第4話 無能者

「ま、魔法を極めたワシとて魔力値:2500じゃぞ? なんじゃ、この娘は!?」


 月渚のステータスを閲覧した賢者アナハールが吠える。

 確かに同じ賢者の来栖も、レベル1で魔力値:200だから驚く。

 同じレベル1にもかかわらず高位職を超える五桁越えしているとは。

 でも他の能力値は5~10と生徒達の平均よりちょっと下くらいだ。


「職業の『???』も気になりますが……まさか魔王」


 ミザリーが呟いた瞬間、周囲はざわっと妙な空気が流れる。

 はっと彼女は口元を押えた。


「い、いえ……失言でした申し訳ございません。そのような存在であれば、女神ミサエラがお導きになる筈がございません。月渚様、どうかお赦しを」


「え? あ、はい……お兄ちゃん」


 不安そうに僕を見つめてくる、月渚。

 僕は妹の手をぎゅっと握りしめた。


「大丈夫だ、月渚。ここの人達はいい人ばかりだし、僕と一緒に城で過ごせばいいよ」


「うん、そうだね……お兄ちゃんが傍に居てくれるなら、あたし怖くないよ」


 月渚はそう言いながら、ありったけの笑顔を見せてくれる。

 両親がいないだけに、相変わらずのお兄ちゃん大好きっ子だ。

 この優しくて可愛い妹を僕は絶対に守らなければならない。


 かくして召喚者全員のステータスと職業が判明した。

 ちなみに子猫のネムは対象外ということで儀式は施されなかった。


 けど待てよ?


「確か俺達って神様から恩寵ギフトを頂いているかもしれないんですよね? それってステータスのどこに表記されているんですか?」


 速水が疑問を投げかける。

 僕も同じことを考えていたので一緒に頷いた。


「本日はここまでだ。アナハールとて、これほどの人数に『覚醒の術式』を施せば疲れが生じてしまう。こやつの魔力が完全に回復するまで一週間は要するだろう。それまで勇者殿らは城に滞在し、各々の知識と技術を磨いてほしい。無論、専用の講師をつけ、客人として手厚くもてなすので安心してほしい」


 リヒド国王が説明してきた。

 そのアナハールは「すまんのぅ」と息を乱している。

 老体に鞭を打って、27名全員に対し魔法を施した影響と思われる。


 ということで、恩寵ギフトとやらが判明するのに一週間はかかってしまうようだ。

 それまで僕達は異世界の知識を学び、戦える者は基礎訓練を受けてほしいと言っている。


「俺はまだやるとは一言も言ってねーぜ」


 案の定、久賀くんは反発してきた。

 同じ不良仲間や一部の生徒達も「そーだ! なんで俺らがやらなきゃいけないんだ!」と猛抗議している。

 当然の意見だ。


「俺はやります。みんなと元の世界に戻るために」


 速水は挙手してアピールする。

 その姿に騎士達から、「おおっ、流石は勇者様だ」と感動する声が聞かれている。


「総司がやるなら、僕もやりますよ。親友としてね」


「うむ仕方ない。それしか道がないのなら突き進むしかないか」


「り、凛ちゃんがそう言うのなら、わたしも頑張ってみる」


 速水に続き、来栖と壬生屋さんと一ノ瀬さんがやる気を見せる。

 相変わらず眩しくてキラキラした人達だ。

 そんなカーストトップのリア充達に誘導される形で、無言だった滝上も「おっしゃ! 俺もやったるぞぉ!」とテンションを上げ、生徒会長の芝宮さんも「選択の余地はないようね」と意欲的な言動と共に眼鏡の位置を指先でくいっと直している


