第8話 予測不可能 ②

(何でこんなことになった……)




私は今日も学校を休んで、昨日訪れたばかりの雑木林内を駆け抜けている。何故なら今朝方、東郷から花梨崎の家にとある連絡が入ったからだ。



内容はこう。

私が説明したくだんの落とし穴は、昨夜雑木林の奥深くで見つけたのだが、その穴の中に柴狐の姿はなかった、とのこと。



(東郷さんが今朝、奴の家にも確認したようだけど、昨日からまだ帰って来てないって言われたみたいだ)




柴狐は姉にとっても、今後は花梨崎家にとっても厄介な男になりそうだが、だからと言って殺したいとか死んで欲しいとまでは思っていない。腹は立つけれど。



(まあ、落とし穴に誘導したのは私だし、置いてけぼりにしちゃったからな。柴狐さんが行方不明になったのは私の責任か。……ん?)




行方不明?


そう言えば昨日、姉の友人らが近隣町で起きている怪奇事件の話をしていた。しかもどういうわけか、消えているのは男ばかりだとも言っていた気がする。



(もしかして、今回の件も何か関係があったりするのかな)




まだ真昼間だし、妖鬼が出てくる可能性は極めて低い。だが、何か手掛かりが見つかるかもしれないので、私は昨日柴狐が落ちた落とし穴の近辺を念入りに調べてみることにした。







(柴狐さんが落ちた穴はここだけど……まあ、当然だけど奴はいないか)




落とし穴に到着したので、中を覗き込んでみたが、やはりそこに柴狐の姿はなかった。私は自らも飛び降りて、その大穴の中に入ってみる。



(うーん、特に変わった様子はない、普通の穴だけど……でも、ちょっと深めかな)




穴はおそらく、直径三メートル、高さはおおよそ五メートルほどはあると思うが、柴狐が落ちた時は穴の上に柔らかい落ち葉や藁のようなものが敷き詰められていた。


なので奴が転がり落ちても、見たところは怪我なんてしていなかったし、憤慨しながら私のことを罵倒しまくっていたので元気そうだった。



私は上方を見上げる。この雑木林はいつ来ても原生林のような所だ。


人の手が入らず鬱蒼としているが、野生動物のたぐいは少ない。当然、人を食べるような動物はおろか、妖の気配もほぼない。



(私はたまにこの雑木林を通り道に使うから、ここに落とし穴があるって気付いてたんだけど。ていうか、こんな所に穴なんか掘ったって、普段は人も動物も通らないんだから悪戯いたずらなんて出来ないだろうに)




と、ここまで考えたところで、私はある疑問を持ってしまった。




(……いや。そもそもこんな落とし穴、一体誰が作ったんだろう?)




ここは普段も人が入らない原生林だ。なのに何故、こんな人工穴がここにある?




(ここには動物なんてほとんどいないんだし、獲物を落とすための罠でもなさそう。なら、やっぱり別の目的があって作られた物なのかな)




ふむ、と顎下に手を添えながらあれこれ考えていると、ふと視線の先に何か白い石のような物が見えた。私は眉根を寄せ、半分ほどが土中に埋まってしまっているそれをじっと凝視する。



(ええっと……これってまさか、骨?)




私は辺りに落ちていた木の棒で、それを少しずつ掘り返していく。だが、それの全貌が見え出すと、思わずその手を止めてしまった。


 


(しかも動物のものじゃない……これ、人骨だ)




私はさらに眉をひそめつつ、再び穴の中を掘り起こしていく。すると案の定、土の中から姿を現したのはたくさんの、人の頭蓋骨集団だった。




(……ちょっと待って。今回は完璧に私のミスかも。柴狐さん、悪い。これ、どうやらただの落とし穴じゃなかったみたい)




私は骨たちに向かって手を合わせた後、腰に下げた皮袋から例の小瓶を取り出し、"兄" の血液をその場に垂らす。ついでに自分にも少々振りかけておく。




(もしこの人骨が、近隣町から消えた男性たちのものなら……穴に落ちるのが男だと決まっているのなら、今回は姉さんのより、兄さんの陰花の血の方が効果的なはず)




