魔弾の話

冒険者とバレットウィザード

「お嬢ちゃん、今から俺とお茶しない?」


 酒場でフルーツジュースを飲んでいると声をかけられた。自分が声をかけられていると知ったのは、視界をガタイの良い体が埋めたからだ。


 目線を上げて、顔を見る。


 男らしい角ばった顔立ちに否が応でもベテランだとわかる自信に満ち溢れた輝きのある赤茶の瞳。鷹のように鋭く、笑みには野性を思わせる。歳は四十くらいか。少なくとも若くは見えない。

 右の眉尻を上げるとレニーに顔を近づける。


「すまん、男か」

「いいよ慣れてるし」


 フルーツジュースを飲み干す。

 そしてサラダを頬張った。次に煮込み魚をフォークでほぐしてから食べる。口の中で肉がとろけるように崩れる。濃厚な味付けが、体を元気づけてくれるようであった。


「相席いいか、坊主」

「それはナンパの続きかい?」

「だと思うか?」

「思いたくないね」

「正解だ」


 レニーの了承も得ずに、自然と男は相席を始めた。背中にあった長杖ぶきと荷袋を足元に置き、席に座る。メニュー表を見てから、店員には魚料理と酒を頼んでいた。


「ここはいい設備が整ってる。おまけに受付嬢は美人ばかりだ。坊主もそういうところが気に入って来た口か」

「最初は違う目的だったけど、ここの料理も好きだし今じゃギルド所属だね」


 やや身を乗り出して男は期待をこもった瞳でレニーを見た。


「それじゃここの事情には詳しいってわけだ」

「全く。冒険者が増えてるせいで知らない顔ばかりだ」

「ワイルドハントを退けたんだろ、そりゃ皆来るさ。冒険者は良いギルドに来たがるからな」


 俺も、そのひとりなんだがな。

 男はそう続けてがははと豪快に笑った。


「ルビー冒険者が二人も所属してるとありゃ、普通のギルドじゃ喉から手が出るほどほしい人材さ。等級の高いヤツは冒険をしたがるもんだからな」


 俺みたいにな、と明るく言う。


「その情報尾ヒレついてるね。ルビーがひとり、カットルビーがひとりだ」

「構わん構わん。ギルドの質を証明する分にはどっちも一緒さ」

「アナタはどのくらいの等級で?」


 運ばれてきた料理にテンションをあげる男は運ばれてきた酒にさっそく手をつけると半分ほど飲んだ。

 そして荷袋に手を突っ込む。恐らくレニーと同じマジックサックだろう。そこから鉄製のケースを取り出し、その中のカードを見せてきた。

 赤だった。


「クーゲル・エールリッヒ……クーゲルさんね」


 レニーは同じように冒険者カードを取り出すとテーブルに置く。


「レニー・ユーアーン。カットルビーか、同じ等級同士仲良くやろうぜ」


 カードを仕舞いながら拳を差し出される。レニーは軽く拳を突き合わせた。


「つうことはワイルドハントを消滅させた魔弾使う冒険者ってのはお前さんか」


 魔弾を使うだけならツインバスターの片割れ、メイガスのメリースでも使えるが、その時は使っていなかった。となれば、レニーのことだろう。


「戦力としてはおまけみたいなもんさ」

「それでも功績をあげれたっていうのはデカいぜ」


 クーゲルの視線が強くなる。

 ニヒルな笑みを浮かべて、姿勢を低めた。肩が縮まり、体は小さくなったように見えるはずだが、肩幅が広いのとガタイの良さで少しも感じさせない。


「その腰に下げた杖。誰に造ってもらったんだ?」

「ここの錬金術師だよ。素材もワイバーンの使ってる」

「ほう随分いいやつだな。俺も造ってもらいてえな」


 視線が、横の長杖に向けられる。ただの魔法使い系のロールかと思ったが、クーゲルの体が鍛えられていることとレニーの杖に興味があることからして、どうやら違うらしかった。


「俺はな、魔弾専門なんだよ。バレットウィザードって言ってな」

「へぇ、特化してるわけか」


 スキルツリーの可能性は無限ではあるが、伸び方は無限ではない。体をどれだけ鍛えても、技術をどれだけ磨いても限界を迎えたり、未知の領域があるように、スキルツリーにも止まるタイミングはあるし、同じ魔法使いのロールでも得意とする属性が違ったりして異なる。


「無属性の魔弾。これに特化したロマンよ」


 自慢げに語るクーゲル。

 魔法には属性を付与して発動する属性魔法と単純に魔力のみで作用する無属性魔法の二種類がある。属性は数が多く、基本的に特徴に合わせて属性が分類されている。火を操れば火属性、水を操れば水属性。特に捻りはない。

 影を武器にしたり、デバフを付与したり、光に弱いものは闇属性だ。

 一方で無属性魔法には魔力をそのままぶつける。わかりやすい例えで魔力で殴ると言われることがある。レニーがメインで使っているマジックバレットはその無属性魔法にあたるのだ。


「レニーはバレットウィザードってわけじゃなさそうだな」


 壁に立てかけられたカットラスを見ながら、口髭をいじる。


「ローグだよ」

「ローグだぁ?」


 酒を飲みながら、クーゲルは眉をしかめた。


「半端モンがなるロールじゃねえか」

「実際半端だからね」


 魚を食べ終わる。

 クーゲルも会話をしつつ魚料理を豪快に食べていた。


「だから困ってる」


 レニーはため息を吐いて、天井を見上げた。

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