第28話 奥の手《増強》

「くらえ――《風牙》!」


 僕は大鎌を振るい、風系魔法を撃ち放つ。

 飛燕の刃が宙に浮く死霊女王ネクロクィーンイリスを襲う。


『《絶影》』


 籠るような声で、イリスは呟いた。

 刹那。後から闇が渦を巻き、骸骨の体を覆い一瞬で飲み込んで消滅した。


 消えた? そう思った瞬間、イリスは僕の背後に姿を現した。

 闇系の転移魔法だ。

 しかも無詠唱、いや《速唱》スキルで呪文の詠唱をカットしている。


「くっ!」


 僕は『三日月の死神大鎌クレセント・デスサイズ』を横薙ぎに振るい回転させる。

 背後に浮遊するイリスに斬撃を仕掛けるも、レベル差から見切られてしまい寸前で後方へと躱されてしまう。


「だが想定内、これは躱せるか!」


 横薙ぎで大鎌を振るったと同時に、《予見眼》で先を見据えていた僕はホルスターから愛銃リベリオンを抜き銃口を向けていた。

 そのままトリガーを絞る。

 轟音と共に放たれた銃弾は見事に、イリスの胸部へと命中するがボロボロの魔道衣に風穴を開けただけで擦り抜けてしまった。


「クソッ! 肉体のないスカスカの骸骨だから命中しづらい……頭部を狙うしかないか!?」


 せっかく不意をつけたのに狙いを誤ってしまった。

 だが次こそヒットさせてやる。

 そう再び銃口を頭部へと向けた時――。


『《闇波動》』


 イリスの体から闇の瘴気が溢れだし、僕に纏わりつくように覆ってきた。

 《魔力眼》で感知すると、この瘴気の正体は《闇の波動》というスキルらしい。

 万一吸い込んでしまったら錯乱状態になり、攻撃力と防御力が-100減少してしまう恐ろしい効果がある。


 だが僕は微生物すら遮断する『黒死鳥の仮面ペスト・マスク』を被っているので、その手の攻撃は一切通じない。


「生憎だな――うっ、マズイ!」


 僕は《予見眼》で咄嗟に見えていた。

 それはイリスが次なる行動を取ろうとしている光景である。


 実際に骨の掌がこちらに向けられ、小さな光を宿した球体を発射していた。

 まるでシャボン玉のように、ふわふわと僕の目の前に迫るそれ・ ・は突如弾け眩い閃光を放ったのだ。


『《白夜》』


 イリスが吐いた台詞と共に、僕の視界が真っ白となり奪われた。

 この状態で攻撃されるのは危険すぎる。


「《神速》ッ!」


 僕は高速に動き回り、視力が回復するまで捉えられないようにした。

 イリスは魔力や魔法系こそ圧倒的で脅威だが、幸い他の能力はそれほど高くはない。

 無詠唱だろうと放射系の魔法で僕を狙い撃つのは不可能だ。


『《雷陣》』


 イリスは雷系魔法を発動する。

 周辺の石床を放電させた、雷の領域フィールドを造り出した。

 ネムの《雷網》と酷似した魔法のようだ。


「ぐぬぅぅぅ!」


 全身が電撃に襲われ痺れてしまった。足が止められ、その場で硬直してしまう。

 僕が身に纏っている衣装一式は対魔法防御機能が備わっており、僕自身の魔力防御値:1350と高く簡単に感電死することはない。

 しかしこのまま攻撃を受け続けるのは危険すぎる。


 それと不幸中の幸いか。

 電撃効果のおかげで、目が覚めて視界もばっちり良好になった。


「ライブ配信を盛り上げるためとはいえ、少し遊び過ぎた――これで終わりにする、《増強》ッ!」


 僕は奥の手を発動する。

 《増強》スキル効果で30秒間、全能力値アビリティが二倍となり1350から2700と爆上げした。

 それでも魔法戦ではイリスが圧倒するだろう。

 だがそれ以外の、特に近距離戦闘では僕に分がある筈だ。


 今、それを証明してやる!