その場にしゃがみ込み、しばらくの間待っていると、




『来た来た……人間の男ぞ。"志願者" が来よった』


『此度の男は恋人に捨てられた者か? それとも貢ぎ屋借金苦かのう』




やはり。土の中から何やら囁き声が聞こえてきた。



『かの者たちは、ここで死者となり "我ら一族" の糧となれば、その後は極楽浄土に行けると信じておる。そして来世こそは好いた女子おなごと添い遂げたい、とな』


『まこと馬鹿な男どもよ。わらわたちを縁結びの神か何かと勘違いしておるのかのう? 魂まで食ろうてしまう妖に願がけなどしても、虫にすら転生出来ぬわ』




よくよく耳を澄ませたところ、声色の主は全て女のような気がする。



(ほうほう、なるほど。行方不明の男性たちは誰かに攫われたわけじゃなくって、自らこの雑木林に来たってことね。しかも、来た理由が自殺のため)




予想通り、これはただの落とし穴でなかった。穴は穴でも、"自ら飛び込む用" として作られた物らしい。


つまりは、死を望む者たちのために用意された 、言わば "落と死穴" だったのだ。




『だが昨日の男は実に残念だったのう』


『 自ら死を望んでいる訳ではなかった故、"御母堂" が配下にしてしまわれた』


『あやつが正式に恋に敗れ死を望めば、その時は御母堂もわらわたちに食わせて下さるかのう』


『たがそれだといつになるか。……それより』




さらに聞き耳を立てていたところに、突如土の中から女と思しき手が次々と生えてきた。



『 今ここにいる、"この男" にかけてみる方が手っ取り早くはないか?』


『しかもこの匂い……! この者は陰花じゃ!』




私は焦らず戸惑わず、その "手" たちに敢えて捕らわれることにする。



(何だか最近は地上だけじゃなく、地中に妖魔が潜んでいるパターンも多いなぁ)




足元からゆっくりと地面へ引き摺り込まれ行く。だがこの際仕方ない。おそらくは柴狐も、この地中にいるだろうから。



(柴狐さん捕まったの、半分は私のせいだし、死んじゃったりしたら後味も悪いしね。……今朝みたいに、東郷さんにもますます嫌味言われそうだし)




何故だかこんな時に、東郷の顔が脳内に浮かび上がってくる。



(いやいや、あの人に嫌われようが別にいいけど。っていうか、私も好きじゃないし)




顔をブンブンと左右に振る。もう肩まで地中に埋まっているが、顔はまだ動く。



(そんなことより、近隣町の男性をここへ誘い込んでたのって、この女の妖魔たちが "御母堂" って呼んでる奴だよね)




地面近くに顔があるおかげで、穴底に落ちている物たちがよく見える。



(人骨の他には "金色こんじきの体毛" も散らばってるな)




自らの妖気、あるいは配下の妖気を消せる種族というのは、実は限られている。なので、御母堂というのはおそらく……




「千理ーーーーっ!!」




…………だが。

突如として頭上から聞こえて来たその声に、私の思考は瞬時に、全てかき消されることとなったのである。



「千理っ、大丈夫?!」


「悠真、新之助! 私たちも飛び降りるぞ!」


「おう、孝太朗! ったくバカ千理! 何やってんだよ!」





…………へ?


思わず、目が点になった。私の視界全体に映っているのは、まさかの悪友三人衆。



「千理、今助けるからね! 柴狐さん探しに来て自分も穴に落っこちちゃうなんて……もうっ、ドジなんだから!」


「やい妖魔っ、千理は美味うまくなんかねーぞ! いっつも酒ばっか飲んでるから、そいつ食ったらてめーらも二日酔いになるぜ! それでもいいってのか?!」


「身体の弱い千理を狙うなど、恥を知れ妖魔ども!」




(…………いやいや)



「千理には僕たちが付いてるよ! 新之助と孝太朗も準備は出来てるよね? 


それじゃあ行っくよーーっ、せーの!!」




事の次第がまだまだ整理しきれていない。なのに、友人三人は穴底に向かって迷いなく飛び込んで来るではないか。




(いやいやいやいや!)




悠真たちとは確かに、私が聖華学習院に編入した時からずっとつるんできた。でもまさか。



(地中にまで仲良く一緒に入って行くことになるなんて…………これは完全に、全くの想定外なんだけど!)




人生とはまさに、予測不可能の連続。


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