第2話 俺がパイロットだ!
俺がこの世界に来て半年が経過した。いや、正確な日数なんて数えてないけど、だいたいそんな感じだと思う。あの日、謎の人型機動兵器に攫われた俺は、リグド・テランという国の鉱山に連れて来られて以来、労働に従事させられることになった。ブヨブヨだった腹周りは鍛えられ、顔も随分細くなった気がする。
「よう、剣星。おはようさん」
「おはようございまっす」
初めは全く分からなかった言葉も、今ではネイティブのように、とは流石にいかないが、それなりに話せるし聞きとることが出来る。人間やる気になればなんとかなるもんだ。外国語の成績なんて昔から酷いもんだったのに。
同じチームの労働者と挨拶を交わして食堂の席に着く。意外と言っては何だが、飯は割と美味いし、休憩時間もちゃんとある。
この鉱山は二十四時間休みなく稼働しているにも関わらず、三交代制でしっかりと休憩、睡眠時間が確保されている。緊急事態でもなければ休憩が削られることもない。労働者の表情は明るく、活気があるし、俺だって元の世界での生活がなければ、彼らと同じように不満なんてなかっただろう。
ここで働いている労働者たちの多くは、出稼ぎや借金の返済のためだそうだ。もしかしたら俺を連れてきた機動兵器の操縦者も、路頭に迷った生活困窮者を連れてきたとでも思ってるのかもしれない。
そんな考えに至ったこともあり、言葉が通じるようになった今でも、その設定どおりの人物を演じている。時折漏れてしまう日本語も外国語だと思っているに違いない。だから別の世界からきたなんて、一切話していない。まあ、言っても通じなくて笑われるだけだと思うけど。
そんなわけで不便な生活に慣れてきたけど、最近やけに視線を感じることが多い。別に色気のある話じゃない。ここには男しかいないし。
就寝前の時間になると俺は数人の男たちに囲まれていた。以前から遠目で見てきた奴ら。ただ、俺に話しかけてきたのは一人だけで、他の二人はそれとなく周囲を警戒しているだけだ。
「よお、剣星。俺はスイゼス。まだ話したことはなかったよな」
「なんか用事ですか?」
「おいおい、そんな露骨に警戒してくれるなよ」
「いや、俺は男に興味ないんで」
「俺だってねえよ」
スイゼスは大声を出した直後、ぱっと手を口に当てた。これってやっぱり密談だよなぁ。スイゼスは一度大きく息を吐くと俺のことを確かめるように見つめてきた。
「時間がないから、単刀直入に言うぞ。お前、ここから出たくはないか?」
これは脱獄の誘いだろうか。確かにコイツ等は他の連中と雰囲気が違っていた。仕事はきっちりやるけど、何か違和感があったんだ。監視の連中はだらけてるから気付いていないかもしれない。
「どうなんだ?」
「不満がないわけじゃないけど」
俺の事を観察していた連中だ。嘘を言ってもばれてしまうかもしれない。だからといって、コイツ等の事を信用してるわけじゃない。断言するのは危険すぎる。
「不満はない。だが脱獄するまではいかないってか」
まるで俺の心を読んでいるかのように話しだす。気に入らないけど、それだけ俺の表情に出ているってことなのかもしれない。気を付けないと。
「やっぱり声をかけて正解だったな。お前、毒されてるよ。このぬるま湯にな。確かにここの環境は悪くない。暴力はないし、飯もちゃんと出る。けどそれだけだ。ここで老人になるまで過ごす気か?」
そんなつもりはない。けど、鉱山にベテランが多いのは気になっていた。
「俺たちは剣星がここに来た時から、お前のことをずっと観察していた。言葉も分からず大変だっただろう。初めの頃は周りを警戒して鋭い目をしていたよ。それが仕事に慣れ、言葉を覚えていく内に牙を抜かれてしまった」
悔しくても言い返すことができない。全くもってその通りだ。強く反発しても、優しくなだめてくるし、逆に申し訳なく思ってしまうことだってあった。でもそんなの当たり前じゃないか。わざわざ衝突する必要なんてないんだから。
「だが装甲機人を見ているときだけは違った」
確かに俺はロボットに憧れていた。アニメやゲームにのめり込んでいた頃、何度夢見たことか。受験前日に電車を乗り次いで筐体の有るゲーセンにいったこともある。それが現実ではなく、実際に目の前にあるんだ。
この鉱山は監視は緩いけど、入口には三機の装甲機人と呼ばれるロボットが配備されている。名目は警備だそうだけど、実際には俺たちが自由に外出できないようにしているんだ。俺をここに連れてきたのもこの機人で、名はイステル・アルファ。全高およそ10m。リグド・テランの主力量産機で、悪そうな人相が特徴的な濃紺の機人だ。スリムだけど力強さがあってカッコいい。
「若者の目から光が失われて行くのを見るのは忍びない。今ならまだ間に合う。俺達と共に来い。装甲機人の操者として助けてくれないか?」
スイゼスが手を差し出してきた。
この手を掴むか、否か。
まさかの急展開だ。
でも人生ってのはそんなものなのかもな。
俺がこの世界にいることだってそうだ。
俺はこの世界に馴染んでいく内に、どこかで反骨心みたいなものを無くしてしまったんだろうか。
まだまだこの世界の事を知らないから、なんて言い訳しながらここでずっと暮らしていったかもしれない。
結局、どこにいるかなんて俺の本質に影響しないのだろう。
自分の知らない世界、自分の事を知らない世界に来たのに、変化を恐れている。
ここで手を掴まなかったら、俺は一生このままな気がする。
けど、ロボに乗るってことは命をかけるってことだ。
死ぬかもしれないし、人を殺すこともあるかもしれないだろ?
