11 親子なんだから

「ただいまー」

 今日も温泉は盛況だった。よく働きましたよ。


「なんで誰もいないのに『ただいま』なんだ?」

 後ろから家に入ってきたエーリックが尋ねた。

「え、なんでだろ。クセ?」

 そういえば。特に気にしたことなかったけど、東京で一人暮らししていた時も言っていたかも。

「ずっとそう言ってたから、習慣かな」

「ふうん」

「夕飯はキノコ汁にしようか。干したのが出来上がってるだろうから取りに行ってくるね」

「その前に」

 また外に出ようとした私の腕をつかむと、エーリックはそのまま自分へと引き寄せて私の唇にキスをした。


「……またすぐ……」

「外でするなっていうから。我慢してたんだ」

 抗議しようとするとそう言い返されて、またキスをされた。


 三日前、アルバンという人間に似た魔物に会ったあと、唇にキスをされて以来。エーリックはことあるごとに私にキスをしてくるようになった。

 魔物がいる前でもしようとするので、恥ずかしいから外では絶対にやらないで欲しいと訴えた。

 エーリックは納得してはいないようだったけれど、家の外ではしない代わりに家の中だとこうやってすぐキスしてくるのだ。

 キスだけでなく、それ以上したがっているのを感じるし、あの夜も危うかったけれど。まだ貞操は守られている。


「……キノコ取りに行くから」

 ひとしきりキスされて、ようやく唇が離れたので身体を離そうとすると、また抱き寄せられた。

「もう」

「誰か来る」

 鋭い声に身体が強張った。


「誰かって……?」

「――二本足だな。二人いる」

「それって……三日前の赤いひと?」

 でも二人って?

 ドン、ドン、とドアをたたく音が聞こえた。

「おーい、俺だ。アルバンだ」

 ドアの外から野太い声が聞こえた。


「やっぱり赤いひとだ」

「……本当に来たのか」

 エーリックはため息をついた。

「居留守を使うか」

「……無理じゃないかな、灯りついてるし」

 それにエーリックが気配に気づいたように、外のアルバンさんも私たちに気づいているだろう。

 また深くため息をつくと、エーリックはドアへと向かった。

「こんな時間に……」

 ドアを開いたエーリックの動きが止まった。


「……エーリック?」

 固まったままのエーリックの背中から顔を出した。

 そこにはアルバンさんの他にもうひとりの男性が立っていた。

 五十歳くらいに見える、赤い目に銀色の髪で、シュッとした背の高いひとだ。

(え……このひと……)

「どうだブラウ、そっくりだろ」

 アルバンさんが銀髪のひとに声をかけた。

「お前の息子か?」

「――そうかもしれないな」

 エーリックを見つめて、ブラウと呼ばれたひとはそう答えた。

(このひとがエーリックのお父さん……?)

 ええ、顔がそっくり!


「我々は魔王に仕えている」

 家の中に入ってテーブルに座ってもらうと、ブラウさんが切り出した。

「最近、『勇者』と名乗る者たちによる襲撃が増え困っていた。その勇者の持つ剣というのが厄介で、切られた傷が塞がらないのだ」

「傷が塞がらない……」

「どうやら勇者と聖女なる者の魔力によるものらしいということまでは分かった」

 リンちゃんの!?


「あの……『襲撃』というのは、向こうから攻撃してくるということですか」

「ああ。人間はなぜか我らを目の敵にしているからな」

 ブラウさんはため息をついた。……その仕草はエーリックにそっくりだ。

「で、俺も三日前に遭遇して襲われたんだが。嬢ちゃんの泉で助かったというわけだ」

 アルバンさんが言葉を継いだ。

「人間なのに魔物の傷を癒やす嬢ちゃんと、ブラウにそっくりな半魔の兄ちゃんのことを魔王に報告して。で、今日は色々と聞きたくて来たんだ」

「聞きたいことですか?」

「我ら魔物に回復魔法は効かない。それなのに君は魔法で魔物を回復させることができる。異世界から召喚されたと聞いたが、詳しく教えて欲しい」

 ブラウさんが言った。


 私はふたりに、リンちゃんと一緒にこの世界に召喚されてからこれまでのことを説明した。

 エーリックが百年間呪いをかけられていたという話の時は、ブラウさんが苦しそうな表情で聞いていた。


「なるほど」

 話が終わるとブラウさんは口を開いた。

「わざわざ俺らを倒すために異世界から嬢ちゃんらを召喚するとはな」

 アルバンさんがあきれたように言った。

「あの……どうして人間って、魔物を倒したがっているんですか」

 疑問だったことを聞いてみた。

 中には危険なのもいるかもしれないけれど、温泉にくる魔物たちは皆大人しくて良い子ばかりだ。


「それはこちらが聞きたいくらいだ」

 ブラウさんはため息をついた。

「我らは人間とは住む領域が異なるし、人間に対して敵対しようと思ったことはない」

「そうなんですね……」

 私たちを召喚した大司祭は、人間と魔物との間で争いが絶えないと言っていたけど。認識や価値観の違いってやつなのかな。

「話し合いはできないんですか」

「無理だな、あいつら聞く耳も持たないしこっちを見るなり攻撃してきやがる」

 アルバンさんが答えた。

 うーん。そういう不毛な争いは避けられたらいいんだけど……みんなが仲良くするにはどうしたらいいのかな。


「現状は把握した」

 ブラウさんは立ち上がった。

「君の力については考察が必要だが、できれば今後も魔物の傷を治してやってほしい」

「あ、はい」

 それは、もちろんそのつもりだ。私はうなずいた。

「帰るぞアルバン」

「は? もう帰るのか」

 アルバンさんは驚いたように声を上げた。

「なんだ」

「そこにいる息子と全然話してないだろ。いいのか?」


「……なにを話せと」

 ブラウさんは困ったように少し眉根を寄せてエーリックを見た。

「自分に子供がいたことすら知らなかったのだ」

 え、そうなの?

「でもなんかあるだろ、親子なんだから」

「なにもない」

 ブラウさんの言葉にエーリックもうなずいた。

「薄情だな」

「初対面だぞ?」

「初対面でも息子だろ」

 ……やっぱり気まずいのかな。エーリックもずっと緊張したような顔のままだ。

 でもせっかく会えたんだから、お話ししていって欲しいよね……。

(あ、そうだ)


「だったら二人で温泉に入りましょう」

「温泉?」

「ヒナノ……」

「親子水入らずっていうやつです」

 一緒に入ればきっと打ち解けると思うの!

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