16 話がしたくて
「そうか」
私が話し終えると、魔王さんが口を開いた。
「この十日ほど勇者たちによる被害の報告がないのは、その話と関係があるのかもしれないな」
「ええ」
隣でブラウさんがうなずいた。
エーリックを含めた私たち四人は、魔物たちが温泉を楽しんでいる側に作った東屋でお茶を飲んでいた。
土魔法で石のテーブルとイスを作り、屋根はエーリックが作ってくれた。
東屋の近くには小さな石を置いたお墓がある。七日ほど前、勇者の仲間に殺されてしまったウサギちゃんのお墓だ。
「それでヒナノ、身体はもういいのか」
そのお墓に視線を送った魔王さんが尋ねた。
「はい、大丈夫です。……心配してくださってありがとうございます」
リンちゃんたちが現れた日。
泣きながらウサギちゃんを埋めたあと、私は家に帰ってすぐ寝込んでしまった。
次の日も起き上がれなくて、エーリックが色々とお世話してくれるのをうれしいと思いつつ起きなくちゃと思ったのだけれど、どうしても身体が動かなかった。
ぼんやりしながら、こんなにウサギちゃんが殺されてしまったのがショックだったのかと思い、そういえば小学生の時にペットの犬が死んだ時も、立ち直れなくて一週間くらい学校を休んだことを思い出した。
その翌日は、ベッドからは起き上がれたけれど温泉に行く気力が起きなくて、家に引きこもっているとアルバンさんが訪ねてきた。
空っぽの温泉を魔物たちが囲んでいたと聞いて、慌ててソファから立ち上がろうとしたら立ちくらみを起こしてしまった。
「一昨日からろくに食べていないだろう」
抱き止めたエーリックがため息をつきながら言った。
「まずは嬢ちゃんが元気にならないとな。飯食って温泉でも入ったらどうだ」
魔物たちには言っておくよと言い残してアルバンさんは帰っていった。
エーリックが作ったパン粥を食べて、ようやく動けるようになったので外へ出ると家の脇にある露天風呂にお湯を張った。
温泉は温かくて気持ち良くて、身体が温まっていきながら重くなった心も軽くなっていくのを感じた。
次の日、三日ぶりに温泉へ行くと魔物たちが待ちかねた様子で駆け寄ってきた。
「みんなごめんね、待ってたの」
急いで源泉を入れて魔法をかけて、よく湯もみして温度を下げる。
「もういいよ」
そう声をかけるやいなや、魔物たちは我先にと入っていった。
「……本当に、みんな好きなんだから」
温泉に浸かって幸せそうな顔でホワホワしている彼らを眺めていると笑みがもれた。
そうして三日間。
心が完全に晴れたわけではないけれど、入れ代わり立ち代わりやってくる魔物の相手をしているうちに、ようやく日常に戻ってこれた気がしている。
「しかし、この場所を勇者に知られたのは厄介だな」
魔王さんが言った。
「ええ、魔物と親しい人間がいるということを知って、人間側がどう動くか……」
ブラウさんが言葉を続ける。
(え、厄介って?)