それなのに俺はこの手を掴みたがっている。
いつの間にか、俺の手は腰を離れているんだ。
右手が震えているのが分かる。
これは迷いだ。
今までの人生との決別なんだ。
理性は決して手を動かさないだろう。
だから俺は心で足を動かすんだ。
一歩、二歩とゆっくりと前に進み、スイゼスの手を掴む。
変な体勢の握手だっていいじゃないか。
ここが俺の新たなスタートだ。
……かなり不安だけど。
「よろしく、お願いします」
「ああ、頼むぜ」
「はい。でも俺、操縦なんてしたことないっすよ?」
「はっ?」
「えっ?」
スイゼスは大きく口を開けてるし、なんか困り眉みたいになってるぞ。
もしかして俺、なんかやっちゃいました的な?
「いや、でも、お前、旧式の手術を受けたんだよな?」
「なんすか、それ?」
「まあ、かまわんさ。反応は確かだしな。すまない、俺たちはそろそろ仕事に戻る。話はまた後でな」
スイゼスは指を口に当てながら、その場を離れた。
最後に特大の不安を残してくれたけど。
それにしても今のジェスチャーは、話は内密にってことだろうか。
言葉は違っても共通点はあるんだよな。
その後、俺たちは小休憩の僅かな時間を利用して何度も話し合いを重ねた。
仲間との顔合わせとか、作戦の説明を受けたり、俺からも質問した。
短いながらもこれまでよりずっと濃密な時間を送っていると感じる。
本当は世界の事とかも知りたかったけど、時間があまりない。
だから、作戦に関することが最優先だ。
おかげで分かってきたことも色々とある。
俺のことを装甲機人の操者と思ったのは、体内から排出された尿を確認したからだそうだ。俺の尿には僅かに赤光晶が含まれているから操者だと確信したって。
普通に見ただけだと分からないくらいっだったけど、違和感を感じて何度も観察して結晶を確認したらしい。
道理でトイレの時に人が集まってくるわけだ。
赤光晶というのは、俺たちが鉱山で採掘している物質のこと。
ほぼ透明な物質で水晶みたいなんだけど、直に触れると赤く光る。
体内に入ってる分は変質して、光っても分からなくなるくらいになると聞いた。
俺の作業部署では直接触れる事はないから、それを知ったのは随分後のことだ。
詳しい事は聞けてないけど、数百年前に地中から発見されたらしい。
それが何らかの事故で地上に拡散されて、この鉱山のように堆積していった。
当初は利用方法がなかったものの、今では装甲機人やその他の機械に使用されている。
そして操縦経験がないと判明したにも関わらず、改めて俺を操者として任命したのも赤光晶によるところが大きいといっていいだろう。
赤光晶は人間の思考を読み取り、機人の操縦に活かされているからだ。たぶん脳波コントロールとかそんな感じ。
要は機人を動かすには想像力が大事ってこと。でも経験がなくても動かせるといったって、戦闘になる可能性がある以上、経験者の方が望ましいはずだ。それなのに俺が選ばれたのには勿論理由がある。
操者となるには手術が必須。加工した赤光晶の塊りを左右の手首近くの動脈と接触させることで機人と同調させる仕組みだ。手術してなくても反応はするし、動かすことはできるけど、精密な動作は不可能なので、装甲機人を操縦するなら必須といっていいだろう。
ただ手術を受けると赤光晶の塊りが体表面に浮き出てしまい、操者であることが一目瞭然になる。労働者の中にそのような者がいれば当然危険人物としてマークされてしまう。
けれど、この手術方法が確立される以前は、液体に溶かした大量の赤光晶を直接血管に注ぎ込むことで同調させていたという。操者だったとしても見た目だけでは分からない方法だったけど、危険度が高く、最悪の場合死に至る。つーか、ほとんどそのまま死んだらしい。
それでも戦う理由があるから、やらざるを得なかったとか。詳しくは聞いてないけど、現在ではそんな経緯から、公には禁止されている方法なんだ。まあ、それは建前で現実には今の俺達のように反体制派が紛れ込むのを防ぐためってのもありそうだけどな。
んで、重要なのは旧型の手術をして機人を動かせるのは、俺の他にもう一人しかいないってことだ。この鉱山に配備されているのは三機だから、例え戦闘の役に立たなくても、操縦を奪えれば、最悪でも一対一の状況を作り出すことができる。だから俺を仲間に引き入れるのは、スイゼスたちにとっては必須だったんだろう。
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