第53話 リグド・テランの機人!
「今、何時だ……?」
ベッドを起き上がって、大きな欠伸をする。
どうやら、だいぶ寝過ごしてしまったようだ。
レトの奴、何やってるんだよ。
いつもは騒がしく、起こしてくるのに。
……って、そうだよな。レトはいないんだったな。
急いで着替えて、パンを頬張りながら、格納庫に向かう。
今日は、神聖レグナリア帝国の帝都に進軍予定だ。
おやっさんズが鹵獲してきたマグレイア機の改修をしてくれている。
出撃前に確認しなくちゃならなかったんだ。
「すいません、遅れました!」
「おうっ、さっさと乗りな」
昇降機に乗ってコックピットに入っていく。
ラヴェルサの因子を失った俺だけど、マグレイアの機人に乗れるだけの力は、なんとか残っていた。これから地下プラントに行くのに、流石に量産機だと心もとないから、ほっとした気分だ。
機人のチェックを終え、マグレイア機を見上げた。
俺にとって、七機目の機人だ。
この機人に乗って、これから戦っていくことになる。
当たり前のことだけど、誰の助けも借りることはできない。
今まで生き残れたのは、機人の性能のおかげだ。
それは間違いない。
未熟な腕だったけど、パワーと耐久力で勝ってきたんだ。
戦っていくうちに、技術と生き抜く術を身に着けた。
弱かったからこそ、仲間と協力することを覚えた。
俺が培ってきた全てを出して戦わなければ、生き残れないだろう。
決意を固めるを俺の前に、大きな男の人が寄ってきた。
「あなたはアスラレイドの……ドゥディクスさん」
「君は双星機の操者の、剣星だったか」
「元、ですけどね。それより、どうしてここへ? リグド・テランは今、大変なんでしょう?」
立て続けの政権交代は、混乱を呼ぶだろう。
それも外交方針を大幅に転換するのだから。
「そうだな。過激派を抑える必要があるし、兵を説得せねばならん。だが、それよりも大切なこともある。我々の仕事をそちらに押し付けてしまったからな。謝罪と説明の必要があると判断したのだ。キルレイドから聞いた。マグレイア達と戦ったせいで、地下プラントを破壊できなかったと」
「ええ、まあ」
リグド・テランの連中が来なければ、戦闘時間は大幅に短縮できたはずだ。
地下プラントを破壊するまで、双星機の力を維持できたかもしれない。
ドゥディクスさんの頭が大きく下げてきた。
「すまない。本来であれば、マグレイアは俺たちが相手をするはずだった。だが、タイミングが悪いことに、進軍号令が下されようとしていた。だから——」
「俺を餌にして、それを止めたんですね?」
ドゥディクスさんが頷く。
理由が分かれば、なんてこたない。
彼らにも事情があって、俺たちを裏切るつもりなんてなかった。
それが分かっただけで十分さ。
教会勢力と和平を結ぶためには、大規模な戦いは避けなければならない。
その思いは俺たちと同じだ。
「理解が早くて助かる。彼女は理知的な性格だが、弟に関しては別なようでな。我々としても、君の元に向かうかは賭けだったが、幸いにも、彼女は進軍を一旦中止してくれた。君はパートナーと離れることになって辛いだろうが……」
「いえ、大丈夫です。俺とレトも考えてたことなので。状況によっては、破壊できないかもしれないって。でも、世界を救うためには、アルフィナは絶対に助けなくてはいけない。だから今回のことは、予定とは違うけど想像外のことじゃない。それに俺は絶対にレトを助けるんで」
「そうか。詫び、というわけではないが、レディア・ソローは君に任せることにする。気兼ねすることなく、使ってくれ」
レディア・ソロー、ってのはマグレイア機のことだろう。
何故だか、しっくりくる。
俺は礼を言って、頭を下げた。
「我々の機人は、教会のモノと比べて一回り小さいだろう? それは機人に含まれる赤光晶が少ないからなんだ。ラヴェルサの因子に支配されないギリギリの量に調整することで、味方だと誤認識させているというわけだ。だが、ただ小さいだけの機人では教会に対抗できない。そのため、装甲を削って、機動性を高くしてるんだ」
だからリグド・テラン製は音がうるさかったんだな。つまり、あの装甲機人の内部にある人力モーターの数を増やして、機動力に極振りしてるのか。
「レディア・ソローは、その特徴が顕著だ。だが、君ならすぐに乗りこなせるようになるだろう」
「はい、ありがとうございました」
ドゥディクスさんは機人に乗って出て行った。
凄い大事な話だったな。
リグド・テランの機人は装甲が薄い。
その分、機動性は抜群だ。
それは俺自身が経験したから、よくわかる。
今まで通りに突っ込んでいったら、やばかったかもな。
はっきり断言してくれて良かった。
でも、ラヴェルサに味方と誤認させる方法って、他国に言ってもよかったのか?
