27 ごめんね、独りにして

「十日ほど前、勇者一行が『城』の一つに到着したわ」

 テーブルに置かれた地図にある島の一つを長い指が示した。

「それで?」

 地図を見ながらブラウさんが口を開いた。

「一日中さまよって帰っていったわよ」

「脱出できたのか」

「いいえ」

 金髪の女性は首を緩く振ると微笑んだ。

「転移する罠を踏んで人間の国に飛んで帰ったわ」

 口角を上げたお顔が色っぽい、この美女はイルズさん。

 幻術系の魔法が得意で、あちこちに作りつつあるダミー魔王城の内装を担当している。


「人間たちの会話を聞いたけれど、私たちが幻術を使えるとは思っていなかったようね」

「魔物は動物と同じ姿をしているものばかりだと思っていたようだからな」

 ブラウさんの言葉にうなずいてしまう。

 私も最初はそう思ってたなあ。

「これで人間も懲りてくれればいいが」

「どうかしら。人間は諦めが悪いと聞くもの」

 ブラウさんの言葉に首を振って、イルズさんは私を見た。

「それでねヒナノちゃん。また別の城を作るんだけど、なにかいいアイデアはないかしら」

「そうですね……」


 この二カ月ほどで作った城の数は三つ。

 どれも元の世界で遊んだゲームや読んだ漫画で見たものをイルズさんに伝えてそれをアレンジしたのだ。

「縦に長い塔なんてどうですか」

「塔?」

「螺旋階段をぐるぐる回りながら登っていくんです」

「まあ、いいわねえ」

「あとは……天空の城は? 空に浮かんでるんです!」


「それは人間がたどり着けないだろう」

 エーリックが口を開いた。

「そうか、じゃあ……別の城の罠にかかるとその天空の城に飛ばされるのいうのは?」

「まあ、城同士をつなぐのは面白そうね」

 イルズさんはふふっと笑った。

「ヒナノちゃんのおかげで色々作れるから楽しいわ」

「私も楽しいです!」

 こんな美人のお姉様と一緒にお城作りができるなんて!


「お前たち、目的を忘れるな」

 ブラウさんがため息まじりに言った。

「人間たちを惑わせ、諦めさせるための城なのだからな」

「分かってるわよ。でもせっかくなんだなら少しくらい遊んでもいいじゃない」

「ほどほどにしておけ」

「はいはい」

 ブラウさんの言葉に投げやりにうなずいて、イルズさんは私をちらと見るといたずらっぽい笑顔でウインクした。

 く、かっこいい……!


「イルズさんみたいな女性になりたい……」

「無理だろ」

 思わずつぶやくとすかさずエーリックが言った。

 わかっているけど! 大人の魅力なんて私にはないけど!

「ヒナノちゃんは可愛らしいところが魅力なのよ」

 ツン、と鼻の頭をつついてイルズさんが言った。

 そういう言動ができるイルズさんのほうがずっと魅力的です!

「さて、帰るか」

 心の中で叫んでいるとエーリックが言った。

「あ、前に住んでいた所に寄りたいんだけど……」

「あんな所に何の用だ」

「ウサギちゃんのお墓参りに行きたいの」

 エーリックを見上げて私はそう言った。



 そこには何もなかった。

 岩で作った温泉も東屋も、そして住んでいた家も。

 痕跡を残さないよう、全て壊してしまった中、ただ唯一残っていたのがウサギちゃんのお墓だ。


「ごめんね、独りにして」

 お墓の前に膝をつくと、私はウサギちゃんに話しかけた。

「……もしも私がもっと早く魔法で直接治療ができるようになっていれば、ウサギちゃんを助けられたのかな」

「死んだものを生き返らせることは誰にもできない」

 つぶやくとエーリックがそう答えた。

「……そうだよね」

 いくらなんでも、それはできないよね。


 また来るねと心の中でウサギちゃんに言って立ち上がると、どこからかチッ、チッと鳥のような、聞いたことのあるような声が聞こえた。

 見回すと、ガサッと茂みの間からリスに似た魔物が顔を出した。

 魔物は足元にやってくると、しきりにチッチッと鳴いている。

「どうしたの?」

「怪我をしたものがいるようだな」

 エーリックが言った。

「え、どこに?」

 チッと鳴いて魔物は走り出した。


 そのあとを追いかけた先には地面に横たわっている、子供らしき小さな二匹の魔物の姿があった。

「今すぐ治して……」

「人間だ」

 駆け寄ろうとするとエーリックの低い声が聞こえた。

「え?」

「ヒナノ、ここから絶対に動くな」

 そう言ってエーリックの姿が消えた。


「え……って、治さないと!」

 小さな二体の身体を抱き上げる。

 そっと魔力を注ぐと、身体がほわっと光を帯びた。

 光が消えると小さな赤い目がぱちりと開いた。

「もう大丈夫だよ」

 手の上で不思議そうに二体がキョロキョロしていると、足元でチッと声が聞こえた。

 その声に弾かれたように魔物の子たちは手から飛び降りた。

「親子かな」

 うれしそうに三体が寄り添っているのを見ていると、ふと視線を感じて振り返った。


 私より少し年下くらいだろうか。

 茶色い髪の青年が驚いたようにこちらを見ていた。

「……魔物を癒やした?」

 青年がつぶやいた。

(しまった)

 今のを見られていた!?

 思わずあと退ると、くるりと背を向けて走り出した。

「あ、待って!」

 声が聞こえたけど、待つわけないよね!

 走ったけれど、すぐに追いかけてくる足音と気配が近づくのを感じる。

「待っ……」

 青年の手が肩に触れそうになった瞬間。

 強い光が私を包み込んだ。



「大丈夫か、ヒナノ」

 気がつくと、今いたところとは違う場所でエーリックに抱きしめられていた。

「エーリック……」

「魔術師の連中がいた」

「魔術師?」

「前に勇者たちが来たことと関係があるのかもしれない」

 それって……もしかして、あの怪我をした二人に聞いて調べに来たということ?

「さっきの茶髪の人も魔術師?」

 マントを羽織っていたから服装までわからなかったけれど。


「何かされたか」

「……魔物を癒やしているところを見られたみたい」

 そう答えるとエーリックはため息をついた。

「それはまずいな」

「……来なければ良かったのかな」

 でもそうしたらあの子たちは助からなかったかもしれない。

 ぽん、と大きな手が頭に乗った。

「起きてしまったことは仕方がない。帰るぞ」

「うん」

 エーリックの転移魔法で私たちは家へと帰った。

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