第30話 サクソン王国の憂鬱
サクソン王国バッキンガム宮殿――その地下百メートルに位置するに救国会議、通称円卓の騎士(ナイトオブラウンズ)が顔を揃えていた。
「こうして全員が顔を揃えるのはいつぶりのことか」
「以前のバハムート休眠期以来ですから――およそ一年ぶりかと」
「それにしても――――対竜人類軍事同盟(ADMA)の情報は本当なのか?」
「まあ、そんな急ぐ出ない。我らはいつも優雅で格調高くあらねばならぬ」
護国卿フィリップスの言葉に、静かな苦笑が広がる。
いかに紳士の国とはいえ、今なお人生の大半を完全にそうあろうと費やしているのは、このフィリップスくらいなものであろう。
「大西洋はリヴァイアサンが休眠しているとはいえ、いまだ落ちつきを見せぬ。太平洋は忌々しいことだが、あの東洋の日出づる国の庭同然だ」
「地中海のバハムートにいたってはいまだ活動中の有様」
「その東洋の盟邦で、竜を単独で撃破する勇者が現れたという。三年前に失われた対竜神具とともに」
「竜の遺体は隠密裏にヒノモト帝国の横須賀軍港に運び込まれたのは、すでに諜報部(SIS)が確認しているから間違いない」
かつて七つの海を制覇したとすら言われるサクソン王国――その軍事力もさることながら、彼らの大きなバックボーンとなったのが情報組織の存在だ。
「ほう、女王陛下の下僕たちは健在なり、か」
諜報員(スパイ)と呼ばれる人間が、世界中あらゆるところに浸透しアンテナとなる。
この情報収集力の高さこそがサクソン王国の外交力を支えてきた。
力任せで野蛮なヴァージニア共和国とは格が違う、と彼らはかつての栄光を失った今もそう確信していた。
「その勇者は少年である、というが…………」
「帝国軍部の重鎮、鬼山弥助十四歳。身内に陥れられてダンプ諸島で逼塞していたらしい。南洋竜バルブーエが活動期に入ったために幼竜が偶然襲いかかってきたのを撃退した、と」
「なんとまるで寓話の勇者そのままだな」
「どの世界であっても、神は勇者に試練を与えるのが趣味なのだろうさ」
キリストがゴルゴダで磔にされたように、神は往々にして愛する者にこそ試練や贄を求めるものだ。
アーサー王だって本当は何事もなく平和に暮らしたいと想ったろう。
妻に浮気され、息子に反逆され、全てを奪われて戦死する人生など誰が歩みたいと思うだろうか。
しかし勇者に平凡な人生は許されない。
それは本人の望むと望まざるとに関わらずである。
「勇者の登場は必ずやそこに好敵手や友、支援者たちを産みだしていく。いつだって神が紡ぐ物語とはそういうものだ」
「なるほど、勇者のパーティーがヒノモトに独占されるのは、我が国にとって得策ではありませんな」
「竜のいない世界においても、我がサクソン王国は名誉ある地位を占めなくてはならぬ。要するにこれ以上の遅れをとることは認められないということだ」
そういうと護国卿の議長を務めるマールバラ公アルフレッドは、同じ護国卿であるサザーランド伯モースへと視線を向けた。
「竜の因子計画はどうなっている?」
「因子そのものはすでに何人かの適合者を出しております。しかし因子を制御することは非常に困難であり、素質と訓練が高い次元で成立しなければ使い物になりません」
「そんなことはここにいる誰もが承知している」
欧州に冠たるオカルト帝国、サクソン王国には伝説の英雄アーサー王がおり、その彼は竜の因子を所有していたとされる。
その数少ない血統を探し出し、竜因子の活性化を促す人造英雄ペンドラゴン計画――モースこそはその責任者であった。
「エクスカリバー無き今、竜因子の活性化は別の手段を取らざるを得ません。本人の資質に頼る部分が大きすぎるのです。ゆえにこそ――――」
モースはわざとらしい咳払いとともに、愉快そうな笑みを浮かべた。
「ヒノモトの勇者、鬼山弥助が覚醒するきっかけとなった対竜神具、女郎兼光――ヒノモトにしか存在しないと言われる鍛冶師と神具の協力があれば、打開も可能ではないかと期待しております」
「我が国にヒノモト帝国へ借りを作れと?」
「この程度の借りなど、我が国は幾度も踏み倒してきたではありませんか! いや、行儀の悪い言葉でございました。そうですな、人造英雄、アイリスであればいくばくかなりと借りを返せましょう」
「口惜しいことだな。エクスカリバーありせば極東の小国などに大きな顔はさせぬものを……」
円卓の護国卿は苦々し気な表情を隠さない。
第二次世界大戦においてサクソン王国は東アジアに所有していた植民地のほとんどを失ってしまっていた。
その元凶こそがヒノモト帝国であり、サクソン王国が世界に誇ったキングジョージ5世級戦艦すら撃沈されてしまった。
これほどサクソン王国のプライドを傷つけた国家は、サクソン王国の長い歴史のなかでも皆無と言えるのではあるまいか。
こうして顔をつきあわせてはいるが、みな本心は竜討伐の主導権をヒノモトに渡したくなくて仕方がないのである。
だが、人類にとって竜の討伐こそ最優先であるという理性もまた厳として存在するところが、サクソン王国たるゆえんでもあった。
「結局、人造英雄で戦闘の用に耐えうるのはアイリスだけか」
「サポートであればエマやシャーロットも力になりうるでしょうが、戦闘ということになればそのとおりかと」
「それにしても、なぜ竜因子の適合者が女性ばかりなのか、原因は究明できたのか?」
「それが皆目! 最近ではラボのメンバーが実はアーサー王は女性であったのではないか、と言い出す始末です」
「くだらん! アーサー王もクー・フーリンも歴とした男性だ。そうした倒錯した思考は新大陸風の悪しき思考だよ」
吐き捨てるようにそう言うと、アルフレッドは玉座で耳を傾けていた女王陛下に静かに首をたれた。
「我らが尊き女王陛下、アイリス・サマーセットを極東に派遣する件につきご裁可を賜りたく存じます」
「北海防衛はいかがするつもりか?」
「新型の結界装置を増強すれば、上位竜の直接襲撃でもないかぎりは問題はないものと」
「ならばよし」
サクソン王国にとって、海上交通路の確保もさることながら、北海油田の防衛は国家戦略のうえで欠かせない。
幸い魔術結社黄金の夜明け団(ゴルデンドーン)や薔薇十字団(ローゼンクロイツ)の協力を得て、銃弾や砲弾に対霊(アンチアストラル)的な攻撃力を付加した礼装火器ではサクソン王国が世界の最先端を走っている。
しかし礼装火器はリヴァイアサンやヒュドラのような四大竜王どころか、世界に十二頭確認されている上位竜にすら通用しないのが現実だ。
そうした意味で、この世界を竜から取り戻すためには、ごく少数の英雄的能力者と武装に頼らざるを得ないという認識で円卓は一致している。
ならば極東にサクソン王国の切り札のひとつでもある、アイリスを派遣することも人類のために許容されるであろう。
「では四月に降った雨が五月に花を咲かせることを祈りましょう」
「女王陛下の御意のままに」
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