心境って、こんな感じなんだろうか?

 ビージェーが仕掛けてきた。すれ違い様の斬撃にまだ対応できず、何回も機体を切り裂かれる。早くこの動きを見切らなければならないというのに、装甲の傷の数だけ屈辱を覚える。

 マテリアムヴェインも同様に、傷をつけられていく。

 だが、歴戦の勇士の方は、僕と同じ心境というわけではなかった。


『ふっ! そこだぁ!』


 右腕をソードに変えたマテリアムヴェインが、真正面からビージェーを捉えた! しかも、ソードの先端は、わずかだがビージェーの額に沈み込んでいる!


「よし! 脳を傷つければ――」

『相手はメカだぞ!』

「あっ」


 ビージェーは何事も無かったかのように、こちらと距離を離す。


「ゴメン!」

『気持ちはわかるが、相手は進化した人類の送り込んだ、オーバーテクノロジーの塊だ。消滅させる以外に勝利条件は満たせないと思え!』

「わかった! もう間違えない!」

『この戦いは、下手に守勢に回ってはいけない。馬鹿になってでも、命と引き換えにヤツを始末して見せる! っていう我武者羅なムーブが求められる。俺の方では、ウルトラボードを破壊出来ないわけだが、お前のマテリアムキャノンならば、十二分に勝機はある。これは確固たる事実だ』

「励みになるね」


 それならば、多少勝率が下がっても、十割を保てるかも知れないってわけだからね。


『しかし、君はどちらかというと保守的に物事を考える性質だ。守りたい人がいるのだから、当然のことだ。否定する気は無いし、むしろ称賛するべきことだ』


「だが」と、ヴェインは僕に突き付ける。


『今だけは、そいつがデッドウェイトになる! 確実にぶっ殺す! そう思うのであれば、それを行動で示さなくてはならない! 保守的になる理由を全て排除して、100%の殺意剥き出しで挑まなくてはならない! 蒼次郎、お前はそういう人間だからだ!』


 ヴェインの言わんとすることはわかる。

 つい、後ろにいるナイトフェニックス――その中にいる瑠華を想う。

 たった一人で異世界に流れ着いた伯母さん――じゃなくて、ロッタを気遣う。

 誰かを守りたいという気持ちがあれば、何かあった時に防衛対象の元に駆け付ける。そのために戦っているのだから、当然の話だ。

 だけど、格上の相手と戦うためには、どんな些細なことでも無視して、相手の弱点を突かなくてはならない。たとえ後悔することになったとしても、敵を倒すこと以外のことを優先してはならない。

 わかっている。僕に求められているものは、はっきり言葉に出来る。

 殺意。

 勇気。

 非情さ。

 顧みないこと。

 単純さ。

 本能。

 それらを全て統制するもの。

 

 理性。


 僕が何より大事にしていること。人間が、人間であるために必要なもの。

 それを今、自らの意志で封印する。


『君なら知っているはずだ。あの日、君が左目を失ったのは……』

「うん、そうだね……」


 その方法を、僕は誰よりも知っている。誰にでも出来るわけじゃない。だけど確実に出来る人種が、僕を含めた天真家の人間なのだから。

 じーちゃんがあらかじめ座席に設置してくれていた、赤い仮面を手に取る。ロボットアニメのヒーローロボットのように、鋭いツインアイと鋭利な顎が印象的なデザインの仮面は、お面のように顔にはめると、頭部全体を覆ってくれるという無駄なハイテクが備えられている。

 昔は、こいつを被って戦うことに憧れていた。だけど、じーちゃんの、姉さんの被り物を見た同級生たちは、いつも僕が憧れてきたものを馬鹿にしていた。それが悔しかったし、実際に家族に相談したけれど、逆に僕が怒られた。「天真家の人間が、そんなに弱気でどうするんだ!」って、いつも言われ続けた。比較的理解のある母さんですら、みんなを宥めながらも、僕の意見に賛同することは無かった。

