根拠のない心霊現象
星
根拠のない心霊現象
母がNetflixでドラマを観たと報告してきた。
「おもろいんか」
「面白いっていうか、怖い」
「お化けとか出てくる系? 」
「いや、お化けは出てこないけど、死んだ人が出てくる」
一瞬、思考が駆け巡った。
母の考える‘お化け’の定義は何か、死んだ人が出てきちゃったらそれはもう人ではない何か別の‘現象’だと考え、それを伝えようとしたが、母は仕事部屋に戻ってしまった。
ある日、私の家で友達数名とチョコチップスティックパンを牛乳に浸して食べるという遊びをしていた時の話だが、ふと窓を見ると外が真っ赤になっていた。そこに黒い手型がバン! バン!と張り付いてきた。私たちは各々叫んだり、怖がったり、笑ったりしていた。
日常に挟み込まれた唐突な心霊現象に、我々は胸を掻き立てられ、不可解に思い、それを考察しようとした。
その日は寝て、翌朝目を覚ますといつも通りの日常だった。そのうち心霊現象のことは忘れられていった。
二歳年下の妹が、約二年前に亡くなっている。死因は自殺。享年二十七。
妹は風呂場で首を吊っていたらしく、管理会社と会社の同僚が見つけた。部屋の鍵は開いていたそうで、スマホのロックも解除されていた。
亡くなる数ヶ月前に、三軒茶屋に引っ越したとLINEで本人から聞いていたが、その三軒茶屋のマンションを家族総出で片付けに行った。
とても狭い部屋だった。部屋どころか、共用部分の廊下や階段も狭く、どうやって遺体を運んだのか気になった。
部屋は五畳くらいだったと思う。何平米とかは、私はあんまり数字に強くないからちょっとわからないというか、換算できないのでわからない。
ベッドしか置けないような狭い部屋で、じっさいに物も少なかったので片付けは一日で終わった。
風呂場を見に行った。部屋の一番奥にあり、換気扇の低い音が異様に鳴り響いていた。観たことがないホラー映画の演出のようだと思ったけど、あまりに陳腐だったのと、あまりに不謹慎だったので何も言わなかった。葬式までも葬式以降も、不思議と悲しくはなかった。
YouTubeで松本人志の『ゾッとする話』を観た。
オチに自殺者の女性が使われることが多い印象。その女性自殺者のオチのたびにはて、と思い、怖いというより、不思議な心持ちになった。
個人的に実在しないとは思うが、死霊の怨念があったとして、それが怖いのだとしたら、これらを観て怖がっている人々やこれを怖いと思って披露する語り部の芸人は、日常を生きていて一体どういった感情の類を持ち合わせて人間関係をやってきたのだろう、ということが気になった。
妹とジェットコースターに乗る夢を見た。
ジェットコースターが、てっぺんのところで、脱線する。ゴンドラが逆さまに落ちる。私は妹の手を握って、空中で舞っていて、何か大声で叫ぶが自分でも聞こえない。
妹が諦めたように手を離す。我々は空中分解する。そこで夢が終わる。目が覚めたら涙が出てきた。
妹の死後、心霊現象などは特にない。
ラップ音だとか、道ゆく人に突然声をかけられて「あなた取り憑かれていますよ」と言われるだとか、そういったこともない。
何も怖くない。心霊現象には因果関係があるか。例えば、霊を煽っただとか、わざわざ自分から心霊スポットに乗り込んだとか。
調べたところ、心霊スポットに乗り込むと言うことは、「わざわざ自分から霊を誘いに行っている」ということらしい。
そういえば、窓に張り付いた手型を体験する前、友達とインターネットで怪談を検索していた。
ところが最近、新宿から私鉄で数駅いったところにある寺に観光目的で訪れたのだが、そこで通りすがった坊主に、突然、「あなた、疲れてますよ」と声をかけられた。
ちょうど仕事が忙しく、掛け持ちしている案件が多かった。
「はい、疲れていますが」
「いえ、悪霊に取り憑かれていますよ」
えっ、そういうこと?
一瞬黙ってしまった。やっぱ寺の人って見えるんだ、悪霊っているんだ、なぜ私が?など、諸々が逡巡。
「オーラ的なやつですか?」
「オーラというかはっきりと見えます」
新手のリップサービスなのかと思った。私にはある特殊霊能力、みたいな。
「じゃあ特別ってことですか?」
「えっ。ええ、まあここまではっきり見えることはなかなかないですが」
「物珍しいですか?」
ウキウキして聞いた。
「そうですね、最近身近な人に不幸がありましたか?」
「事故がありました。私って霊感ないんですけど」
「霊感は関係ないですよ」
私は突如Aボタンを押され、ジャンプして坊主の顎を右手でアッパーした。坊主は倒れた。
まるで誰かに操作されていた。悪霊だった。そのまま私はBボタンを押されたらしく、砂利道をダッシュ。賽銭箱の前でA、賽銭箱に飛び乗り、賽銭箱の上でA連打されたところ、チャリーン、チャリーンという音ともに賽銭は私の懐に吸収されていった。
四十五円で‘終始’ご縁がありますように。ふざけた語呂合わせで投げられた五円玉などを吸収した。
坊主が気づき、私にお経をあげてきた。あまり効果はないと感じたし、特に変化はなかったが、私も私を止めて欲しかったので、
「キリエ・エレイソンの方が馴染み深いですが」と伝えた。
坊主はちょっと考えて、スマホを取り出してYouTubeでキリエ・エレイソンを流した。
私は何者かに操作されている感じが無くなって、肩が脱力した。そのままその寺は出禁になったし、恥ずかしくて山手線で新宿駅を通過するたび苦しい気持ちになる。
そんなことがあって幽霊の存在を少し信じ始めていたのだが、亡くなった妹が全く会いに来てくれない。などと思っていたが、なんと今日の夢に出てきたのだった!
「お姉ちゃん!久しぶり! 」
なぜか身長が私の二倍くらいあった。
「なんでもっと早く出てきてくれなかったんよ」
「死後の世界にマリオがあるんだけど、久々にやったら意外とおもろくて、ずっとやってたら遅れた」
「あっ、やっぱあれあんただったのね。大変だったよ。私のこと操作してたでしょ」
「ごめん、あんまり操作慣れてなくてさ」
「天国なん?」
「いや、わからん」
「地獄?」
「いや、わからん」
「有名人いた?」
「エイミー・ワインハウスがいた。いくらか健康そう」
「マジか。すげえな死後の世界」
などと話していくうちに、次の約束を取り付けようとしたが、その前に目が覚めた。
そんなことがあり、死後の世界があるらしいということも知り、心霊現象も信じ始めていた。
でも、心霊現象が‘実在した’というより、‘体験した’という感じで、それは夢の中でみたことを自分が体験したことと同じことなような気がして、あまり理由とか根拠はないんじゃないかという気がする。
天国とか地獄もよくわかっていないらしいし(多分どちらも実在しない)、夢と現実の境目もわからない。
今、そこの窓から見える一本の木を、指でフレームを作って、片目を瞑って見てみた。
このフレームからはみ出して見えない部分は現実か非現実か、考えた。
見えている木が本物かどうか、この木は実在するのか風景の幽霊なのか、誰かがいつか見た木の亡霊か、何が本当のことなのか、何が本当じゃないことなのか、境目のことをずっと考えていた。
根拠のない心霊現象 星 @McDsUSSR1st
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