常駐冒険者の話
冒険者とヴァイス
店員が言い寄られていた。
「いいじゃねえか? なぁ?」
「ゆ、許してください」
依頼先の食事処でのんびりサンドイッチを食べてた頃である。ガラの悪い青年たちが入ってきてギャアギャアと騒ぎ始め、あげく食事を持ってきた店員に絡み始めたのだ。青年三人に対し、少女ひとりと、何とも迷惑な客である。
店内はそれほど広いわけではない。地元の人向けなのだろう。テーブルが四つとカウンターがあるだけだ。カウンターでは店主らしき人物が身を震わせ、唇を噛んでいる。
助けたいが出られないという感じだろう。
テーブル席には青年たちのもの、レニーの座っているもの、そして目深にフードをかぶりマントを羽織っている女性らしき人物が座っているもの。
三つが埋まっている。
レニーはサンドイッチを食べ終えたところだった。
会計済ませるか。
そう思っているとテーブルを叩いて女性が立ち上がる。
「おいお前ら」
若そうな声だった。芯のある自信に満ち溢れていそうな堂々とした声と態度で男たちに体を向ける。
「ここは食事をする場所だ。食う気がないなら帰れ」
「なんだよお前。なら代わりにお前が相手してくれるのか?」
「なっ、下品なやつめ」
怒りに拳を震わせながら女性はフードを取る。
薄い茶髪の少女だった。目つきは鋭く、眉間にしわを刻んで男たちを睨んでいる。
「なんだベアトリスじゃねえか」
「あと三年したら相手してやるよ」
青年たちに笑われて、少女は顔を真っ赤にする。どうやらどちらも地元の人間らしい。
「我慢ならん」
袖をまくりながら青年たちに踏み出そうとする少女。
その第一歩目で、マントを踏んだ。
「フンぎゃっ!?」
猫のような声をあげて、盛大に転んだ。
数秒、沈黙する。
やがて青年たちがどっと爆笑した。
「さすがドジのベアトリス!」
レニーは静かに立ち上がる。
「ぐぎぎ……」
悔しそうな少女と愉快そうな青年たちの間を通り過ぎ、カウンターに代金を置く。
「おいしかったよ、ありがとう」
「へ? は、はぁ」
マジックサックの中に武器はしまってあるので、すぐには取り出せない。傍から見れば武器の類は持っていないように見えるだろう。つまりレニーが通ったところで青年たちを威圧することはないし、店主から助けるように頼まれることもない。
レニーは踵を返す。
そうしてきた道を戻る。
「せめてこの子くらい成長してから——」
おそらく、レニーを女性と勘違いして巻き込むつもりだったのだろう。青年のひとりがレニーに近づいてきた。
「――ふごぉっ!?」
レニーは、その顎に拳を食らわせた。まともに食らった青年は抵抗できずに倒れる。
「口説くのは勝手だが」
青年に挟まれている女性を腕を掴み、少し強めに引っ張る。そして、自分の背後に隠れてもらった。
「マナーがなってないんじゃないかな」
「げぇ! お前、男か」
ひとりの呟きに舌を出す。
「残念でした」
性別偽造のスキルが発現されてから女性に勘違いされる頻度が明らかに上がっている。こうして不意打ちに使えるし、スキル効果だと割り切る……というかなんかもうあきらめた。
「てめえ、よくも」
殴られた青年が顎を抑えながら立ち上がろうとするが、ふらついて尻もちをつく。
「俺らヴァイスに盾突こうってか!?」
「……うん?」
ヴァイス……聞きなれない言葉に首をかしげる。言い回し的には何かの団体名らしい。
「てめえ知らねえのか!? よそ者か」
「あぁ、うんそうだよ。だから関係ないし、気にしない」
「今関係あるんだよ!」
殴りかかってきた青年に対し、レニーは拳を受け止める。そして手首を掴んで捻り上げた。レニーに背中を向ける形になる。
「いてっ、いててて!」
「関係ないさ」
突き飛ばしてもうひとりの青年にぶつける。二人してバランスを崩して倒れた。
「キミらなら千人いても変わらないからね」
倒れた二人を踏んで抑え込む。
「店員さん、ヒモとかある? あと木の板」
