「魔法陣」と「魔方陣」の違いとは? 例文

 私の名前は宇治院うじいん真帆まほ

 こっちの世界風に言うとマホ・ウジーンってとこかしら?


 15歳の時にこの異世界マホジネアに召喚されてから、もう10年になるベテラン異世界転移者よ。

 マホジネアでは過去の異世界転移者の影響か、日本語が古代言語として知られていて、発音はできなくても筆談ならできるって人も一応いたのよね。

 今はこっちの言葉で普通に会話もできるけど、あの頃にお世話になった学院の先生方には、今でも足を向けて寝られないわ。

 それなりに稼げるようになってからは、毎年お歳暮も送ってるのよ。


 ちなみに、この口調は古代言語で書かれた少女漫画ぶんけんに使われていた文体の影響よ。

 こっちの研究者にはこの口調と俺様口調以外は正確に伝わらなかったせいで、使っている内に癖になったのよね。



 20歳くらいで独り立ちしてから、今は魔方陣術士として傭兵業をやっていて、害獣駆除や戦争、たまーに盗掘なんかで食べてるわ。

 古代言語にほんご研究のお手伝いをしてた経験もあるし、遺跡盗掘者トレジャーハンターとしてはちょっとしたモンよ。


 ちょうど昨晩、遺跡から帰ってきて、今日は出土品を学院に売り付けに行こうと思ってたんだけど……。


 ドンドンッ


 ドンドンドンドンッ


「ここがウジーンの家か! 出てこいッ、この詐欺師ッ!」


 朝から表のドアを激しく叩く音と物騒な声に、顔を顰めつつ玄関へ向かう。


「はいはい、こちらは天才魔方陣術士のウジーン様のお屋敷よ。

 ……そういう貴方はどこのどなた?

 近所迷惑だからやめてくれないかしら?」


 励起状態の鉄杖を構えながら一気にドアを開け、目の前の男に低く告げる。

 突然ドアが開いたことに驚いたのか、相手は「ヒッ」と小さく叫んで後退り、ハッとしたようにまた私を睨みつけた。


「おっ、お前がウジーンかッ! 魔法陣術士サークル・メイジの!」

「人違いね。私は魔方陣術士スクウェア・メイジのウジーンよ」

「はぁ? 術士で遺跡荒らしで、学院に出入りしてるウジーンだろ!」

「遺跡荒らしで学院に出入りしてるウジーンは私だけね」

「だったらお前じゃねえか! 変な言い逃れしやがってッ!」


 変な言い間違いをしたのはそっちでしょ、と言おうかと思ったけれど、説明も面倒なので黙っておくわ。


 相手は黒いローブに生白い肌、ヒョロヒョロの体付きで腰に短い木杖を差している。

 どうみても魔法使い。これで魔法使いじゃなかったら相当精度の高いコスプレ野郎だけど、無免許で魔法の杖を持ち歩くのは違法行為なので、流石に本物よね。


「それで何の用よ。

 朝っぱらから大声でご近所様に人の悪口を吹聴して、くだらない話だったら今すぐ拘束して衛兵に突き出すわよ」


 面白い話でも、一頻り笑ってから、拘束して衛兵に突き出すけど。


「あっ、そうだッ! ウジーン、この詐欺師!

 お前が書いた古代言語の論文を読んだが、あれは何だッ!」

「ああ、そっちの専攻の人?」


 魔法使いにもピンからキリまでいるもので、感覚だけで魔法を使う荒くれ者から、本業は魔法学の学者や研究者だっていう人までいる。

 で、学者や研究者にもピンからキリまでいて、中には自分の学説に反する物は検証もしないで否定する人だっているわけ。


 まあ学問って常に新しい発見や訂正で更新されていく物だし、私の書いたことに間違いがあっても不思議はないわ。

 だからって、人を詐欺師呼ばわりするのはどうかと思うし、そもそも自宅じゃなくて学院の方に顔を出せって思うけど。


「で、何が詐欺だって?」

「お前ッ! 魔法陣術士を名乗ってるくせに、古代言語の文章で【魔法陣】の【法】を全部、【方向】の【方】で【魔方陣】って書いてただろッ!

 魔法技術の中でも特に高度な魔法陣術を使う人間が、そんな基本的な間違いをする奴があるか!