隣のエーリックを見ると眉根を寄せていた。
「勇者たちにこの場所を知られてしまった以上、また来るかもしれない」
「この地から離れたほうがいいだろうな」
ブラウさんが言った。
「えっ」
離れるって……。
「温泉は……ここに来る魔物たちは?」
今も皆、うれしそうに入っているのに。
「他に湯が湧く泉がある場所はないのか」
魔王さんがブラウさんに尋ねた。
「あればそこへ移動すればいい」
「アルバンたちに探させましょう」
「ああ。見つかるまで、この山に隠れ家を用意しておいたほうがいいかもしれないな」
「え、あの。移動するとか隠れ家とか……そんな大げさな」
「大げさじゃない」
エーリックが私の手を握りしめた。
「ヒナノは人間だから、彼らの怖さを知らないだろう」
「怖さって」
それは、確かに集団で来られたりしたら危険だろうけど。
「でも……」
そんなことはないと言いかけると、不意にブラウさんが立ち上がった。
その赤い瞳が鋭くなる。
「早速来たか」
「人間か? 一人のようだが」
魔王さんが言った。
「え? 来たって……?」
「ヒナノ」
エーリックも立ち上がると私の手を取って立ち上がらせた。
「ここから離れよう」
「え、でも」
その時ガサリと音がすると、木々の間から金髪の、見覚えのある顔が見えた。
(この人……勇者だ)
それは確かにロイドだった。
ロイドは私の顔を見て一瞬ホッとした顔を見せたが、すぐ視線を魔王さんとブラウさんへ送り、その身体をこわばらせた。
「何をしに来た」
威嚇するように鋭い声でエーリックが言った。
「……ヒナノさんと、話がしたくて……」
一瞬視線を泳がせてロイドはそう答えた。
「私? リンちゃんは?」
「近くの教会にいます」
「ヒナノ。この者は知り合いか?」
「知り合いというか……ええと、この人が勇者です」
ブラウさんに聞かれ、一瞬迷ったが正直に答えた。
「ほう、その者が」
魔王さんがロイドを見据えた。
「その勇者が、ヒナノになんの用だ」
「……その」
「我らがいては話せぬか」
ロイドは魔王さんと面識がないはずだけれど、赤い目とその外見で魔物、しかもかなり強い相手であることは気づいたのだろう。その青い目に警戒する色が浮かんでいる。
「……とりあえず、お茶でもどうぞ」
私はテーブルの空いている場所を示した。
「あの……あれは」
恐る恐る東屋へと近づいてきたロイドが視線を送ったその先には、こちらの様子を気にしながらも温泉に浸かる魔物たちがいた。
「あれは温泉よ」
「オンセン?」
「魔物の傷を癒やすの。あなたの剣で負った傷にも効果があるわ。……死んでしまったら無理だけど」
ハッとしたようにロイドは自分の腰に下げた剣へ視線を落とし、それから私を見ると頭を下げた。
「この間はすみませんでした!」
「……どうして謝るの?」
これまで何体もの魔物を討伐してきただろうに。
「……リンが、すごく怒っていて」
「リンちゃんが?」
「あいつ、元々乗り気じゃなかったところに、ヒナノさんに攻撃しようとしたり泣かせたりしたことを激怒してて。許してもらうまでは聖女をやめるって」
それって、つまり……。
「そうなの。じゃあ一生許さない」
「え」
「私が許さなければリンちゃんは討伐に行かないんでしょう」
聖女がいなければ魔物討伐は難しいのよね。
「でも」
「たとえば人里に現れて、畑を荒らされたから魔物を駆除するというのなら仕方がないと思うわ」
誰だって自分たちの生活を守る必要があるもの。
「でもあなたたちは、人間のいない山奥までやってきて見境なく一方的に魔物を襲うんでしょ。そんなの許せるわけないじゃない」
「……ヒナノさんは、魔物の味方なんですか」
「そうよ」
私は魔王さんたちを見た。
勇者たちの一番の目標は魔王さんだけれど、人間の私の様子を気にかけて、わざわざ来てくれるような優しいひとなのに。
ブラウさんやアルバンさん、それにこの温泉に来る魔物たち。
そして半分魔物のエーリック。
私にとっては――正直、人間よりも大切な存在だ。
「どうして……」
「そういうあなたはどうして魔物を討伐しているの?」
そう尋ねると、ロイドは一瞬目を丸くした。
「どうしてって……僕は、勇者の剣を扱えるから」
「勇者だからって、何の罪もない魔物を殺していいの?」
「……それは」
「魔物から見ればあなたたちのほうがよっぽど乱暴で脅威だわ」
「それは……」
「何もしていない魔物と、それを襲うあなたたちと。どっちが悪者なの?」
「……それ、は」
「ヒナノ」
魔王さんの声が聞こえた。
「我らをかばってくれるのはうれしいが、そんなに彼を責めても仕方ないだろう」
ぽん、と頭に大きな手が乗った。
「彼だって言われるままに勇者としての務めを果たしてきたのだろうから」
「魔王さん……」
「――魔王?」
ロイドが聞き返した。
「え、まさか……」
「ああ、名乗っていなかったな」
ロイドを見ると魔王さんはにやりとした笑みを浮かべた。
「私が、君たちが狙っている、魔物を統べる魔王だ」
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