45 互いの疑問(フィン)

 プリムローズとザカエルは交代でテーブルの周囲に集まる探索者たちに、カフェーロワイヤルのスプーンを使って見せた。


「マルモッタの魔石が何に使われるのかわかるのも、励みになるかと思いまして」

「買い取るようになったといっても、討伐料がなければ小さい魔石は安いからね。敬遠されないように見せておくのさ。あと一、二回一斉討伐をしたら、あとは見習いたちの仕事になるだろうよ」


 おびき寄せができて、危険も少ない。一斉討伐でもなければ積極的に狩らないだろうが、確かに見習い向けだ。

 そういうものか、とカミーユは頷きながら聞いているが、その横顔に少し疲れが見えた。

 カミーユは酒を飲まないし、腹もとっくに満たされているだろう。生あくびを始めたところで、フィンは促してカミーユと共に店を出た。

 家の壁に沿って光鉱石のランプが並び、足元は十分に明るい。その灯りの数もコテージに近づくにつれて少なくなり、『シルヴァンゴッソ』の喧噪が遠くなった頃、フィンは手に持ったランプを灯した。


「カミーユ、君が今日使った調香術について内密に聞きたいことがある。……嫌なら断ってくれていい」


 立ち入り過ぎかとためらったが、あの術を流してしまうわけにはいかなかった。


「あー……。ええ。じゃあ、どうぞ」


 カミーユにも思いあたる節があったのかふっと目が泳ぎ、それから頷いた。

 どうぞと言われたが、さすがにためらわれる。


「いや、さすがにこの時間に家を訪れるのは……」

「なんていうか、すっごく今更な気がするんですけど」


 カミーユは扉の前で立ち止まり、呆れた顔で振り返った。


「……そうだな」

「じゃあ、庭にしましょう。中に入らなければ問題なし! ……それに、気になることは今日中に解決したほうがいいでしょう? 私も聞きたいことがありましたから」


 フィンはため息を吐いて、了承した。


「まあ、確かに今更か。お邪魔しよう」


 そう言えば、カミーユはタタっとステップを降りて、家の裏へと回った。

 ナルシスにプリムローズ、アカシア、マノリアといった花の季節の到来を告げる花が目に付く。

 フィンの庭は薬草中心だが、ここはジョルジオの時から花が多い。

 ローザのアーチの下に小さなテーブルと椅子が置いてある。ふと、ジョルジオがここで茶を飲んでいたのを思い出した。


「ローザには早いですけど、マノリアがここまで香りますね。……ん? でも、これはかなり強くて、ん、どっちだ……。知らない品種?」

「そういうものをジョルジオが選んだんだろうな。調香術師の庭だ」


 カミーユはすでにマノリアに夢中で、スンッと鼻を鳴らして確かめると、白い花を付けた木の元へふらふらと近づいていく。


「ああ、待った。それは後だ」


 フィンはその手を掴んで慌てて止めた。




「聞きたいのは、君が今日使った『創造クリエイション』の術についてだ」

「あーー、うん、まあそれですよね」

「私の知る調香術というのは、香料と香料を足して新たな香りを作り出すことはあっても、君がしたように何もないところから新たに何かを作り出すというのは、考えられないのだが」


 薬術であっても一緒だ。光の属性を通して素材を変質させることはあるが、無から薬を生み出すことはできない。

 カミーユは水属性を持っているが、それをどんなに突き詰めても香りは出てこないはずだ。水の香り以外は。


「えーとですね、術としては存在するんですよ。『した』って過去形の方がいいかもしれませんけど。調香術の開祖は第七代賢王ケイの義妹だとも娘だとも言われているんですけど、花のない時期にも様々な香りを創造し、女神に捧げたって習いましたから」

