司祭長猊下の輝かしき勝利
ただのネコ
第1話 街に現れる魔物?
ちりん、と鈴の音がした。
人々の視線が集まる壇上に登ってきたのは、白い骸骨。
しかし若い女神官が怯えることなく歩み寄って、握った棒を骸骨に向ける。
「おおっ、白いですね、ホネホネですねー。これは、何の仮装かな?」
「スケルトンです!」
元気のいい子供の声が返事をする。
よくよく見れば、黒い布に白い塗料で骸骨の絵が描かれていて、それを子供が被っているのだ。
本当ならば虚ろなはずの眼窩の奥に、とび色の瞳がきらめいている。
「スケルトンは、死者の骨が異端の魔法で動いている魔物です。一体だとそんなに強くないけど、たくさん現れると大変だし、近くにスケルトンを作った異端者がいるかもしれません。油断のできない魔物なんですよぉ。
じゃあ、ティム君に拍手を!」
解説を終えた女神官に促され、観衆たちは壇上の少年に拍手を送る。ひときわ激しく手を叩いているのは画家のマーチン、ティムの父親であった。
骸骨の絵を描いたのも彼なんだろうな、と考えながらミエラはジョッキのエールを口に含む。隣の連れ合いにも目で勧めてみるが、それよりも、と壇上を指さされた。
もう一度鈴の音が鳴って、新たな参加者が壇上に上がる。
現れたのは、赤いワンピースの少女だった。
フリルのたっぷりついたそのワンピースは彼女のお気に入り。それを着ているときの彼女はいつもの五割増しでかわいい事をミエラはよく知っていた。だって、自分で生んだ娘なんだから。
「んー、あれ? かわいい格好だけど、何の仮装かなぁ?」
「これを広げて見せてください」
少女は丸めた布を渡す。
それを広げた瞬間、女神官の顔に理解の色が浮かんだ。
濃紺の布の中央に、丸くて黄色いフェルトが縫い付けられている。
布を向けられると、少女の柔らかな金髪をかき分けてピンと尖った耳が突き出てきた。
「がおー、食べちゃうぞぉ」
そう言って、少女はくるりと回って見せる。スカートといっしょに、ふわふわの尻尾が風になびく。
「うわぁ、びっくり! 人狼の仮装だったんですね。よく出来てるー」
女神官の手が、オオカミの耳に伸びる。
撫でるのを我慢出来なかったようだ。
隣で、連れ合いが小さくこぶしを握るのが見えた。司会の反応を見ても、この仮装大会の優勝はもらったようなもの。
「人狼は、普段は人間と同じ格好だけど、オオカミに変身できる魔物です。彼らだけの異端の邪神を信仰していて、その力が強くなる満月の夜にはどうしても変身してしまうのだと言われてますね」
撫でながらも、ちゃんと解説はする女神官。ミエラは心の中で彼女の評価を一段上げた。
(異端審問官にも、あんな子がいるのね)
ほがらかな声でそつなく司会をこなす彼女の姿から、『泣く子も黙って見ないフリ』と恐れられ、敬遠される異端審問官としての活躍を想像できる観客はいないだろう。
ミエラの部下の神官たちより、よほど人と話すのに慣れている。
(上司はあんなに尊大で堅物なのに)
舞台を降りる娘の背を見送りながら、ミエラは数日前の事を思い起こしていた。
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