36 あの子はなんなの?
城へ入るルートはいくつかある。
私とエーリックは勇者たちが通ったのとは別のルートから中へと入っていった。
「大丈夫かなあ」
裏道のような通路を歩きながら、胸がそわそわする。
「魔王は強い。人間が束になっても敵わないだろう」
「うーん……でも」
「人間の心配をしているのか」
「心配しているというか……不安というか……」
「何をだ?」
エーリックは目の前の扉を開けた。
「結婚してください!」
リンちゃんの大きな声が響きわたった。
扉の向こう、大広間にある玉座に魔王さんが座っていた。
そうしてその目の前にリンちゃんが立っている。
アルバンさんとイルズさん、王子様や勇者たち、そして魔王さんも、驚いた様子で固まっていた。
「ああ……やっぱり」
心配していたことが的中してしまった。
「リンちゃん! そうやっていきなりプロポーズするのはダメだって言われたじゃない」
声をかけると、リンちゃんはくるりとこちらを向いた。
「ヒナノさん! ひどいじゃないですか」
リンちゃんが駆け寄ってきた。
「どうしてあのひと紹介してくれなかったんですか! 私のドストライクだって知ってますよね!?」
「紹介って……だって魔王さんだし」
「関係ありません!」
「いや、あると思うよ? リンちゃんは聖女だよね?」
「私そんなの気にしません」
「リンちゃんが気にしなくても、他のひとたちは気にするから」
魔王と聖女はさすがにまずいんじゃないかな。
「でも完璧ですよ? 理想そのままですよ? この機会逃したら一生後悔しますし!」
「ヒナノ……これは?」
頬を膨らませて文句を言うリンちゃんを横目で見ながらエーリックが尋ねた。
「魔王さんは、リンちゃんのタイプなの」
「完璧ですね!」
エーリックに答えるとリンちゃんが胸を張って続けた。
イケオジで体格のいい魔王さんは、前にリンちゃんが「こういう人がタイプなんです!」と見せてくれたゲームの登場人物によく似ている。
以前、バイト先の居酒屋に格闘家の人たちがやってきた時、リンちゃんはコーチの人に「結婚してください!」と迫っていた。
その時相手からは「高校生はさすがに……というか嫁と子供がいるし」と断られ、店長からも怒られていたのだ。
だからリンちゃんが魔王さんに会った時にどうするのか不安だったけど……魔王さんにまで即プロポーズしちゃうとは。
「あ、もしかしてもう結婚しているんですか」
はっとした顔でリンちゃんは言った。
「だから教えてくれなかったんですか?」
「そういうわけじゃないから。あと魔王さんは結婚してないよ」
「えっじゃあ問題ないじゃないですか」
リンちゃんは目を輝かせた。
「……あのねリンちゃん。見た目だけで選んじゃだめだって言われたよね」
バイト先のみんなから心配されて、散々言われたのに。
それにリンちゃんのお母さんも、顔で選んで失敗したんじゃなかったっけ。
「んー、でもやっぱり見た目は大事なんですよね。だって毎日見る顔なんだから好みじゃないとキツいじゃないですか」
首をかしげながらリンちゃんは答えた。
「なので、もう一度アタックしてきます!」
「あ、リンちゃん!」
リンちゃんはくるりと振り返ると再び魔王さんの元へと走っていった。
「ああ……もう」
向こうの世界にいたときと全然変わっていないリンちゃんにため息が出てしまう。
「あの聖女はヒナノより年下なんだろう」
何か魔王さんに訴えているリンちゃんを見ながらエーリックが口を開いた。
「あんな年上がいいのか」
「……リンちゃん、小さい時に両親が離婚しているから、お父さんみたいな人がいいらしいのよね」
バイトの先輩が言っていた。おそらくリンちゃんにとっては「父親くらいの年齢の頼れる男性」が理想なんだろうと。
イルズさんが来て欲しそうにこっちを見ているのに気づいたので、そちらへと歩み寄った。
「ヒナノちゃん、あの子はなんなの?」
「ええとですね……」
私はイルズさんとアルバンさんにもリンちゃんの好みについて説明した。
「まあ。やっぱり変わった子ね」
少しあきれたようにそう言って、イルズさんは笑みを浮かべた。
「でも、いい機会かもしれないわね」
「いい機会?」
「聖女がこちらにつけば、さすがの人間も諦めるでしょう? それに閣下の結婚問題も解決するわね」
「は? 本気か?」
アルバンさんが目を見開いた。
「聖女だろ?」
「聖女だっていいじゃない。あの子閣下にベタぼれみたいだし」
「しかし……」
「エーリック。聖女以外を島の外に飛ばせるかしら」
「ああ」
エーリックが右手を上げると、勇者たちが光に包まれ、そして消えていった。
「だから、一目ぼれしたんです!」
「リンちゃん、一度落ち着こうか」
魔王さんに訴えるリンちゃんに声をかけると、こちらを見た魔王さんが少しホッとしたような表情になった。
(うーん……これは困っているわね)
いきなり人間の少女、しかも聖女から求婚されたのだ。さすがの魔王さんも困惑するだろう。
「ちょっとおいで」
リンちゃんの腕を取ると魔王さんから引き離した。
「そんなに迫ったら逆効果だって店長にも言われたでしょ」
素直なところはいいんだけど、直球すぎると相手が引いちゃうのよね。特にリンちゃんの場合、年齢が離れすぎているから。
「……はあい」
リンちゃんは気づいたように周囲を見回した。
「あれ、ロイドたちは?」
「他の人たちには帰ってもらったわよ」
イルズさんがリンちゃんに近づいた。
「あ、美人のお姉様!」
「あなた、本当に魔王と結婚したいと思っているの?」
「はい!」
リンちゃんは大きくうなずいた。
「そう。良かったですね閣下、お嫁さんが来てくれて」
「は? イルズ……」
「長旅で疲れているでしょう。少し休んだら?」
眉をひそめた魔王さんをスルーして、イルズさんはリンちゃんにそう言った。
「あ、そうだリンちゃん。温泉入る?」
「温泉!?」
リンちゃんは目を輝かせた。
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