身代わりの話

冒険者と替え玉

「レニーさん、遠慮なく食べて食べて!」

「そうそう!」

「……はぁ」


 とある家のリビング。

 長方形のテーブルを囲んで四人が座っている。

 ひとりはソロ冒険者レニーだった。その隣にはレニーと同じように桃色の髪とアメジストの瞳を持つ、長髪の少女がいる。顔立ちはやや童顔だが、姿勢がいいためかスタイルもよく見える。


 目の前にはその少女の両親が座っていた。村人にしては豪華な食事を並べて笑顔で器を差し出される。

 母親は頬や口の端、目元等、シワやたるみが若干見られ、老いが感じられるものの、少女と同じような桃色の髪を持っていた。顔立ちも良い。瞳は灰色で、少女とは違う。

 一方で父親は白髪混じりの黒髪に、アメジストの瞳を持っていた。角ばった顔をしており、体も大柄で体格がいい。


「しかしここまで娘に似ていると息子ができたみたいだな。なぁ母さん」

「そうね、お父さん」


 ガハハと笑う父親と上品に微笑む母親。

 横目で少女を見ると不安げな表情をしていた。


 背丈もさほど変わらない。髪色も瞳の色もほぼ同じ。


 今までなかった体験であったが、レニーはそれよりも気になることがあった。


 少女の両親の態度だ。


 やたらと歓迎してくれてるがその瞳は獲物を見る狩人のようにギラギラとしている。何かを狙っているような、待っているかのようなそんな視線だ。


 加えて少女は不安げな表情のままであり、全く顔が笑ってない。


 怪しい。


 何かされる覚えもないがどうも引っかかる。


 とはいえせっかく用意してくれた料理だ。無下にもできまい。


 ひとまず食事をしよう。


「旅の話を聞かせてもらっていいか」

「ぜひ聞きたいわ! ねぇ、リディア?」

「え、あ……そうだね。うん」


 リディアと呼ばれた少女は遠慮がちに頷く。

 レニーは適当に今回達成した依頼の話をすることにした。


 この村に来るのは二度目だ。


 一度目は、行商人と共に、だ。護衛の依頼であったから、ここで一度泊まり、目的地へと向かったのだ。


 村人から帰りもここに寄るかと聞かれ、特に遠回りする必要もないだろうから世話になるかもしれないと、そう伝えてここを発った。


 そして二度目の今である。


 食事に何か仕込まれている様子もなく、ただ単純においしかった。

 レニーも旅の話をして両親に楽しんでもらい、喜ばせる。


 両親は過剰なまでに食いついた。

 レニーは表情を見ていて気づいた。あまり、旅の話に興味がなさそうだ、と。


「さぁさぁお酒もどうぞ! ここらでしか取れない果実酒だ」

「……いただきます」


 木のコップを受け取り、飲む。濃厚な柑橘類の味が喉を通り抜けた。


 美味い。


 文句はないが、どこか気色悪い。

 心のモヤを抱えたまま、レニーはどんどん勧められる果実酒を飲み続けた。


 やがて限界が来た。


「あぁ、もう結構です。ありがとうございました」


 そう言うと二人とも残念そうな顔をした。


 それから適当に話をして、眠くなったと嘘をついて借りた部屋へ入った。


 部屋に来てからレニーは壁に背中を預け、座り込む。


「さて、と」


 レニーは耳をすませる。

 壁に耳を当てて反響する音を聞き取った。


『さていつ頃寝るか』

『寝たらどうするの』

『とりあえず縄で縛ってどうにかするしかないだろ』


 父親と母親の声が交互に丸聞こえだった。

 やはり穏やかではなさそうだ。


『でもお父さん、そんなことできないよ』


 少女の声がする。


『ならお前、明日連れてかれてもいいっていうのか』

『でも』


「はっはーん」


 レニーをリディアの身代わりにするつもりか。しかし何の身代わりだろうか。レニーは話を聞き続ける。


『髪はどうするの』

『切ったと言えばいい』

『声は』

『塞げばいい』

『……バレるよ、絶対』


 レニーは「気配隠蔽」のスキルを発動させながら暗闇の中を歩く。名の通り、気配を消すスキルだ。気配と音を最小限におさえながらリビングに引き返した。階段を降りて扉の前までたどり着く。


「あのな、リディア。この直前になって、あの冒険者は来てくれたんだ。きっと神様の恵みさ」

「そんな」

「誰が神の恵みだって」


 扉を開けて、レニーはリビングに入る。全員の肩がびくりと上がり、一斉にこちらを見る。


「れ、レニーさん」


 母親が慌てた様子で名を呼ぶ。


「いや、これは、その」

「全部聞こえてたんでいいですよ。隠さなくて。なんかの身代わりにするつもりでしょう?」

「うっ」


 父親が苦虫を噛み潰したような顔をした。


「で、何の代わりをすればいいんです?」

「……え?」

「何かの代わりすればいいんでしょう?」

「い、いいのか」

「内容によりますね」


 父親は母親とリディアの顔を交互に見て、やがて諦めたように深く息を吐いた。


「シガット。この一帯の盗賊団の頭をやっている男の名前だ」


 父親は拳を握りしめる。


「見てくれはいいが、女癖の悪さが有名でね。自分の気に入った女を要求してくるんだ。んで自分のものにする。それだけじゃねえシガットは盗賊だ。そこにいった女の末路なんて知れてる」


 母親もリディアも怯えた表情で抱き合った。


「つまり」

「あんたに娘の代わりをしてほしい。髪色も目も、リディアと同じだ。顔立ちも似てる」

「……いいですよ」

「ホントか!?」


 身を乗り出して顔を寄せてくる父親に、レニーはにべもなく答える。


「はい。冒険者ですから」

「ほ、本当にいいの? バレたら殺されちゃうかもしれないんだよ」

「まぁ、そんなのいつも通りですし」


 その言葉に父親が喜ぶ。


「あぁ良かった、神様」

「良かったわお父さん」


 父親と母親が抱き合った。

 神様なんてこっちがいいたい。


「ギルドに依頼は?」

「出してる。が、まだ来ない」


 懸念すべきはレニーが男と気づかれれば替え玉が即バレる。その後また盗賊団にここが襲われては危険だ。


「討伐依頼だけですか?」

「あ、あぁ」

「村の護衛依頼も出しといたほうがいいかと」


 父親は戸惑いながら頷く。


「あとはリディアさんのこと教えてもらえますか」

「私の」

「好きなものとか嫌いなものとか思い出話でもなんでもいいです。オレは彼女の代わりになる。できるだけ怪しまれないためには彼女に寄った演技をしなければ」


 替え玉で自分を出せばそれだけバレる可能性が上がる。リディアと会話をする中で仕草や表情の癖を知りたいのもあった。


「喜んで」


 両親は何度も頷く。

 リディアは浮かない顔のままだった。

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