第32話 裏切りの誓い!!
イオリの姿を見た時、それだけで興奮して、どうにかなりそうだった。
以前よりも強く意識してしまう。
ひょっとしたら、アルフィナから俺の気持ちを聞いてるのかも。
それとは別に、レトの事をどう説明すればいいのかの緊張もあるんだけど。
ってか、いつの間にかレトの姿がないぞ。
あいつ、面倒なことは全部俺に押し付けたな。
とりあえず、イオリを中に入れてお茶をだす。
その間、イオリは黙ったままだ。
最後に見た時は、かなり不機嫌な気がしたけど、今はどっちかっていうと落ち込んでる感じだ。イオリは俺がベッドに座ると同時に話し始めた。
「剣星、今のは何なのだ。もしかして剣星が話していたのはアレだったのか」
「アイツの事は俺も全然分かってないんだけど、俺が苦しい時に助けてくれたというか、相棒みたいなもので。他の人には話さないでくれないか。知ってるのはイオリとアルフィナだけなんだ」
「そうか、アルフィナ様はご存知なのか」
そういえば、レトのことはアルフィナにしか話していない気がする。
それにしても、イオリのこの感じはなんだろう。
俺は地雷を踏んだのか?
踏んじまったのか?
「いや、そうならいいんだ。それより剣星、最近のお前は凄いな。騎士団でも噂になってたぞ」
「そうなのか? 結構、霧が濃くて視界が悪かったんだけど、よく俺の機人だと分かったな」
「出撃した時にな、すれ違ったが、どこのエースかと思ったぞ」
完全にレトのおかげだな。どこから近づいてくるのか分かるから、先読みしてるみたいになるんだろう。不意の一撃を受けたけど、今日のラヴェルサとなら、俺のKカスタムの方が初速も加速度も上だから、先手をとって一撃でお終いだ。他の皆のようにおっかなびっくり霧の中で敵を探す必要はないし。
「聖王機で出ていたのか?」
「いや、今日はまだ本番ではない。ラグナリィシールドで戦っていた。それだけお前が目立っていたということだ。思えば、一緒に聖王機に乗った時もそうだったな。操縦はめちゃくちゃだったのに、なんだかんだ敵を引きつけていた。そのおかげで、仲間たちは無事だったんだ」
「懐かしいな」
聖王機の頑丈さ、スピード、反応速度。あの時のことは昨日の出来事のように覚えている。俺の中で、いつの間にかアレが基準になっていたんだろう。Kカスタムであの動きに少しでも近づきたいって、追い求めているような気がする。
「アルフィナ様もお前に何かを感じていたんだろうな。機人を動かす力だけじゃない、それ以外の何かを……」
なんかイオリにそこまで言われるとこそばゆいな。
でもなんだろう、この違和感は。
いつものイオリに比べて、しおらしいというか。
やっぱり、イオリも決戦を前にして緊張しているのかな。
聖王機の操者なんて一番大切な役目のはずだし。
「お前は特別なのかもしれない」
「そうなのかな。自分じゃ分からないけど。というか、俺なんて全然まだまだだし」
「謙遜するな。これでも私はお前の成長を見てきたんだ。教会の演習場で……そうだ! 剣星、お前は何故最近演習場に来ない! アルフィナ様に期待されているなら、もっと腕を磨くべきだろう! お前が来ないから私はこうやって――」
「おい、ちょっと落ち着けよ。俺が演習場に行かないのはラヴェルサとの決戦が近いから実戦に出ているだけだ。イオリだって知ってるだろ?」
「そ、そうか、そうだよな。すまない、私は何を言ってるんだろうな」
本当にイオリはどうしたんだよ。
こんなに感情の起伏が激しかったか?