 どうせ論文の中身も嘘ばっかり、魔法陣術士ってのもデタラメなんだろうがッ!」

「えぇ……」


 うん、どうやら相手の勘違いだったみたい。

 この分だと内容まで読んでないか、読んでも理解できてないかも。


「くだらない話だったから、拘束して衛兵に突き出すわね」

「なッ!?」

「≪起動せよウェイク・アップ≫」


 ここは私の自宅の玄関なので、それなりの防犯機能は仕込んである。

 足元に杖を突いて起動用の言葉を発すると、あらかじめ埋設されていた銀の魔導線に魔力が流れ、光が線を描き出す。

 私がいる場所を中心とし、そこから八方の床上に約半畳程の、3×3のマスが浮かび上がる。


 魔方陣起動。

 ――スケール:3方陣。

 ――魔力価の分布を指定。

 ――中央値を0とする。

 ――負4から正4の値を配置。

 ――配置完了。


 頭の中でマスに収まる数字を魔力文字で思い浮かべ、魔力を操作してマス内に光で数字を記してゆく。


 数字に合わせて、それぞれのマスの中の魔力価が偏りを持ち始める。

 偏った魔力が暴走を起こさないよう、縦、横、斜めの魔力価の和が0となるように配置する。


 ┏━┳━┳━┓

 ┃-1┃+4┃-3┃

 ┣━╋━╋━┫

 ┃-2┃0┃+2┃

 ┣━╋━╋━┫

 ┃+3┃-4┃+1┃

 ┗━┻━┻━┛


 私の立つ中心が0。

 玄関のすぐ外、最も魔力価の高いマスはプラス4。

 私の後方、最も魔力価の低いマスはマイナス4。


 ここまで1秒。

 並べる数字も決まっているし、3方陣ならこんなもんね。


 黒ローブの男は急な事態に驚いてか、マスの1つの中で馬鹿みたいに突っ立っている。

 今から逃げようとしても流石に、もう遅い。


「≪軽重偏向グラビティ・バイアス≫」


 ――魔力を重力に変換。


 魔方陣術の発動と同時、3×3の9マスに区切られた狭い範囲で、周囲の重力が


 魔力はそれなり程度にしか込めてないので、私の正面、相手のいるプラス4のマスで8割増しくらい。

 逆に、私の真後ろにあるマイナス4のマスでは8割減になってる。何も置いていないので問題ないけどね。

 ちなみに両サイドも重くなったり軽くなったりしてるけど、玄関周りはそれを考慮して頑丈に作っているので、家が崩れるようなこともないわ。

 それと、私がいる中心のマスは±0なので、特に重力の変化はない。


「うおっ!? な、なんだこれは!」


 自分の体重に近い重さが急にのしかかってきたら、ヒョロヒョロの魔法使い程度はすぐに体勢を崩す。

 そこへ、鉄杖を持つ手を伸ばして、右肩に振り下ろした。

 人を殴るのにも便利な鉄杖は、重力の境界線を越えると1.8倍の重さとなり。

 まぁ、とても痛そうだった。


「グワーッ」

「安心してね、峰打ちよ」


 ササッと陣を解除し、玄関脇に常備してあるワイヤーで拘束。

 私は黒ローブマンを無理やり立ち上がらせて、衛兵の詰め所に連れていったの。


「お前……何だ、あの魔法は……ッ!」

「何って魔方陣術スクウェア・マジックでしょ。魔方陣術士スクウェア・メイジなんだから」

「すく……うぇあ……?」

「古代言語的に言うと、魔の陣ね。魔の陣じゃなくて」

「……?……」


 黒ローブマンは知らない術理に混乱しているようだけど、うーん……本当に知らないのね、これ。

 私が何年も頑張って、学院でも知名度を上げて来たつもりだったんだけど。そもそも、こいつ学院関係者じゃないのかしら。


 魔方陣術は、魔力価の偏りを意図的に起こし、現象を偏らせる魔法技術。

 普通の魔法は術者の体内魔力を絞り出したり、魔石を砕いて一時的に魔力価を濃くして使うけれど、魔方陣術は周囲の魔力のだけなので、そういったリソースは必要ない。


 例えば偏った魔力を「重力」に変換すれば、自分の周囲に重力が強い範囲と、弱い範囲を発生させる。

 「熱」に変換すれば、自分の周囲に高温の範囲と、逆に低温の範囲を発生させる。

 「電流」に変換すればどっちに流れてもビリビリくるけど、偏りの強弱は起きる。


 3方陣より大規模な4方陣、5方陣の方が偏りが大きくなるから、魔法の効果……というか強弱の幅も大きくなるけど、咄嗟に構築するのが難しくなるわ。

 中心の魔力価を全体の平均値とする陣なら、術者が偏りによる影響を受けず比較的構築しやすい。

 それ以外の場合は安全な範囲を見極めて、発動位置を調整しなければならないから、実戦よりは研究向けの技術ね。


 と、いうような話はたぶん、この黒ローブマンが読んだという私の論文にも書いてあったはずなんだけど。

 それを読んで理解できてない人に口頭で説明するのも面倒くさいわね……。


「まあ、そういう魔法もあるのよ。

 これに懲りたら、今後は早とちりで高圧的に誤字報告をしないことね。

 誤字報告自体は歓迎するけど、とにかく高圧的なのは本当に良くないわよ」


 私はそう言って話を強制的に終わらせ、近所迷惑マンを衛兵さんに預け……帰ってから二度寝したってわけ。



≪了≫

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