30 元気そうで何よりだね
「――」
「何だここは……」
「すごい! 雲の上!?」
頭の上からかすかに複数の声が聞こえてきた。その中にはリンちゃんらしき声もある。
「……そうね、来たみたいね」
え、本当にリンちゃんたちが来たの!?
「もう、エーリックがフラグ立てるから……」
「フラグ?」
「どうしようかしら。黙ってここから立ち去る? それとも勇者たちに会いに行く?」
イルズさんが尋ねた。
「会うわけないだろう」
エーリックが答えた。
「じゃあいったん外に出ましょう。この城の中では魔法が効かないのよ」
「え、そうなんですか?」
「この石玉みたいに媒体を通さないと魔法を使えないように結界が張ってあるの。さ、こっちよ」
イルズさんに誘導されて、通路をいくつか曲がるとさっきとは別の階段を上った。
外に出るとそこは建物の裏側のようだった。
壁の向こうからは勇者たち一行の声がかすかに聞こえる。何を話しているかは分からないけれど、なんだかもめているようだった。
「向こうの人たちは何をしているのかな」
「何もないから焦っているのかもな」
「焦る?」
エーリックの言葉に首をひねる。
「これまでの城は罠だらけだったのが、ここには何もないだろう。だから逆に大きな罠があるのではないかと疑っているかもしれない」
「なるほど……」
確かに。魔法も使えないし、何もないはずがないと思うよね。
納得していると、ふと振動のようなものを感じた。
「……なんか……揺れてる?」
地震? と思った瞬間。
激しい地鳴りが鳴り響いた。
「え、何!?」
「……まさか、城を壊したの?」
イルズさんがつぶやいた。
壁にピシリと亀裂が入ると、ボロボロと壁が崩れ始めた。
「ヒナノ!」
エーリックが私を抱き寄せた。
ダミー城は魔王さんの魔力で作り出している。
私が前に土魔法を使って温泉を作ったように、本物の建物を魔法で作っているのだ。
だから物理攻撃で壊すことができると聞いていたけれど……。
「おい、人がいるぞ!」
「魔物か!?」
「ヒナノさん!」
「……あ、リンちゃん」
あっという間に壊れた壁の向こうで、勇者一行が驚いたようにこちらを見ていた。
「え、ヒナノさんどうしてここに?」
リンちゃんが駆け寄ってきた。
「それはこっちのセリフだけど……」
「すごいんですよ! 塔を登ってたら突然こんな天空城に飛ばされて! やっぱり異世界って不思議ですね!」
「……元気そうで何よりだね」
もう一年以上討伐を続けていて大変だろうに、顔色も良く元気そうなリンちゃんにほっとした。
「ところで、どうして壁を壊しちゃったの?」
「ああ……ここ罠もないし出られもしないから、とりあえず壁を壊してみようって、ロイドの剣で」
「そんな、乱暴な……」
「そう、乱暴なんですこの人たち!」
リンちゃんは他の人たちを指さした。
「男ばっかだし! ヒナノさんはいいなあ、美人のお姉様と一緒で」
「――うわさには聞いていたけれど聖女って変わってるのね」
背後でイルズさんが小さくつぶやいた。
変わっているというか、マイペースなのよね。
「ヒナノというのか」
こちらに歩み寄ってきたのは、前に魔法を見られた若い魔術師の人だった。
「君も聖女とともに異世界から召喚されたのだろう」
「何の用だ」
エーリックが立ち塞がるように前に出た。
「私はこの国の第二王子、カルヴィン・アストリーだ」
青年はそう名乗った。
王子様? あ、もしかしてこの人がリンちゃんたちの上につくことになった人?
「教会が独断で行ったこととはいえ、君たちを異なる世界から無理矢理召喚したことを王家としてわびよう」
「あ、はい……」
「しかも教会は君を魔物討伐に参加させた挙げ句、山に置き去りにしたと聞く」
ああ、そんなこともあったなあ。一年前のことだけど、もうずっと昔の出来事のように思えた。
忘れかけていたけれど、でもあの出来事があったから私は魔法を使えるようになったし、エーリックたちとも出会えたのだ。
「酷い目に遭わせて申し訳なく思う。責任を持って君を国で保護したい」
「え?」
何て? ……私を保護?
「余計な世話だ」
低い声でエーリックが口を開いた。
「そうよ、ヒナノちゃんは私たちと楽しく暮らしているんだから」
イルズさんも続けて言った。
「あんたたち人間なんかより魔物のほうがずっといいって。ねえ、ヒナノちゃん?」
「あ、はい」
そうね、確かに今の生活はとても楽しくて充実している。
私は大きくうなずいた。
「――それは魔物が彼女をたぶらかしているからではないのか」
王子様が言った。
「なんですって」
「魔物は幻術を使うからな」
眉をひそめたイルズさんに王子様はそう答えた。
「まあ、よく言うわ。人間は魔物を襲ったり城の壁を破壊したりするくせに」
すっかりボロボロになってしまった城を見渡してイルズさんは言った。
「さらに女の子を異世界からさらってきたのでしょう? 向こうのご家族たちも悲しんでいるでしょうに。そこの聖女もむさ苦しそうな男たちの中に放り込まれて、あちこち連れ回されているのでしょう。人間ってずいぶんと非道よね」
「家族……」
ふいにお母さんたちの顔が脳裏に浮かんだ。
それから友人やバイト先の人たち。
みんな、私やリンちゃんが突然行方不明になって……きっと警察にも連絡したし、色々と探しているよね。
急に向こうの世界を思い出して、目が熱くなって視界がにじんだ。
「ヒナノ」
エーリックが私を抱きよせた。
「それは……」
王子様の動揺した声が聞こえる。
「保護なんて言って、どうするか分かったものじゃないわ。ヒナノちゃんは人間の元で暮らすより私たちと一緒のほうがずっと幸せなの。さ、帰りましょう」
「ああ」
「待ってください」
イルズさんとエーリックが歩き出そうとすると、魔術師の一人が口を開いた。
「ここや他の城は……あなた方の魔法で作ったのですか」
「ええ、私たちの城よ」
そう答えて、イルズさんはわざとらしく長いため息をついた。
「ひとの城に無断で入り込んで、破壊するのが人間のやり方なのかしら」
イルズさんの言葉に、王子様はぐ、と口を堅く結び、イルズさんに尋ねた魔術師は気まずそうに視線をそらせた。
「それは……魔王を倒すため、その居場所を探すためだ」
「なぜ魔王を倒すの?」
王子様の言葉に、イルズさんは真顔になった。
「魔王があなた方に倒されなければならないようなことを何かしたかしら」
「……魔物は人間を襲う」
「魔物が人間を襲うのは、自らの身が危険な時に自衛するためよ。勝手な思い込みで襲われるのはたまったものじゃないわ」
イルズさんは王子様を見据えた。
「それに、人間も魔物を襲うわよね。つまり、あなた方の考えだと私たちも人間の王を倒さないとならないということかしら」
「……それは」
「私たち魔物は人間と違うの。くだらない考えは捨てて私たちと関わらないで欲しいわね」
イルズさんは手を上げた。
「私たちの城を壊した罰として、この地にかけた魔法を全て解いておくから。自力で帰ってね」
上げた手から強い光が放たれると周囲が真っ白になった。
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