「剣星には忘れないで欲しいんだ。お前はアルフィナ様に期待されているし、信頼されている」
「いや、それはイオリの方こそ――」
イオリは首を激しく横に振る。
「違うんだ! それは長く一緒にいたから、そう見えるだけだ。……少し、私の話をしよう。私は帝国の東端にある小さな農村の生まれでな」
アルフィナから聞いた事がある。
イオリとアルフィナは同じ村の出身だって。
「十五年前、私はそこで先代の聖女様に出会ったのだ。慰問で世界を回っていたのだろう。当時五歳の私にとても良くしてくださった。その笑顔に憧れたよ。でも次に聖女様の話を聞いたのは、ラヴェルサとの決戦で命を落としたという事だった。当時の私は、落ち込むよりも先に決意したんだ。次の聖女様は絶対に私が守るんだって」
それからのイオリは地元の教会に熱心に通い、友人の誘いを断り続けて剣術に励んでいたんだと。
今のイオリを見れば、その姿は想像に難しくない。
そしてアルフィナが聖女の力に目覚めた。
イオリは同郷ということもあり、病弱なアルフィナの母親からお願いされて、仕えることになったという。
「これまでの努力が認められたようで嬉しかった。幼いアルフィナ様が頼りにしてくれて愛らしく感じていた。それが聖女として自我を確立していくと、遠くに行ってしまったと感じるようになった。寂しさはあったが、聖女としての成長は喜ばしい事だ。それに二人だけの時は、砕けた口調で話していただける。私は頼られているのだと思っていた」
イオリが俺の事を一瞬強く睨み、力なく視線を落としていく。
「剣星が現れた時、全ては私の勝手な思い込みに過ぎないと思い知ったのだ」
初めて二人と出会った時、俺はリグド・テラン製の装甲機人を操って、神聖レグナリア帝国に侵入した。そのまま殺されてもおかしくない状況なのに、アルフィナは俺を疑いもせず、優しく介抱してくれた。
「警戒する私たちを遠ざけ、アルフィナ様はお前と楽しそうに談笑し、怒った表情まで見せている。私はそんなアルフィナ様を一度も見たことがなかった。私はその時、理解したのだ。私は『聖女』を守っていたのであって、アルフィナ様という個人を置き去りにしていたのだと」
それはきっと世界が聖女という存在を求めていたせいだろう。
それにアルフィナはイオリのことを信頼しているはずだ。
でも、今のイオリはそんなこと言われて信じるだろうか。
「剣星に恨みはない。全ては自分自身が招いた事だ。聞けば、別の世界から突然きてしまったという。同情することはあっても、恨むなんてお門違いだ。そう思っていても、気持ちの整理なんて簡単にできなかった。数々の非礼、申し訳ない」
イオリが深く頭を下げてくる。
イオリは俺のことをそんな風に思っていたのか。
だから、俺に対して強く当たっていたのかよ。
でも、俺に向けてくれた笑顔は作りものじゃないだろ。
あれも嘘だってのかよ。
「それから剣星とは、教会の演習場で会うようになったな。初めは言い訳がましい奴だと思っていた。それが次第に表情が変わっていき、最近では、意志の強さを見せるようになっている。剣のセンスなど微塵も感じなかったが、目に見えて上達していった。正規の騎士には敵わないが、それでも必死に付いていこうとする姿に目が離せなくなった。それに引き換え、自分はどうだ。過ちに気づいたにも関わらず、変化を恐れ、醜く嫉妬を続けている。アルフィナ様が剣星に会いたがっていると聞いたのはその頃だ」
演習場でのことか。
あの時のイオリは、これまでで一番冷たい目つきをしていた気がする。
「ラヴェルサとの決戦が近づいている時期に、呼び出すなんて何か大事な話があるに違いない、と思っていた。私には本心を話してくれないのに。それでもアルフィナ様のためにできることが何かあるはずだ。必死に探したよ。……結局、私には戦う以外に何もないと気づいただけだった……」
「そ、そんなことないだろ。一緒にいるだけでも――」
イオリの自虐するような微笑み。
言葉が途切れてしまう。
「無理をするな。剣星、お前にはきっと特別な力があるのだろう。どうかアルフィナ様を守ってほしい」
「何言ってんだ。イオリが乗るのは聖王機だろ。俺が助けるなんて——」
「私に残ったのは戦いだけだというのに、今の私は足を引っ張るだけ。戦いに集中できず、仲間に守られるばかりだ。操者の交替の申し出も却下された。今の私ではアルフィナ様を守り切れないだろう。そんなことは絶対駄目だ。私はどうなってもいい。ただ、アルフィナ様に生きていてほしい。笑っていてほしいんだ」
駄目だ。
これは絶対に否定しなくちゃいけない。
そうじゃないと、イオリが壊れてしまいそうだ。
「……自分のこと、どうなってもいいなんて言うなよ。イオリに生きていてほしいって思う奴だっているんだ」
「そんな変わり者は――」
「ここにいる!」
正直、今、俺がイオリに告白すべきタイミングなのか分からない。
心が弱ったイオリに付け込んでいるような気もする。
イオリはとても苦しんでいる。
俺はイオリのことを理解しきれていない。
それでも、言わなければ一生後悔するだろう。
「俺はイオリのことが好きだ」
言った。遂に言っちまった。
人生初めての告白。
でも、イオリの表情は変わらない。
ただ言われた事を、淡々と受け止めているだけだ。
「そうか、嘘でも嬉しいな」
「嘘じゃない本当だ」
イオリはわずかに笑っている。
信じているようには見えない。
「それなら、私たちが乗る聖王機を助けてほしい。剣星にも大事な任務があるのは知っている。それでも付いてきて欲しい。力を貸してほしいんだ」
「ああ、わかった」
これは裏切りだ。
俺の事を信じてくれる傭兵団の皆に対する裏切り行為だ。
作戦途中、個人的な理由で持ち場を離れるなんて許されることじゃない。
俺たちは少数精鋭の部隊、一人失えば、そのまま瓦解する恐れもある。
いっそのこと、今すぐ傭兵団を抜けた方がいいくらいだ。
でも、それが認められても、今度は第八エリアに行く事ができなくなる。
それでは意味がない。
「剣星、私のことを本当に好きだと証明してほしい。一緒に戦ってくれると私を信じさせてほしい」
俺が本当に持ち場を離れるかどうか不安なんだろう。
イオリが上着を脱ぎ捨てて立ち上がる。
俺は近づいて、弱々しく震えるイオリをそっと抱きしめた。
「ああ、一緒にアルフィナを守ろう」
これは俺の一方的な愛情行動だ。
イオリにとっては、ただの契約でしかないのかもしれない。
それでも俺達にとっては必要な事だと思う。
イオリが部屋を出たのは、陽が上る寸前のことだった。
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