強制排除

……………………


 ──強制排除



 アレステアはアラン・ハルゼイが繰り出すデュラハンと戦っている。


「こんなことをしてもいい世界になったりしません!」


「確かに暴力だけで革命は成り立たない。だが、暴力なしにも革命は成り立たない。結局のところ既存の権力という不利なものに立ち向かうには自分たちの権力を、暴力を使うしかないのだ」


 アレステアの言葉にアラン・ハルゼイが淡々とそう返した。


「どうあっても止まってもらえないんですね」


「ここで止まるようならばそもそもここにいない。魔獣猟兵の側に就くということを私は理解していないわけではないのだ」


「なら、力尽くで止めます!」


 アレステアはアラン・ハルゼイに向けて突進し、デュラハンを薙ぎ倒して肉薄しようとする。アラン・ハルゼイもデュラハンを何体も繰り出すも、今のアレステアには通用しなかった。


「不味い……!」


 アランがそう焦ったときだ。


 空間が裂け、アレステアが裂けた。


「今のは!」


「まさか……!」


 アレステアたちの前に現れたのはカーマーゼンの魔女のひとりカノンだ。


「カーマーゼンの魔女……? わざわざ私を助けに来たのか?」


「あなたたち偽神学会は信頼できないけど必要ではあるから」


 カノンがそう言うとアレステアが起き上がるのを見た。


「カノンさん。またあなたが立ち塞がるのですね」


「安心して。あなたを殺しているような暇はないから。てっとり早く済まさせてもらう。さようなら、ゲヘナの眷属」


 カノンがそういうとアレステアの姿が一瞬で消える。


「アレステア少年!?」


「アレステア君!」


 アレステアが消えたのにシャーロットとレオナルドが叫ぶ。


「アラン。あなたを安全な場所に移動させる。付いてきて」


「分かった。行こう」


 そして、次にカノンとアランが消えた。


「作戦失敗だよ! 司令部に連絡しないと!」


「ええ。それからアレステア君がどこに行ったのかを探さなければなりません」


 作戦は大失敗となった。


 アレステアは行方不明となり、目標であったアランも消えてしまった。


『葬送旅団司令部より全部隊! 作戦失敗、作戦失敗! 撤退せよ!』


 シーラスヴオ大佐の命令が無線機に響き、魔獣猟兵と交戦中だった全ての部隊が徹底を開始する。ケルベロス装甲擲弾兵大隊、シグルドリーヴァ大隊、全ての部隊。


「我々は殿だ! 友軍の撤退を支援しろ!」


「了解、中将閣下!」


 アルデルト中将のアイスベア中戦車は最後まで戦場に留まり、友軍撤退を支援。


「アリーチェ。あの車両には支援が必要だ。俺と来てくれ」


「は、はい、少佐!」


 ゴードン少佐とアリーチェがアイスベア中戦車を随伴歩兵として支える。


 そして、撤退が進む中、アレステアは──。


「ん……」


 アレステアはトラックのエンジン音で目を覚ました。


「ここは」


 すぐさま“月華”を握り、物陰に隠れる。


 アレステアがいるのはどこだか分からない森で近くに2車線の道路が走っていた。そこを軍用トラックが行き来している。


 だが、その軍用トラックは帝国軍のそれとは異なる。


「魔獣猟兵……!」


 トラックの荷台には人狼や吸血鬼の兵士たちが乗っており、警戒した様子で移動していた。そのトラックの数は多く、次から次にやってくる。


「カノンさんに強制的に空間転移させられた……? だとしたら、どうすれば……」


 アレステアは自分のいる場所がどこかも分からず、ただ敵地であるということだけを知って途方に暮れた。


「とりあえず見つからないようにしないと」


 そう判断したアレステアは森の方に進む。道路に出れば道ははっきりするかもしれないが魔獣猟兵に見つかってしまう。


「けど、ここからどうすれば……」


 アレステアは途方に暮れながら森の中をなるべく道路に沿った形で歩いた。


 魔獣猟兵の兵士たちが乗ったトラックと同じ方向に向かえば、彼らが目指しているだろう帝国軍との前線に到着でき、友軍と合流できるだろうという考えだ。


 今はとにかく友軍と合流する必要があった。


「時計はあるから太陽の位置である程度方角は分かるけど、夜はどうしよう」


 星座から位置と方角を見いだせる軍人たちと違ってアレステアは夜になれば立ち止まらなければならない。下手に動けば森の中で遭難する結果となってしまう。


 アレステアは移動できる日の出ている時間帯になるべく移動することにした。


 しかし、そこで彼はある人物と出会う。


「!? 誰ですか……?」


 奇妙な気配を感じ取ってアレステアが“月華”を構えて周囲を見渡す。


 ぞっとするような気配だった。前にセラフィーネと遭遇したときよりもぞっとするような気配。間違いなくこの世のものではない。


「やあやあ! こんにちは! 初めまして! ボクはラルヴァンダード。人々は親しみを込めてラルと呼ぶよ。よろしくね、ゲヘナの眷属君!」


 現れたのは魔獣猟兵の拠点アイゼンラント城に姿を見せたラルヴァンダードだ。


「あなたは……」


「敵じゃないから安心しなよ。何か食べる? 飴ならあるよ?」


「いえ。いいです。あなたは何のためにここに?」


 ラルヴァンダードがニコニコした笑顔で尋ねるのにアレステアが困惑していた。


「君は自分の変化に気づいているかな? 君は自分がどんどん人間から離れた存在になっていることに気づいているかい?」


「それは……」


 ラルヴァンダードが笑顔のまま尋ねるのにアレステアの言葉が詰まる。


「分かっているんだろう。君は自分が人間でなくなっていることに気づている。死を繰り返すごとに、それを無効にするたびに人間が遠ざかっていく。この戦争が終わったら、君はこの地上に留まることはできなくなる」


 ラルヴァンダードは歌うようにそう語った。


「大事な人たちとも一緒に入れなくなるんだよ? 分かってるかい? ゲヘナは間違いなく君を地上に残したりしないからね」


「それは分かっています。でも、どうしようもありません」


「方法がないわけではないよ? 教えてあげよっか?」


「え?」


 ラルヴァンダードがにんまりとしたチェシャ猫のような笑みを浮かべてアレステアの顔を覗き込んできた。


「君がゲヘナを裏切ればいい。ボクと一緒に魔獣猟兵においでよ! そして、今の神々の協定を破壊するんだ。ゲヘナの定めた秩序が失われれば、君はこの地上で親しい人たちと過ごすことができる。どうだい?」


 アレステアにラルヴァンダードはそう提案してくる。


「魔獣猟兵は神々を信じた結果、裏切られたものたちの集まり。君も本当は知らなかったんだろう? ゲヘナの眷属となることで人間でなくなってしまうだなんて。君もまたゲヘナに裏切られたんだ」


 魔獣猟兵の戦士たちは旧神戦争を神々のために戦い、そして神々が去ったことを裏切られたと考えているものたちだ。


「これまでは魔獣猟兵と敵対していたから心配かもしれないだろう。でも、大丈夫! ボクが君のことを魔獣猟兵のみんなに紹介してあげる。どう?」


 悪魔の甘い誘惑を前にアレステアは押し黙っていた。


……………………

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