 今なら、その意味がはっきりわかる。

 天真家の人間がもつ特性が、いかに戦闘者としての能力を引き出すのに最適なものかを。


「……わかってるさ。僕だって」


 最後に必要なものを、言葉として頭に思い浮かべる。

 危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、それを受けとめる心構えをすること。

 人、それを『覚悟』という。


「信じてるよ、ヴェイン……!」


 僕は、生まれて初めて、自らの意志で仮面をつけた。


 ◇◆◇◆


 この俺、ヴェイン=オネットがこの世界に来てから、随分と時間が経ったものだ。

 人という殻を破り、世界を越えて天真蒼次郎という人間と共生をするようになってから、彼の五感を通じて、様々なことを学んできた。

 異なる文化を築き、進化を遂げてきた人類の道のりは、違う世界の人間だった俺に様々な刺激をくれた。

 それ故に発生する人々の歪みに呆れることも多々ありはするが、それが人間の人間たる習性とも思えば、親近感を感じたりもする。

 そんな俺が、戦士だった頃の自分を思い出させてくれる、興味深い単語があった。

 それは、『スイッチング・ウィンバック』という、一流のスポーツ選手が行う精神回復法だった。選手が絶対的なピンチに追い込まれたとき、自分なりの儀式を行うことにより、心のスイッチを切り替えて闘志だけを引き出すことができる――というものだ。

 蒼次郎の読んでいたマンガから得た知識だが、いざ調べてみたら、なるほど。いろいろと参考になることが多かった。俺が人間だった頃も、戦いで敗北の可能性が脳裏にチラついた時には、唇を強く噛んで血の味を確かめることで、勝利するためならば傷つくことを恐れるな、と自らに言い聞かせていたことを思い出した。

 当たり前なことだが、人は傷つきたくないと思うものだ。出来る事なら穏便に暮らしたいし、そのためにも面倒ごとには極力関わらないようにするのが一番だと思う。たとえ、その結果誰かが何かしらの損害を被ったとしても、「そうしなければ自分が傷ついていた」、「下手に正義感を出すのはバカのすることだ」として、結果的に見殺しにする――それを当たり前なのだと、暗黙の了解としてしまっているように私には見受けられた。

 無論、そういった姿勢を非難する気はない。間違いだとも思わない。自分の身の安全を保ち続けることは、重要なことだからだ。

 健康は宝とは、本当のことなのだ。脅かされてはならない。

 しかし、そうと知りながらも、そういう考えでいることが許されないと思う人間がいた。

 それが、蒼次郎だった。

 彼はとにかく、自分に出来ることを精一杯やる――そのために自らが傷つくことを恐れない人間だった。それは、言葉には出さなくとも、天真家の全ての人間が教訓として己に戒めていることのようにも思えた。

 彼らの姿勢は、怒りに身を任せて国を見捨てた私を、人間に戻してくれた気がした。

 さすがに、今でもアセイシルやロウザに手を差し伸べようとは思わないが、それでも人類全てが彼らのような自分勝手ではないと信じられるようになった気がする。

 ウルトラボードを地球に送り込んだヴァンガードは私にそれを望んでいなかったようだが、そのおかげで、俺は少しだけでも、ヴェイン=オネットという人間だった自分を取り戻すことが出来たのだ。

 今、俺を取り戻してくれた恩人であり、運命共同体である青年が、地球に住む全ての命のために、自分を捨てる決心をした。

唆したのは、俺だ。

 だからこそ、俺は今こそ、蒼次郎に恩返しをするべき時なのだ。


「くッ…………ッハハハハハハハハハ! ア~ッハッハハハハハハハハハ!!」


 普段から控えめな態度を心掛ける蒼次郎からは想像できないくらい、狂気に満ちた高笑いだった。あまりの声量に、世界が震えた気さえした。


「ウリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 狂ったように笑いながら、蒼次郎はブラックゲイルを走らせる。そのまま腰にマウントされた二丁の拳銃をビージェーに投げつけた。地球製の武器は物の数ではないと判断したであろうビージェーは、それの存在を無視した。

