冒険者と受付嬢のヤケ

 応接室。

 公にしたくない依頼であったり、依頼主の都合で受付だけでは対応できないときに使う部屋である。その応接室で、フリジットはひとりの女性と向き合っていた。


「ボクに用って何?」


 このギルドに三人しかいないルビー等級の冒険者。その内の一人だった。


「実はギルドにて新規の部署を立ち上げる事になりまして。問題は全業務できる従業員が私しかいなくてですね……しばらく手伝いがほしいんです。そこで、ウチに所属しているルミナさんに、是非お手伝いをお願いしたいんです」

「何するの」


 淡々と聞くルミナ。表情があまり変わらないから何を考えているか、全くわからない。


「えとギルドから依頼を受けてもらうものと変わりません。場所の調査だったり、新人冒険者の支援や育成だったり、昇格試験の監督だったりです。形式にはこちらから依頼しますが、これをできれば優先していただきたいな、と」


 パーティーで活動している冒険者だと何かしら目的を持って行動している場合が多い。パーティーメンバー満場一致で手伝ってくれる、ということは難しいだろう。任せる業務もある程度上の等級に任せなければならない業務であったから、ソロかつルビーの冒険者であるルミナに助けを求めることにしていた。


「いいよ」

「そうですよね、そう簡単に……へ? いいんですか」

「ギルド貢献大事。ここには良くしてもらってる」


 どうやらやる気らしく、拳を握るルミナ。

 とりあえず、一歩前進して良かった。


「ではこちらの書類に目を通してサインしてもらっていいですか」

「わかった」


 ペンと紙を渡し、書いてもらう。

 フリジットはそんなルミナを見た。

 錦糸のような金髪を二つ束ねて下げており、宝石のような碧眼だった。無表情だが、芸術作品でも眺めているかのような美しさがある。纏っている装備でスタイルまではわからないが、きっと整っているだろう。ルミナの容姿は、女性から見ても綺麗であった。


「ルミナさんってお綺麗ですよね」

「フリジットさんも、変わらない」

「あはは。ありがとうございます。えっとルミナさんって男の人に付き纏われたりとかありました?」


 動かしていた手が止まり、フリジットを見る。


「ない」

「そうですか」

「話しかけられても、会話が続かない」

「はぁ、そうなんですか」


 なんとなく想像ができた。

 無言の時間が数秒続く。


「付き纏われてる?」

「え? あ、まぁ、はい」


 眉一つ動かないルミナ。

 フリジットは笑顔のまま、まいったなーと頭の後ろをかく。

 ちょっと苦手かもしれない。


「レニー」


 話を掘り下げるわけでもなく、ルミナはひとりの冒険者の名を出した。

 あまりに唐突な発言に、呆気にとられる。


「レニー。誘うといい」

「レニーって」


 レニー・ユーアーン。

 トパーズでソロの冒険者。魔物討伐にあまり行かない印象がフリジットにはあった。逆に商人の護衛や賊の討伐を積極的に受けている。

 商人の安全を確保できたりするので、居続けてほしい人物のひとりだった。


 ――もし何かあるなら同性に相談したほうがいい。


 そういえば先日、フリジットを気にかけてくれた冒険者。それがレニー・ユーアーンだったことを思い出した。


「支援課。きっと頼りになる」


 ルミナはそこまで言うと、書き終えた書類を返してきた。




   ○●○●




「そうだよ、恋人になってもらおう!」


 さも名案とばかりに、セリアは手のひらに拳を置いた。

 ギルドの女性寮。セリアの部屋で、フリジットは泊まり込んでいた。


「恋人って」

「レニーさんってソロだし、女にだらしない噂もないじゃん」

「いやでも友だちでもないのに、急にそんな関係は」


 人差し指を突き合わせながら、フリジットは戸惑う。だが、セリアは気にしていないようだった。


「フリだよ、フリ。支援課の手伝いを名目に、ずっとついてもらうの。ジェックスが来たら撃退してもらおう」


 確かにジェックスはトパーズ等級の冒険者だ。追い払ってもらうなら同等級以上が必要だろう。レニーは条件をクリアしているし、ジェックスよりトパーズの歴は長い。

 恐らく、実力はレニーの方が上だ。


「引き受けてくれるかな」

「そこは魅力的な報酬を用意するしかないね。冒険者の活動は難しくなるだろうから、補填は必須だろうし」

「でもさでもさ、恋人のフリってハードル高くない?」

「フリジットの恋人だよ、喜んで受けるに決まってるじゃん」

「え、それは困るというか」


 ジェックスに恐怖を感じているというのに他の男にがっつりアピールされても困る。


「あーそうか。でもレニーさんなら大丈夫じゃないかな」

「なんで」

「女の人に興味なさそうだもん。仕事だと割り切ってくれるよ」


 不確定な要素ばかりだ。

 親しくもない男に頼るというのも気が引ける。フリジットはあまり気が進まなかった。


「傍に男がいるくらいじゃインパクト足りないって。恋人くらいじゃないと」

「でも……」

「とりあえずギルマスに話通して依頼してみなよ。大丈夫だって」


 安心させるように肩を叩く。


「話してダメなら支援課だけ手伝ってもらえばいいじゃん」

「あ、それもそうか」


 明日ギルマスに相談しよう、そう思った。



  ○●○●



 二日後。ギルマスに相談を済ませ、依頼をする準備もほぼ整ったころだった。

 仕事を終え、そろそろ帰ろうかと思っているときのことだ。受付からドタバタと音がした。何かと思って振り返るとセリアが駆け込んできた。


「レニーさん来たよ! 酒場に入ってった」

「セリア。仕事は」

「ちょっと抜けてきた!」


 笑顔でそう告げるセリア。

 フリジットは更衣室に入るのをやめる。

 そしてセリアと共に受付に行った。受付に来ると、他の受付嬢も一斉にフリジットを見る。


「さっきジェックスたちが魔物討伐行ってたし、チャンスだよチャンス! 行ってきな」


 他の受付嬢にも言われ、背中を押される。受付から出て、酒場の扉へ向かった。

 扉を開ける。

 酒場を受付嬢が利用することはある。特に昼休憩時の利用が多かった。その為、酒場には女性向けのメニューもある。空いているカウンター席に一度座り、酒場の店員であるデジーに話しかける。


「レニーさんってどこにいます?」

「あそこです」


 端の席を見るとつまらなそうに食事を待っているレニーの姿があった。

 頭の中で今度は彼との会話をシミュレートする。

 無理だ。すぐに思った。

 恋人なんていたことないのに、シラフで恋人のフリなんて頼めない。


「……今すぐ飲めるお酒ください」

「急にどうしたんですか。ちょっと待っててくださいね」


 デジーがカウンターにある酒に手をかけ、コップに注いでフリジットの前に置く。


「はい、ショットです」


 コップの三分の一も注がれていないショットが置かれる。それを一気に飲み干した。眩暈のしそうなほど、強烈なアルコールの香りが鼻を抜ける。


「……ふぅ。レニーさんって何頼みました?」

「海藻のサラダとシーフードパスタです」

「それにエール二杯追加お願いします、ちょっと相席します、意地でも」

「意地でも!?」


 意を決したフリジットはレニーの元に行く。

 レニーの真正面に立ち、深呼吸をする。


「相席いいでしょうか?」


 完全に自棄だった。

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