31 この島までたどり着くかもしれないな

「なんだここは……」

「山の上!?」

 光が消え、現れた光景に騎士や魔術師たちは絶句した。

 雲の上にあるかのように見えていたこの場所は、周囲と比べてひときわ高くそびえ立つ山の山頂だったのだ。


「魔物のお姉様、かっこいい!」

「リン……」

 黄色い声を上げたリンをロイドはあきれたように見た。

「だってお姉様が言ってたこと、全部正論だったじゃない」

「それは……まあ、そうかもしれないけど」

「本当に、さっさとこんなくだらないことはやめて欲しいわね」

 王子たちを横目で見てリンはつぶやいた。


「あれが魔物の魔法……なんと強大な」

 アリスターはため息をつくと、ヒナノたちがいた跡をじっと見つめたまま立ち尽くすカルヴィンへ視線を送った。

「殿下? もしかして魔物の言った言葉を気にしているのですか」

「――そう簡単にやめることはできない」

 カルヴィンとて、こんな不毛な遠征などさっさと終わらせたいと思っている。

 けれど国王の命令に逆らうことはできないし、中途半端に投げ出すようなことがあれば、それを口実に教会側が再び勇者と聖女を手元に置こうとするだろう。

 教会に力をつけさせないためにも、今やめるわけにはいかないのだ。

(王子というのは面倒だな)

 内心ため息をつくと、カルヴィンは振り返りリンを見た。


 リンはつねに明るく自由に振る舞っていたから気がつかなかったが――確かに魔物の言っていた通り、彼女はこの世界に無理矢理召喚された被害者だ。

「聖女リン。君は元の世界に戻り、家族に会いたいと思っているのか」

「帰りたいって言ったら帰してくれるんですか?」

 リンは聞き返した。

「それは……無理だが」

「だったら帰りたいと思っても仕方ないじゃないですか。私、可能性が全くないことを考えるの嫌いなんで」

 カルヴィンを見据えてリンは言った。

「聖女殿は合理的なんですね」

「失望するのが分かっていて期待するのが嫌なだけです。……そもそも私に心配する家族はいないんですけど、ヒナノさんの家族はきっととても心配してるでしょうね」

 アリスターの言葉にそう答えて、リンは大げさにため息をついた。

「あーあ。私もヒナノさんみたいにこの世界でいい人と出会って結婚したいなあ」

「……ヒナノは結婚しているのか」

「一緒にいた銀髪の人、旦那さんですよ」

 顔色が変わり目を見張ったカルヴィンに、リンは口角を上げた。


「もしかして王子、ヒナノさんに一目ぼれしたんですか」

「……そういうわけでは」

「ヒナノさん、モテるんですよね。可愛いし優しくて面倒見もいいから」

 どんな酔っ払いでもにこやかに対応し、後輩の面倒見もいいヒナノは仕事仲間や客から人気だった。

 当人には自分がモテるという自覚は全くなかったが、バイト仲間で好意を寄せる者は何人かいたし、ヒナノ目当てでやってくる客もいたほどだ。

 リンは母子家庭で、唯一の家族である母親とは仲が悪く、学校もサボりがちだった。

 そんなリンはバイトを始めた当初は態度があまりよくなかったが、ヒナノと一度じっくり話し合い、彼女の人柄に触れてからは改心して真面目に取り組めるようになったのだ。


 ヒナノが自分の召喚に巻き込まれ、さらに山で遭難したと聞いたときは、聖女の役目を放棄しようかと思うくらいショックだったが、新しい家族や仲間と暮らしているヒナノは楽しそうだったことにリンは安堵していた。

(それに、ヒナノさんはもう人間の世界には戻れなさそうだものね)

 さっきこっそり鑑定したときに『魔物の聖女』と表示されていたヒナノは、もう自分たちとは違う存在になってしまったのだろう。

 それは少し寂しいことだった。


  *****


 思いがけなく天空城でリンちゃんたちと遭遇してから、二カ月はたっただろうか。

 勇者たちは相変わらず魔王城探索を続けているそうだ。


「彼ら、ダミー城攻略に慣れたみたいなのよね」

 魔王城に遊びにいくと、イルズさんがそう言ってため息をついた。

「慣れた?」

「罠を発見する時間も、脱出する時間も短くなっているの。こっちもパターンを変えるとか工夫しているんだけど、向こうもレベルを上げてきているのよ」

「それに、移動範囲も広がっているな」

 お城に来ていたアルバンさんが言った。

「下手をしたらこの島までたどり着くかもしれないな」

 え、ここまで!?


「閣下。どうしますか」

 ブラウさんが魔王さんに尋ねた。

「この島は結界や瘴気で人間は近づけませんが、場所を知られてしまうのはよくないかと」

「そうだな。女神テルースの宿るこの地は我々にとって聖域――人間が踏み荒らしていい地ではない」

 魔王さんはため息をついた。

「もう一つ、別に本物の城を作るか」

「本物の城とは?」

「今までのは中に罠や幻術をしかけたものだが、その城は実際に私が使うことのできる城だ」


「ああ、なるほど……」

 ブラウさんはうなずいた。

「そちらを本物の城として、あえて勇者たちをそこに引き寄せますか」

「ああ。私が出て行ったほうがいいだろう」

 魔王さんが直接会うの? 勇者とは一度会っているけれど……。

「大丈夫なんですか」

「人間たちは諦めが悪いようだからな」

 思わず尋ねると魔王さんはそう答えた。

「友好的に行くか、圧倒的な差を見せつけるか。どちらがいいだろうな」

 にやりと笑みを浮かべたその顔は悪巧みをしていそうで。いかにも魔王という感じだった。

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