 だが、蒼次郎の駆るブラックゲイルは、跳躍して空中で回転しながら、背中のマテリアムキャノンから『弾丸』を発射した。それの狙いは先程投げて、ビージェーの身体に弾かれた拳銃だった。

 『弾丸』を受けた拳銃は大爆発を起こし、ビージェーのボディの表面を焼き尽くした。無数の体毛の前半分が溶解し、まるでスライムを背負ったような姿になる。


『上手い。あれではあの針攻撃は使えまい!』


 ブラックゲイルは着地すると同時に駆け出し、今度は大型ナイフを手に取り、逆手に持つ。すると、マテリアムキャノンから流し込まれたエネルギーがナイフに注がれ、刀身を赤熱化させる。赤くなったナイフの切っ先が、ビージェーの脳天に突き刺さった。


「ピギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 初めて、ビージェーが生物らしい悲鳴を上げた。超高度な科学力によって生み出された、今や兵器と化したウルトラボードにそんな機能が付いていたことも驚きだが、それ以上に俺が驚愕したのは、蒼次郎の動き方だ。

 敵を確実に始末するには、マテリアムキャノンの使用が絶対条件だ。だから、俺が矢面に立った時に、彼はマテリアムキャノンを発射しようとしてブラックゲイルの手に取らせたはずなのに、今はその真逆の行動をとっている。しかし、意外性が功を成したのか、彼の精神性が確実にビージェーの予測を上回っている。


『いえ、これはさすがに暴走し過ぎなのでは……?』


 ここで、操者を守るハートブロック(コクピットのようなものだ)から、ロッタ姫の声がした。


『落ち着かれたようですね、ロッタ様』

『私以上に暴れている人を見せつけられたら、それはもう……』


 なるほど。自分以上に怖がっている人がいるから、逆に自分が冷静になれるという、お化け屋敷なんかでよく見られる現象っぽいカンジと見た。


陽子ようこさんから聞かされてはいましたが、まさかこれほどとは……』

「ウゥゥゥゥオリャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 さらにパワーアップしたかのように、ブラックゲイルはナイフへのエネルギー供給量を高めて、刀身の光を伸ばしてビームソードのような形状を成す。光の剣と化したナイフで、ビージェーの身体を次々と突き刺していく。その度に抵抗されて、再生したわずかな体毛に装甲を貫かれてしまうが、お構いなしだ。


『陽子は、一度あの状態の蒼次郎に痛めつけられたことがあると話していました』

「えぇ。雑念を取り払った蒼次郎は、天真家でも最強かも知れない……そう語ってくださったことがあります。だから、私の護衛には彼が適任だとも」

『俺がいたということもあるかと』

「その時、陽子さんはあなたの存在を知らなかったはずです」

『なんと……』


 天真陽子は非情な性格として所属する組織の男性に恐れられていると聞いていたが、そんな彼女ですら、恐れていたというのか。

 仮面をつけることで解き放たれた、蒼次郎の闘争本能を。

 そうこう考えている内に、ビージェーがブラックゲイルと斬り合いながらも、体から淡い光を放った。すると、海の中に潜伏していたらしい魚人のようなエイムが姿を現した。


『新手か!』

『お願いします、義兄さん! 蒼次郎を守るために、あなたの力を!』


 ロッタ姫もまた、確固たる意志を示した。

 彼女もまた、蒼次郎を必要としているのだと、改めて気付かされた。

 聞けば、二親等の親族なのだから結ばれることはないと思うのだが、それでも彼らには、私とロウザのようにはなってもらいたくない。


『承知!』


 だから、今は彼女の願いに応えよう。

 時間はかけない。敵がトライデントのような武器を振り回してきたが、それを胸部から放った閃光で溶かし、無力化した敵の胸部にソードを突き刺し、みじん切りにした。

 魚人エイムは、ものの数秒で消滅した。


『ゆけ! 蒼次郎!』

『蒼次郎!』

『ソウちゃぁあああああああああん!!』


 ロッタ姫と、蒼次郎の昔馴染みの瑠華もまた、彼の無事を願うように叫んだ。


「でぇぇぇぇあああああああああああああああああ!!」


 それに応えるように、ブラックゲイルの口元のフェイスガードが外れ、サメの歯のような形状となった口元が露わになり、機体自体が吼えた。両手足の形状も、爪のように鋭くなっていた。