レニーは片手をカウンターに向けながら言った。
○●○●
『反省してます。ゆるしてください ヴァイス』
店の外で三人とも裸同然の格好で縛り上げ、そして反省を看板に書いて首から下げてもらった。
「よし」
涙目の青年たちを見下ろしながら、レニーは手を叩く。
「てめえこんなことしてタダで済むと思ってんのか?」
「とりあえずキミらは損してるよね。精神的には儲けかなー」
「あ、頭おかしいのか」
レニーはにっこりと笑う。唖然とする青年たちを置いて、店の中に戻った。震える店員たちと、真剣な表情のベアトリスが立っていた。
「あ、あんた。何てことしてくれたんだ」
カウンターにいた店主に睨まれる。
「店長、助けていただいたのにそれは」
店員が店主に対してそういうが、店主は首を振る。
「うちはおしまいだ。店の外であんなの出されて、やつらは黙っちゃいない」
「お怒りはごもっともで」
レニーはマジックサックから金の入った革袋を取り出す。そして中身を手づかみで出してカウンターに置いた。
「このくらいで貸し切りにできる?」
「……へ?」
「ばべぇっ!?」
置かれた金に、店主は目が点になり、ベアトリスは大声を上げる。
「あ、あの。貸し切りどころじゃない額みたいですが」
「まぁ、迷惑かけるし。注文しないし、ここ壊れたらこれどころじゃないだろうし」
欲張ってもひと月は生活できる額のはずだ。
無論、懐へのダメージは大きい。レニー自身が少し節約を意識しなければだが、ヴァイスとやらが仲間意識の強い集団であるのなら報復に来る可能性がある。店の人に変にちょっかいをかけられる可能性があるのなら、露骨に敵対意識を表明して、煽った方が楽だろう。ひとまず都合のいい場所を借りられるのならその方が良い。
「家が別にあるならそこに行った方がいいと思うけど」
「そ、そうさせていただきます……」
金を持って店主が店を出ていく。
「店員さんも、帰った方が良い」
「え、あ、でも」
「危ない目に合わないのが一番だ。キミもこれ」
金を店員に渡す。
「こんな、頂けません」
「襲われたときお金でどうにかできるときもあるだろ? お守りさお守り。帰りは気を付けるんだよ」
レニーが優しく言うと、店員は顔を真っ赤にして頭を下げた。
「は、はい! ありがとうございました!」
店員がいなくなり、レニーはカウンターに背中を向けて、肘をつける。視線は残ったベアトリスに向けていた。
「……で。キミはどうする?」
「あ、あなたはいったい何者なんだ」
「冒険者さ。応援の依頼で来たんだ」
ベアトリスは目を見開く。
「道理で堂々としているわけだ……ごほん。私が応援を頼んだベアトリス・コピリだ。協力に感謝する」
ベアトリスは胸元のポケットから冒険者カードを取り出した。その勢いでカードが手元から離れ、落としかける。あわあわと慌てながら何度も手でカードを掴もうとし、なんとか落とさずに掴むことに成功した。ほっと一息ついてから、ベアトリスは冒険者カードをレニーに差し出した。
白いカードだった。
ベアトリス・コピリ。パール冒険者。ロールはシンプルに武道家だった。
「どうも」
ベアトリスに冒険者カードを返し、レニーは自分のものを取り出した。
「ほへ?」
瞬間、間抜けな声が漏れる。
「まままま待て」
「うん?」
「い、色が……幻覚か?」
目をごしごしこするベアトリス。レニーは気にせず、自分の冒険者カードを渡した。
「とりあえず確かめてごらん」
両手を震わせながらベアトリスは冒険者カードを受け取り、まじまじと見る。
さーっと顔が青ざめた。
「ルビー冒険者レニー・ユーアーンだ。よろしく、ベアトリスさん」
ベアトリスは青ざめた顔でカードとレニーを見、そしてわなわなと唇を震わせた。
そして。
「ぎょええええー!」
絶叫した。
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