15 許さない

 木々を抜けて開けた先には、魔物たちは逃げ出したのか、空っぽになった温泉と二人の青年がいた。

 一人は長い剣を持ち、もう一人は魔術師が着るローブをまとっている。


「ロイドー遅いぞ」

「逃げられちゃったじゃん」

「ちょっと、だからどうしてすぐ攻撃するの!」

 後ろからリンちゃんの声が聞こえた。

「そんなちっちゃいの倒したってしょうがないしかわいそうでしょ!」

「かわいそうって、魔物だぜ」

(ちっちゃい……?)

 彼らの足元に横たわっているのは、黒い毛で耳の長い……。


「ウサギちゃん!?」

 駆け寄るとぐったりとして動かない黒い身体を抱き上げた。


「え、何この子」

「ウサギちゃん! ウサギちゃん!」

 揺らしてもピクリとも動かない。

(そうだ温泉……!)

 ウサギを抱えて温泉まで走ってその中に入れる。

 けれどウサギの身体は光ることも、動くこともなかった。

「……なんで……」

 どうして回復しないの?

 ――まさか……。

「彼女何してんの?」

「死んだ魔物を泉なんかにつけて」

 能天気そうな声が聞こえて――プツン、と何かが切れる感覚を覚えた。


「……許さない」

 ウサギを温泉から抱き上げると振り返る。

 バシャン! と激しい音を立てて大きな水の玉を彼らの頭に落とした。


「うぷっ」

「くっ……魔法か!?」

 水浸しになって慌てている彼らに、今度は源泉の熱湯を落とす。

「いっ」

「熱っ!」

 二人の青年は苦しそうに地面に転がってもがいた。


「熱い?」

 私は二人に歩み寄った。

「じゃあ冷ましてあげる」

 もう一度大量の水を二人に浴びせた。

「げほっ」

「う……」

「苦しい? この子はもっと苦しかったよ」

 身もだえる二人を見下ろして、それから腕の中のウサギを見る。

「とっても可愛くていい子なのに。どうしてこんなことしたの」

「……かわいい……?」

「魔物だぞ……」

「ここにいる魔物はみんないい子なの。ちゃんと私の言うこと聞くし、誰もケンカしたり攻撃なんてしない。見境なく魔物を攻撃するあんたたちなんかより、ずっといい子なの」


「こいつ……」

 青年の一人が震えながら手をこちらへ向けると、その手のひらが光った。

「やめろアドルフ!」

「ヒナノさん!」

 後ろからリンちゃんとロイドの声が聞こえる。

『サン……』

 青年が魔法を放とうとするより前に、私は彼ともう一人に魔法をかけた。


「ぐ……手が……動かない……!?」

 魔術師らしき青年が目を見開き、自分の腕を見た。

「……なに、を……」

「手が動かなかったら攻撃出来ないでしょ」

 魔術師は攻撃魔法を使うのに杖や手から魔力を放出することが多い。だから手を動けなくすれば攻撃できないのだ。

 ちなみにこれは土魔法の応用だ。

 攻撃ではなく、相手の動きを止めるような魔法を知りたいとエーリックに言ったら考えてくれた。

 私は土を石のように固くしたり、逆に粉々にしたりすることができる。「だったらその感覚で筋肉を石みたいに固くできるだろ」とエーリックに言われて練習したのだ。

 ただし、土とは違って効果は一時的なので、しばらくすると戻ってしまうけれど。


「魔法……? ばかな、無詠唱で……」

「呪文なんか唱えなくても魔法は使えるよ」

 どうしてかは知らないけど。

 教会にいた魔術師は魔法を発動するのに呪文を唱えているけれど、エーリックはそんなことをしていないのを不思議に思い、聞いてみたら「物心ついた時から呪文なんか使わず魔法を使っていたからそういうものだと思っていた」と言われた。

「呪文なんか使わなくても魔法は使えるだろ」と、当然のように言うので、ためしに唱えずにやってみたら私もできたのだ。


「ヒナノさん魔法使えるの!?」

 リンちゃんが駆け寄ってきた。

「すごいじゃないですか!」

「あ、うん……使えるみたい」

「くそ、動かねえ」

「リン……助けろ」

「えー、ヤダ。ヒナノさん怒らせたあんたたちが悪いんじゃん」

 リンちゃんが二人に近づくと腰に手を当てながら見下ろした。

「いつも温厚なヒナノさんが怒るのって、相当ヤバいんだからね」

 そう言ってリンちゃんがこちらを振り返った。


「ヒナノさん……ごめんね」

 私の腕の中を見ながらリンちゃんは言った。

「……うん」

(ウサギちゃん……)

 涙がじわりとにじんできた。

「くっそ……」

 魔法の効果が切れたのか、剣士らしき人がのろのろと起き上がった。

「魔物なんか……討伐するもんだろ」

「……悪いことしていないのに?」

「放っておけばそのうち人間を襲うだろ」

「襲わないよ。もしも襲うときは、他の動物や人間と同じ、身の危険を感じたときだから」

 身を守るためならば仕方ないと思う。でも。

「こんな、人間のこない山奥まできて、なにもしていない魔物をいきなり襲うあんたたちのほうがよっぽど悪い存在だわ」


「何だと……」

 魔術師が立ち上がった。

「……アドルフ。彼女の言う通りかもしれない」

 ロイドが仲間へと歩み寄った。

「一旦引き上げよう」

「は? ふざけるな馬鹿にしやがって」

 魔術師は私をにらみつけた。

「この女……『サンダー』!」

(しまった)

 先に魔法を放たれてしまった。

「ヒナノさん!」

 雷がこちらへ向かってきたと思った瞬間、その雷は目の前でかき消えた。


「ヒナノ!」

 覚えのある腕に背後から抱きしめられた。

「……エーリック」

 今日は町に買い出しに行っているはずなのに。

「町で、勇者一行が昨日からこの山に来ていると聞いた」

 私を抱えながらエーリックはそう言って前方の四人を見た。

「こいつらか」

「……うん……ウサギちゃんが……」

「ウサギ?」

 エーリックは私の腕の中を見ると、再び顔を前へ向けた。

「男が増えたぞ」

「こいつも魔術師か」

 一人が腰の剣に手をかけた。

「お前ら! 相手は人間だぞ」

 ロイドが私たちの前に立ち塞がった。

「ヒナノさんに剣向けるなんて最低」

 リンちゃんの低い声も聞こえる。


「――消えろ」

 エーリックの言葉と同時に四人の身体が光に包まれ、そして光と共に消えた。



「あいつらは山の外へ追い出した」

 エーリックが私の顔をのぞき込んだ。

「大丈夫か」

「……ウサギちゃんが……なにも悪くないのに……」

 エーリックの姿を見てホッとしたせいか、ふいに目の前がにじんで何も見えなくなった。

「――埋めてやろう」

 頭をなでる大きな手の温かさが心地よかった。

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