第2話 おかえりとただいま

 緑と水が美しく溢れる帝都ダーニャ。


 エルシュは軍勢を綺麗さっぱり消し去った後、移動魔法を駆使して帝都の中枢に当たる城内に戻っていた。


「お帰りエルシュ!」


 淡い茶髪の若い騎士が笑顔で出迎えた。大抵の女性であれば惚れ惚れするであろう甘い面構えをしているが、若いながら騎士団の中でも群を抜いて腕のいい騎士であり、隊長でもある。


「ただいま、ダンロット」

「今日も無事でよかったよ」


 ホッとした顔でダンロットはそう告げた。


「ダンロットっていくつになっても心配症よね。私が絶対無事に帰って来るってわかってるくせに」


 呆れた顔でエルシュが言うと、ダンロットは仕方ないだろ、とぼやく。


 エルシュとダンロットは幼少の頃から訳あって一緒に暮らしていたので兄妹のような姉弟のようなどちらとも言えない間柄である。


「俺がエルシュのこと心配するのは当然のことだろ、エルシュは俺のこと別に心配じゃないみたいだけど」

「だってダンロットも強いから心配ないじゃない。え、なになに心配してほしいの?」

 うらうら〜とひじで突けば、うるせぇそんなんじゃねーよと二人で小競り合いをする。


「仲がいいのは微笑ましいことだがラドギウス様がお待ちだ、そろそろ移動してもらいたいものだな」


 二人が振り向くとそこにはやや長めの髪に無精髭を生やした壮年の騎士が微笑みながら立っていた。ややくたびれたような見た目をしているが虚な瞳の奥には見たものを怯えさせるほどの闘志が宿っている。


「シュミナール団長!」


 エルシュが嬉しそうに名前を呼ぶ。


「俺もラドギウス様に呼ばれている、一緒に行こう」

「えっ、シュミナール団長もですか?」


 エルシュはまたもや嬉しそうに顔を輝かせ、それを見たダンロットはいささか不貞腐れたような顔になる。


「エルシュは本当にシュミナール団長のこととなると嬉しそうだよな」

「だって、この低音の声があまりにも美しいんだもの!団長にもいつか詠唱してほしいくらい」


 エルシュはうっとりしながらシュミナールの声を誉める。


「誉めてくれるのは声だけか。残念だが俺は魔導師ではなく騎士だからな。しかも魔法を使うことのできない出来損ないの騎士だ」

「出来損ないが騎士団団長になれるわけないじゃないですか!魔法が使えなくてもどれだけ強いかは帝国中に知れ渡ってます」

 

 くつくつと笑いながら言うシュミナールに、ダンロットが威勢よく告げる。


(自分だって団長のこと大好きじゃない)


 やれやれと言う顔で弾ロットを見ながらエルシュは思ったが、めんどくさいので口には出さなかった。


「さあ、無駄話はこのくらいにしていい加減謁見の間へ向かうぞ」




「よく無事に戻ってきた、猛朱の魔導師エルシュよ」


 皇帝であるラドギウスはエルシュを労う。


「はっ、無事帰還しました」

「お堅い挨拶は抜きだ。本題に入ろう。今回も例のごとく無事全員を転送できたのだな」

ラドギウスは目を細めながらエルシュを見据えた。


「はい、風魔法・炎魔法・光魔法・幻覚魔法を同時に発動させ最後に転送魔法で全員を元の国へと還しました」


 カラクリはこうだ。

 上空に起こった風の渦とそこから放たれた炎は実際のものだったが、地上に落ちる前に消えその代わりに幻覚魔法と光魔法でさも実際に降り注いでいるものと錯覚させ、同時に転送魔法で全てを元の国へ送ったというわけだ。

 

 敵からの攻撃が届かなかったのも詠唱魔法と同時に無詠唱魔法を繰り出していたからであり、それだけのスキルをエルシュは持っている。


 敵に身体的な被害は全くないが炎の恐怖そのものはしっかりと植え付け、国に戻った時点で錯乱状態となり戦意喪失となる。兵士たちの身に起こった恐怖が人づてに広まり、帝国に侵攻する意志そのものを国中から根こそぎ奪ったのだ。


「不要な殺生は行わないのが私の主義でありまたこの帝国の主義でもあると信じています」

 エルシュがそう告げるとラドギウスもまた大きく頷いた。


「うむ、避けられるのであれば戦わずして勝つのが一番だ。騎士団の中にはあまり快く思わないものもおるかもしれぬが」


「ご安心を。騎士団とはただ戦うためにあるのではなく、国とそこに住まう民たちを常日頃から守るためのものです。それを団員たちもよくわかっているはずですので」


 シュミナール団長が胸に片手をかざして告げる。


「そなたが団長であるうちは我が国も安泰だな」



 身体的な被害は無くとも精神的な被害は果たしていかほどであろう。

 幻覚とはいえ炎の熱さや皮膚を焼かれる感触、焦げる匂いは実際に感じるものとほぼ同等であり、戦意喪失だけであればともかくその後日常生活を普通に送ることができる人間がどれほどいるだろうか。


 生きたまま死んだように生を全うすることが幸せなのか、そのまま戦場で朽ち果てる方が幸せか。

 それは誰にもわからないし正解などどこにもない。ただ結果として現象があるだけだ。


 ラドギウスとエルシュの会話を聞きながら、何とも末恐ろしい女だとシュミナールはエルシュを見つめる。


 その視線の真意を知ってか知らずか、目が合ったエルシュはシュミナールににこにこと屈託のない笑顔を向ける。


 見た目は申し分ない美しさがあり話をすればその聡明さがわかる。だからこそその中に秘めている力をより一層恐ろしく引き立たせているのだろうなと、シュミナールは思いながらエルシュに微笑み返した。



「さて、エルシュよ。そなたには今回の件とは別に話しておきたいことがある」


 ラドギウスが先ほどの穏やかな雰囲気とはうって変わって深刻な表情をする。


「あまりよくない話なのでしょうか」


 また何処かの軍勢に出向けとでも言うのだろうか、それとも国ひとつと対峙するとか?

エルシュが探りを入れるかのように聞くと、ラドギウスは小さくため息をひとつついた。


「落ち着いて聞いてくれ。…ジャノスが見つかったかもしれぬ」

「…お師さまがですか?」






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