アーバレスト作戦
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──アーバレスト作戦
魔獣猟兵第2戦域軍司令部は空中空母キャスパリーグに設置されていた。
「諸君。魔獣猟兵統帥会議はアーケミア連合王国における戦線の活発化を求めている」
第2戦域軍司令官ハドリアヌス大将がそう告げる。
「現在、我々はアーケミア連合王国にて3個軍集団を展開し、合計で約20個師団を動員している。しかし、我々は航空優勢が十分に確保できず戦線を膠着させていた」
「魔獣猟兵統帥会議がどうしろと?」
ハドリアヌスの言葉に尋ねるのは人狼の男性。“竜狩りの獣”の直系にしてアルビヌス軍集団司令官フェリシア・アルビヌスと同じオオカミの灰色の髪をしており大柄。
彼はネイサン・マクスウェル魔獣猟兵大将。第2戦域軍隷下マクスウェル軍集団司令官であり、“竜狩りの獣”の直系のひとり。
「第3戦域軍から余剰の航空戦力が派遣される。それを以てして航空優勢を奪取し、攻勢に出よとの命令だ。第3戦域軍も戦線が膠着しており、それを打破するための助攻として我々は動くことになる」
ハドリアヌスがそう説明。
「それは魔獣猟兵統帥会議はアーケミア連合王国での戦略的勝利を望んでいるわけではないということだろうか、ハドリアヌス閣下?」
そう尋ねるのは帝国北方系の顔立ちした吸血鬼の男性。グスタフ・ラガス魔獣猟兵中将。第2戦域軍隷下ラガス軍集団司令官だ。
「言い辛いが、実際のところアーケミア連合王国での戦略的勝利は望まれていないだろう。この島を完全に奪えば第2戦線は消滅し、連合軍は戦力を集中させることができるようになるからな」
「あくまでここに戦線を作り、敵戦力を拘置することが重要である、と」
「そうだ。そして、敵に我々が脅威であると思い知らしめるための攻勢を計画してる」
アーケミア連合王国の本土であるグレート・アーケミア島を魔獣猟兵が完全に支配してしまえば広大な占領地の管理と同時に沿岸防衛が必要になる。それは魔獣猟兵の戦力を拘置されるばかりで連合軍にはフリーハンドを与えるものだ。
「勝利を望まれてないというのも悲しいものだな」
「望まれていないのはあくまで決定的勝利であり、グレート・アーケミア島の完全占領だ。それ以外の勝利はちゃんと望まれている。悲観するな」
ネイサンがため息を吐くのにハドリアヌスがそう返す。
「我々はより多くの敵戦力を戦線に拘置するための攻勢を実施する。作戦名はアーバレスト作戦。それでは作戦について具体的に説明する」
ハドリアヌスがそう言って説明を開始した。
「作戦目標は港湾都市ラストハーバー。現在のアーケミア連合王国にとって重要な兵站基地であり、我々にとっても奪うことで大きく前進できる場所である」
ここでもやはり港湾都市が目標となる。港というものの兵站拠点としての性能はどこまでも優れており、港を奪えば戦局は有利になる。
「攻撃の主軸はマクスウェル軍集団だ。ラガス軍集団は助攻。またアントニヌス降下軍集団はマクスウェル軍集団の進軍経路の確保を」
「了解」
その言葉に応じたアントニヌスと呼ばれた真祖竜だ。
「お前にも手伝ってもらうぞ、死霊術師。アラン・ハルゼイよ」
ハドリアヌスはそう言う。
「ああ。任せておいてくれ。ようやく祖国を圧政者たちから解放できる」
アラン・ハルゼイ元陸軍中佐はそう言って頷いた。
──ここで場面が変わる──。
アーケミア連合王国には情報機関が複数ある。
そのひとつが通信情報の解読と保護を主な任務とする王国戦争省通信情報本部だ。彼らは魔獣戦争の開戦からずっと魔獣猟兵の通信を傍受し続け、暗号を解読しようと度々試みていた。
「大佐。新しい通信情報を傍受しました。飛行艇からの通信です」
「解読は出来そうか?」
「例のコンピューターによる解読を試みてみます」
この通信情報本部では初歩的ながらコンピューターと呼べる演算装置が密かに開発されていた。弾道計算を行うだけの簡単な演算装置ではなく、もっと高度な演算が行える電子演算機である。
「新しい暗号文だ。演算の準備を」
「了解」
コンピューター技術者たちが総当たり式で解析を試みている魔獣猟兵の暗号文をコンピューターで演算する。暗号文の解読には様々な方法があるが、このような演算力に物を言わせた総当たり式が実現したのはここだけだ。
「解読できそうです! 文書が生成されています!」
「本当か? よし。そのまま解読するんだ。これが解読できれば同じ暗号鍵を使っているものは丸裸に出来るぞ」
既に通信情報本部の解読チームでは暗号文の中に規則性を見つけ、アーケミア連合王国空軍隷下特殊降下連隊などが鹵獲した命令文などと照らし合わせ、あと一歩で解読というところまでで迫っていた。
既に得られた情報とコンピューターによる総当たりが行われ──。
「暗号文の解析完了です! 暗号文の内容判明しました!」
「やったぞ!」
通信情報本部が解読した無線情報はすぐさま連合軍最高司令部及び連合軍統合参謀本部に通達された。
「魔獣猟兵が攻撃の準備を進めていることが判明しました。詳細な目標はまだ分かっていないが、魔獣猟兵の司令部は各部隊に攻撃準備を進めよと命令しています」
連合軍統合参謀本部議長シコルスキ元帥が連合軍最高司令部を形成する世界協定会議加盟国代表に報告。
「現在我が方は攻勢準備に向けて進んでいますが、再編成中の部隊も多く、今攻撃を仕掛けられれば敗北の可能性もあります。そこで現在進められている攻勢準備を一時的視したいと思います」
「それでは攻勢開始の日時は遅れるのか?」
「その通りです。無理に攻勢準備を進め、強行すればこちらが脆弱な状態の時に攻勢を受け、多くの部隊に損害を出すことでしょう」
「ううむ」
シコルスキ元帥の説明に連合軍最高司令部のメンバーが唸る。
「それに攻勢は遅れることになるでしょうが、こちらが優位な状況で攻勢を開始できる可能性も出ていています。敵に先手を打たせ、敵の兵站線を伸ばさせ、それをこちらに有利な地形で迎撃する。このことで敵戦力を撃破」
そうシコルスキ元帥が解説をする。
「それから攻勢に転じれば、魔獣猟兵に対して有利に作戦を進められるでしょう」
「なるほど。そういう手段もあるのか」
敢えて敵に先制させ、それを受け流すことで有利な状態で反撃に転じる。そのような戦術も存在するのだ。
「これより連合軍は防衛体制を強化し、魔獣猟兵の攻勢に備えます」
「また追加の情報を報告いたします」
シコルスキ元帥に続いてハリス大将が発言を求める。
「空軍の偵察艦隊が大陸から魔獣猟兵のものである複数の飛行艇がグレート・アーケミア島に侵入したのを確認しました。敵は航空戦力を強化しつつあります」
「それも攻勢の兆候なのか?」
「ええ。これまでアーケミア連合王国戦線では航空戦力で優れる我が方に魔獣猟兵は航空優勢を維持できず、戦線は膠着していました。それを解決するつもりでしょう」
「なるほど。攻勢はほぼ確実というわけか」
魔獣猟兵は今や航空戦力を揃え、アーケミア連合王国戦線で攻勢に出るつもりだ。
「シコルスキ元帥、ハリス大将。十分に警戒をの頼む」
「了解しました」
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