『へ、変形ですか!?』

『いえ、あれは変態……ウルトラボードのジェノサイダーに変化する機能の、一部が発動したということだと思います』


 しかし、これがおもしろい。

 ジェノサイダーは単純に暴走と呼べる機能だが、ブラックゲイルのそれは、ただ純粋に搭乗者の精神性を表しているように見える。心の形が具現化した――とでもいうべきだろうか?

 いずれにせよ、俺や電児でんじ殿が想定していた以上のものを、蒼次郎は引き出している!


「ウォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 獣人のような姿になったブラックゲイルは、何度も何度もビージェーを殴り続け、その後に尻尾を持ち、何度も何度もスイングする。そして、思いっきり空中に投げ飛ばした後、背中のホルダーにジョイントされたマテリアムキャノンが形状を変え、ブラックゲイルの上半身を飲み込むように、ドラゴンやサーベルタイガーの頭を連想させる姿に変わり、ビージェーに向けて大口を開け。


「いぃぃぃぃけえええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」


 文字通り、銃の口と化したブラックゲイルの上半身から、今までとは比較にならない威力の、極太のエネルギーの奔流が撃ち出された。


「『波動』か! しかしあれは……!」


 市街地にて敵を一掃した、現状確認されている中で最も強力かつ攻撃範囲に優れた『波動』が、ビージェーを飲み込む。しかし、市街地で見せた時よりも遥かに高出力なせいで反動も強く、ブラックゲイルの姿勢が崩れかけている。


『ヴェイン!』

『承知!』

「ソウちゃん!」


 私達と、同じことを考えていただろう瑠華もまた、駆け付ける。そして、マテリアルヴェインでブラックゲイルの両肩を、瑠華のナイトフェニックスが腰元を支える。これにより、完全ではないものの、大きく照準がブレることは無くなった。

 時間にして、10秒程度の出来事でしかない。

 だが、きっと私達全員にとって、それは長い時のように感じられたのだと思う。

 やがて、マテリアムキャノンからのエネルギーが途切れ、武器自体が消滅した。それに伴い、ブラックゲイルも本来の姿に戻り、完全に機能停止した。気づけば、獣人形態も解けたようだった。


「敵は……?」


 瑠華の声に誘われるように、上空を見る。

 ビージェーの姿は、どこにも見当たらなかった。そして、ウルトラボードの反応もまた、無くなっていた。暴走したことで、ウルトラボードから発せられる特殊な音は、俺にとってかなり耳障りなものだったが、それを感じなくなったということは、何よりの証拠と言えた。

 我々は、ウルトラボードを――それを送り込んだヴァンガードの思惑を、無事に乗り越えたのだ!


『やりましたね……!』

「はい! 勝ったんです、ソウちゃんが!」

 ロッタ姫と瑠華が、泣きそうな声で喜びを称える。その間、俺は蒼次郎の思念を感じ取ろうと、精神を集中させる。

 何も感じない。どうやら、消耗が激しく、意識を失っているようだ。

 きっと、目を覚ました時、彼は激しく後悔するのだろう。町の被害は小さくないし、もしかしたら巻き込まれた人もいるかも知れない。だが、そうしなければ勝てない相手だったことも事実だ。


『まったく、前途多難だな』


 それでも、彼が決意し、やり遂げたことで、将来的に多くの命が失われることは避けられたのだ。たとえ責められることになったとしても、俺は最後まで彼の味方だ。

 しばらくして、警報が鳴り響く。警官隊のご到着のようだ。青のカラーリングのカーマが複数現われ、こちらを全方位から囲う。


「所属不明機! 武装を解いて、こちらの誘導に従うように!」


 面倒だとは思うが、ここは大人しく指示に従うことにしよう。

 相手は同じ人間だ。

 ヴァンガードやエイムと違い、いくらでもやりようはあるのだから。

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