 こうして生徒達の間で、「やる派」「やらない派」の二つに分かれた。

 白石先生はずっと無言であり、不安そうに顔を背けている。


「へへへ、クロ助よぉ。配信者ライバーなんて、異世界で言えば無職と一緒じゃね? 糞ダッセーなぁ」


 三井は僕の背後に回り耳元で囁いてくる。

 こいつはムカつくことに魔法戦士マジックファイターという最上位職だ。


「ぎゃははは、まさにニート職! ぼっちにゃお似合いだよな?」


「クラスでも誰かに守られてばかりで何もできねぇ、無能のクズだからな!」


「やめたれ、暴露系みたいに動画にアップされちまうぞぉ! 配信する相手がいればの話だけどよぉ、ぶっはははは~!」


 仲間である佐渡、鶴屋、須田も僕をこき下ろし嘲笑う。

 悔しいけど何も言い返せない。

 奴らもまた上位職を得た連中ばかりだ。


 だからと言って、また久賀くんや一ノ瀬さんに助けてもらうのも何か違う。

 どんな形でもいい、僕は強くなりたい。


 ――大切な月渚を守れるお兄ちゃんでありたいんだ。


 ◇◇◇


 それから僕達の異世界ライフが始まった。


 やる派の速水達は、顔中に古傷が刻まれた騎士団長バルハルドの下で戦闘訓練を受けている。

 魔法がメインである職業の生徒達は、賢者アナハールとミザリー枢機卿から直接指導が行われていた。


 また、やらない派の久賀くん達も「暇すぎて草生える」という理由で訓練に参加している。特に久賀くんの類まれな喧嘩センスは異世界でも通じており、バルハルドから「騎士団に入ってほしい」と言わしめるほどだった。

 

 僕はというと王立図書館や書物庫に入り浸り、ひたすら異世界の知識を蓄えている。

 体力値は異常に高いので戦闘訓練に参加したかったけど、他の能力値が平均並みだが意味不明な職業ということもあり周囲についていけず、結局は戦力外扱いとなってしまった。

 かと言って魔力値:0なので魔法を学んでも意味がない。


「せめて配信者ライバーについて何かわかればいいんだけど……」


 あの宮廷魔法師であるアナハールでさえわからない職業だ。

 ここに偶然記されているとは思えない。


 三井じゃないけど、自分の無能さに涙が出てくる。

 なのでせめて一般教養くらいは身につけたく、こうして引き籠った生活を送っていた。

 幸い転移時に何か施されたのか、異世界の文字がスラスラと読める。


「お兄ちゃん、いるぅ?」


 誰もいない書物庫の入り口で、月渚がちょんと顔を覗かしている。

 黒い子猫ネムも一緒だ。


「ああ、いるけど……どうした?」


「うん。あのね、友達ができたから、お兄ちゃんに紹介したくて連れてきたの。今、いいかなぁ?」


 友達だって? この異世界で?

 僕は「別にいいよ。どうせすることないし」と返答をすると、月渚は「シアちゃん、おいでぇ」と声をかけていた。


(シアちゃん?)


 双眸を細めて首を傾げていると、その子は入ってきた。

 僕は「嘘ッ!?」と驚愕する。


「シ、シンシア王女!? どうしてお姫様がここに!?」


 そう、華やかなドレスを纏う正真正銘の王女様だ。

 狼狽する僕に、シンシアはスカートの裾を摘まみ丁寧なお辞儀をして見せた。


「こんにちは、ユヅキさん。貴方のお話は親友のルナからよく聞いておりますわ」


「し、親友? 妹が……いや、どういうこと?」


 なんでも二人は同い年ということもあり、遠くで互いを見つめ合っているうちに意気投合して仲良くなったとか。

 意味がわからないけど、インスピレーションという感じなのか?

 そういや、月渚って僕と違って友達作りが上手だったっけ。


「シアちゃんてお姫様でしょ? だから似たような年代のお友達がいないんだって、だからお兄ちゃんとも仲良くしてもらいたいの」


「うん、勿論いいよ。よろしくね、シンシア姫」


「シアでよろしいですわ。それではユヅキお兄様、今後ともよろしくお願いいたしますわ」


 お、お兄様!? やばい、思いっきり恥ずかしい響きなんですけど!


 けど良かったな。

 月渚も一時は魔王扱いされそうになったけど、こうして王女と仲良くなれば城から追い出されることはないだろう。


 この時、僕はそう安堵していた。


 月渚が得ていた恩寵ギフト、固有スキルが覚醒するまでは――。

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