いや、手段が分かっても、赤光晶をどれだけの量にすればいいか分からないし、ラヴェルサの因子が大量に手に入らなければ、国全体をラヴェルサと誤認させることはできないか。
そもそも、彼らはラヴェルサをつぶす覚悟を固めてるんだから、情報提供はその決意の表れなのかもしれない。
でも、なんとなくだけど、リグド・テランがこの作戦に協力的な理由が分かってきたぞ。やっぱり、彼らには切実な問題があったんだ。
彼らはラヴェルサに味方と誤認させるために、赤光晶の量を制限してると言っていた。それは機械に使える赤光晶の量に上限があるってことだ。装甲機人とか、小さな機械なら問題ないんだろうけど、大規模な発電所とかは造れないんじゃないか?
科学が進歩しても、工業化を進めるためには、やっぱり電力が必要だと思う。この世界で、石油とか石炭なんて見たことがないし、蒸気機関の存在も確認してない。もしかしたら、霧が届かない西のエリステルなんかは、俺たちの世界みたいな発展をしてるのかもしれないけど。
リグド・テランはラヴェルサと共存してるから、電力不足で工業化が遅れてしまう。周辺国家がどんどん発展するのを横目で見てるしかできなくなる。セイレーンたちはそれを危惧してるのだろう。
現状維持はリグド・テランにとって衰退の道なんだ。事情を知るものからすれば、クーデターは必然の結果。ラヴェルサと袂を分かつのは、国家存続を賭けた苦肉の策だ。一時的に混乱が起きたとしても、軍事力にアドバンテージが残っているうちに、変革しておこうってことだろう。
正直、その後のことについて、不安がないわけじゃない。
俺たちはこれから教会の不正を暴きに行く。
教会勢力の五か国がこれまで通りに、纏まるのか疑問だ。
元々、一国では国力に差があるのを、教会が纏めることで対抗してきたはずだ。
結束が失われれば、天秤は再びリグド・テランに傾くかもしれない。
セイレーンやドゥディクスが敵対しなくても、その後の指導者のことは分からない。
でも、それは今考えるべきことじゃない。
これから帝都に行って、多くの人々を救うことだけを考える。
「剣星さん、先に行ってますよ」
「おう、頼んだぜ」
神聖レグナリア帝国に向かう先発隊はフォルカたちが担当する。
いきなりアスラレイドの機人が現れたら、向こうも混乱するだろうしな。
ルクレツィア傭兵団の機人のことを覚えている傭兵たちは沢山いるだろうから。
「任せとけ!」
「アンタの分はちゃんと取っとくから。よろしくね~」
リンダたちに続いて、次々と機人が発進していく。
イオリとアルフィナが搭乗する双星機は最後の最後だ。
前回の俺のように、途中でガス欠になったら、目も当てられないからな。
移動中は勿論のこと、戦闘中もできるだけイオリの力だけで動かす予定だ。
周囲の部隊が全力で守るけど。
同盟国である帝国にロジスタルスが援軍を出すのは当然だけど、俺たちは彼らとは別行動だ。あくまでアルフィナのための部隊として帝都に赴く。
俺の出撃が近づいてきた。
それなのに、俺の手は震えている。
「落ち着け、落ち着くんだ」
自分でもはっきり分かる。俺は恐怖を感じている。
これほど怖いと思ったのは初めてだ。
初めて機人に乗った時は、興奮が勝っていたよな。
思えば初出撃の時以外、いつも誰かが一緒に乗ってくれた。
複座型の機人にはイオリがいたし、それ以外の時はずっとレトと一緒だった、
「レト……」
いつもいつも騒がしい奴だった。
でもレトがいたから、俺は恐怖に押しつぶされなかったんだ。
今更ながらに実感する。別れて、初めて気づくなんてな。
この戦いから戻れば、地下プラントに向かうことになる。
レト、もうちょっと待っててくれよな。
「剣星、レディア・ソロー、出ます!」
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