 能力値アビリティを上げることで電撃効果を弱めた。

 さらに《治癒》スキルで受けたダメージを完全に回復させる。

 

「今度は僕のターンだ――《竜巻》!」


 大鎌を回転させ、風系魔法の最上級である《竜巻》を放った。

 僕を中心に巨大な渦巻きが発生し、イリスごと飲み込んだ。


 激流に自由を奪われながら、死霊女王ネクロクィーンの骨に亀裂は入る。

しかし致命傷にはならない。

 奴は魔力防御もほぼカンストしているバケモノだ。


「まぁ、それも計算済み。既に勝利は見えている!」


 僕は自ら突風の中に入り、激流の波に委ねて体を上昇させた。

 突風の渦で身動きが取れずに漂う、イリスに近づく。


「これで終わりだ! 《会心撃》ッ!」


 任意でクリティカルヒットを発生させ、『三日月の死神大鎌クレセント・デスサイズ』で頭蓋骨から唐竹割に斬り裂いた。


 同時に《竜巻》効果が消え、僕は軽快に着地する。

対してイリスは縦に斬り裂かれたまま石床に叩きつけられた。

 落下の衝撃により、骨は砕かれバラバラに散らばる。


 一応、決着はついた状態であるが……。


 僕は骨の残骸に近づき、大鎌を肩に担いだ状態でしゃがみ「フン」と鼻を鳴らした。


「お前、死霊女王ネクロクィーンだけに《不死》や《蘇生》スキルとか持っていたよな? どうせ再生して復活するんだろ? しかし、月渚に食われたらどうだろうな? いくらなんでも無から《蘇生》スキルは使えないだろ?」


 このまま残骸を《収納》ボックスに保存させ、月渚に《捕食》させてやる。

 そうすれば、あの子のレベルアップと強化にも繋がるだろう。


『――お待ちください、勇者様』


 ん? どこからか女性の声が聞こえたぞ。

 聞き覚えのある声質だ……まさか。


「……イリス、お前なのか?」


『はい。そうです、勇者様』


「僕は勇者じゃない、そいつは別の奴だ。ただの配信者ライバーだ」


『ラ、配信者ライバー? 神々の代行者……まさか実在していたとは驚きです』


 こいつ配信者ライバーを知っているのか?

 やはりシャドロムと同様、魔王軍と何か関係しているようだ。

 少し危険だが情報を聞き出してみるか。


「お前、イリスって名前だっけ? 急に多弁になったよな? 大方、時間稼ぎか? だとしても完全に《蘇生》する前に、またブッ壊してやる。その後は問答無用で妹に《捕食》させてやるからな。それが嫌なら僕の問いに答えてもらうぞ」


『……構いませんが、些か誤解がございます。私が意志を持ち、こうして話せるようになったのは貴方様のおかげです』


「僕の?」


『はい……かれこれ500年以上になりましょうか。私は名のある魔法士であり、賢者セージとして生きておりました。とある日のこと、魔王軍の幹部『ジオス』と名乗る死霊魔術士ネクロマンサーに殺され、私の魂を骸ごと死霊女王ネクロクィーンとして封じられてしまったのです。その際に意識も封じられたのでしょう……ただ生ある者の魂を食らうだけのバケモノと成り果ててしまいました』


「僕が真っ二つにしたことで、封じられた意識が蘇ったとでも?」


『仰るとおりです。無論、貴方様との戦闘を含め死霊女王ネクロクィーンで活動していたおぞましい記憶は残っております……大変、申し訳ございませんでした』


「言い分と理由はわかった。しかし、そのまま鵜呑みにするにはお前は危険すぎる存在だ。これまで散々、迷惑をかけてきたダークエルフ達のためにも消滅してもらうぞ」


『……覚悟しております。ただ一つだけ願いを聞いて頂けないでしょうか?』


「願いだと、なんだ?」


『はい、ジオスを……あの者を必ずや葬ってくださいませ』


「魔王軍の幹部って奴だな? 僕に連中と対立しろと?」


『……ここにいる時点で、貴方様は既にジオスの敵として認知されています。いずれ向こうから接触してくるでしょう。その時は迷わず屠ってくださいませ』


「わかった。僕達の前に立ちはだかる敵であればそうしょう。それと一つ聞きたいことがある」


『なんでしょう?』


「妹の……月渚の《捕食》スキルを消去するか、あるいは封印する方法を知らないか?」


『《スキル消去》ですね。方法まではわかりませんが、可能とする賢者セージの存在なら知っています』


 なっ、マジか!?

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