「ほう」

「ただ、この方の記録がほとんどないんです」


 そこでカミーユは背を丸め、フィンの方へ顔を近づけると周囲に視線をやった。

 そんなことをしなくてもここには誰もいないのだが。

 カミーユは口元に手をやって、声を落とした。


「ローザ王に消されちゃったんじゃないかなって、私は思ってますけど」


 その必要はないのだが、フィンもカミーユに合わせて声をひそめる。


「ローザ王……。九代王、だったか?」

「八代様です。彼は自分の名前をハロルドからロスワルドに。首都もロザウィンに改名したぐらいローザ狂いだったわけでしょう? もし本当に開祖が様々な香りを創造したのだったら、気に食わなかったのかもなって。だって調香術の祖ですよ? そんな重要人物の記録がほとんどないなんて変ですよ。ほら、権力者って得てして都合の悪い事を消したり、書き換えたりするもんじゃないですか」


 十近くも年下の女学生の言葉とは思えず、フィンは目を瞬いた。


「……ま、まあなあ。ああ、次の九代王が分裂王コンローか」


 学院で習ったこの国の歴史を思い出した。

 

「ですです。第六代建国王ブラン、第七代賢王ケイ。第八代ローザ王ロスワルド。三代優秀で偉大と言われる王が続いて、コンローは功を焦って自分を大きく見せたかったのかなって」

「それで分裂ってことか……。ああ、まあ、歴史は置いておいて、つまり、カミーユ、君の調香術はその開祖以外、他にできたものはいないということか?」


 それならそれで、フィンが思った以上に大事おおごとだと思う。

 カミーユは少し考え込んだ。


「うーん……。高等学院ではまず素材や香りの知識とその扱い方を学びます。その知識を基にして、調香術の技として解析デテクション抽出エクストラクションが使えるんです。後期の授業はそれに付与エンチャントが入ります。ですから、他にできないと言われたら、うーん、どうだろ……」

「授業にはない、ということか。では、君は誰に習った?」

「誰……。百年かもっと前の、学院にいた調香術の教師かなあ」

「百年……?」

「学院で使う授業の素材はローザが多いんです。で、そればかりで嫌になっちゃった時がありまして。開祖が作ったという様々な香りは何だったのよって思って、調べたんですよ。そしたら全然記録がないの。でも、閉架書庫の隅で、昔の調香術教師が書いたという開祖の考察みたいなのを見つけたんです。そこに『素材に対する知識を深め、解析デテクションを極め、創造クリエイションにたどり着いたのだろう』ってあったんです。その方はたどり着けなかったみたいですけど、試行錯誤したことも書いてあって、ヴァニラが高くて手に入らなかったから、えいってやってみたらできて……」

「ヴァニラが高くて……。 そのような理由で……?」

「でも、魔力が一気に減って立ち上がれないぐらい大変で、心配されたし𠮟られたし。あの頃は噛みつき豆もしらなかったし、魔力回復薬とヴァニラだったら、どっちが高くつくかって感じですよね。まあ、使いどころが難しい技なんです。いろいろな香りを創造したっていう開祖様は、魔力が多かったと思いますよ。そのことは考察に付け足してもいいかと思いました」


 カミーユはうんうんと頷きながら話しているが、フィンは絶句した。

 研究熱心で、良い調香術師となるだろうとは思っていたが、ここまでとは思っていなかった。

 百年前の教師も「ヴァニラが高かったから」などという理由で成功する者が出るとは思っていなかったと思う。


創造クリエイションは確かにその通りなんですよ。調香ってイメージを香りに具現化するのに、繊細で豊かな感性と経験が要ります。でもそのすべては知識に基づいているんです。解析などの技術も、知識の深さがそのまま解析の深さで、学べば学ぶほど見えることが増えます。ローザを見て『花』だとわかり、次はその花が『ローザ』という名前だとわかる。その次に『品種名』っていう風に、学んで記憶したことが解析に出てきます。そこを突き詰めていったら、ある時創造ができたというか。解析で見えたそのままに引っ張るというか、描くというか、組み立てるというか……」


 今までこの技について説明したことはないのだろう。首を傾げながらぴったりの表現を探している。

 

「なるほど」


 まだ学生のはずだが、長く経験を積んだ調香術師のようなことを言う。それが本当なら、創造が使えるカミーユの頭の中には、どれほどの知識が収められているのだろうか。


「前に幼い頃のことを聞いたが、カミーユは過去の記憶があるんじゃないか?」


 そう尋ねると、カミーユは小さく息を呑んだ。

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