第21話あ~あ。
入室すると山岸が窓の外を覆い目で眺めていたがゆっくりとこちらに振り返る。
「ゾンビの調査依頼は先日終了したと思ったが……ッ!! ――まさか」
俺と目が合う。サングラスと帽子だけでは誤魔化せないようだな。忠誠心と愛情が限界突破している忠犬山田は山岸の異変に気付き、腰のホルスターに手を掛けるが――
「てめぇ。人の夫に何なに粉かけてんだ? ――殺すぞ?」
山田のホルスターから銃を先に引き抜き額にグリグリと銃口の先を押し付ける。掴み損ねた手を固めたまま動けないでいる。冷や汗がぽたりと山田の顎から垂れ落ちた時に山岸がゆっくりと見えるように手を上げる。
「山田君がすまない……こういうやり取りも何故か懐かしく感じてしまうのは不謹慎だろうか? ――狭間君」
「いえ、妻が怒ってくれたので気は済んでいますよ? ただ、怒らなかったら死んでいたのは山田何某でしたね。以前俺はこういったはずですよ? ――二度目は無い、と」
「ひゅ~カッコイイね! 私の夫は。反省しろよ? 山岸の忠犬山公。尻尾振るのはベッドの中だけにしとけよ。あ、これバツとして没収な」
銃口で額に跡が残るように擦り付けながら器用にホルスターを奪い取る。短パンに装着すると拳銃を収納した。
「アバズレ女め……」
「あ゛ぁ? 斬り殺すぞ?」
「お前らそろそろいい加減にしろ。山田何某は出ていけ。いい加減目障りだ。以前といい今回といい貴様の行動でこの駐屯地の人間が全滅している可能性があることに気が付かないのか? 山岸も可哀想だな……こんな判断力の無い女の面倒を見なければいけないなんてな」
「……山田君出ていき給え。命令だ。従えないなら今すぐ除隊してもらう。理由は判断力の欠如。同胞を巻き添えにしてまで君に庇ってもらいたくない。そして、この事は一切の報告も開口も許されない」
「ッ!! …………――ッチ」
ゴッ。みつこが山田の側頭部を掴んで壁に頭を叩きつけた。二度、三度、四度。血が流れようとも止めない。幸いコンクリートではなく石膏ボードだったために死んではいない。顔面を鷲づかみにして反対側の壁に叩きつける。壁がへこみだらりを力な崩れ落ちた。
「おい。なんだこいつは。色ボケしたのか? これはこいつに対する感情的な面ではなく責任者として聞いているんだ。交渉も何も冷静に話の土台に持って行く為にこいつは何度失態を繰り返せば済むんだ? 殺しといたほうが身の為だぞ?」
これには俺も言いたい事がある。
「同感だ。そいつは、山岸が助からない状況になったら部隊員を犠牲にしてお前一人を優先して助けに行くぞ? ――やはり山岸。お前に責任者は向いていない。退役して隠居しろ。あの時俺に攻撃を行うと最終的に判断したお前は責任を取り切れていないし現に無能な女を傍に置いている。最高で最低なクズだ」
「…………ああ。そうだ、な。そうだ。私は……なんども……なんども……ぐぅ……うぅぅうぅ……あぁぁああぁぁあぁああぁぁあ」
号泣し始めたんだが。――ああ、こいつも壊れちまってたのか。あの女と共依存していたわけね。でも、それでゾンビに突っ込ませられる人間はたまったもんじゃないよ。
ちょっと時間空けようか。行くぞ~。手当してやれ。
◇
「ちょちょ、そこは……だめッ……葉隠一尉ぃ~。うわぁっ……すごっ……こんなのが中に……あっ……ももって呼んでください……」
◇
ふぅ……小一時間程先程の女性隊員――森山ももかとみつこの三人で休憩をしていた。三人で珈琲にブランデーを少々垂らして素っ裸で楽しむ。コンコンと部屋にノックがされるが……これは山岸か。みつこが準備をしてすぐに行くと返事をした。
ももかはあわあわと取り乱しているが引っ付いたままだ。どうやらあの時取引した俺の事を思いだしたらしく驚いてはいたが「……まぁ、こんな世の中ですし……キチンと私を引き取って頂けて、大事にしてくれて、養ってくれて、子育ても一緒にしてくれて、ちゃんと愛してくれるなら……一緒に居てあげますよ?」と結構、注文が多かったがまっとうな事を言っていたので了承した。
みつこと行く、ぶっ殺ツアーを終われば連れて帰る旨を伝えておいた。
再びみつこと指揮官室へ行く。勝手にドアを開け入室すると山田はいないようだ。さすがに謝罪という名の無駄な時間を過ごすより理解ある判断だと思う。ここまでくると謝罪は相手の自己満足に過ぎないからな。
「……申し訳ない……。話が進められなかったのはこちらの落ち度だ。そもそも、来ただけなのにどうしてここまで……。いや、すまない。少し、嫌、かなり私は参っているようだ。それで要件は一体何だったんだろうか?」
「お前に私の夫の殺害命令を出した奴らの詳細な場所を教えろ」
「……とうとう、その時が来たか……分かった。少し待ってくれ」
アタッシュケースの様なハードカバーのノートパソコンを取り出すとこちらに見せながら操作を始めた。秘匿されているだろう指令本部との連絡のやり取りを見せてきた。
「上級の将官と内閣総理大臣、そして国会議員の連中は……ゾンビ:パンデミックが発生しなかった楽園――ハワイだ。日本の事は佐官や自衛隊員に任せて安全圏に呑気にバカンスを楽しんでいるようだ。やつらは自衛隊内でも相当恨みを買っていてな。詳細な滞在場所なんて簡単に漏れている。それがここだ……」
上空からのマップが表示されるとワイキキ郊外を示している。さらに画像が切り替わると若いねーちゃんの腰に手を当ててアロハ服で超笑顔だ。他にも有名な国会議員が酒を飲みながらバーで飲んだくれていた。
「めっちゃクソじゃん――いいねぇ、いいねぇ、殺し甲斐があるじゃん。全員ブッ殺して生首を飾って遊ぼうぜ」
「ああ、そうしてくれ。――私はもう……疲れた。山田君との隠居が本当に最高でベストな選択肢だと思うよ……」
「わかってんじゃん。パコって孕ませて畑耕してろよ」
俺、空気じゃん? まぁ、みつこの古巣だし色々あるんだろう。取り敢えずあの通信をハッキングした時に総理大臣と会話していた佐官の場所は――空港の自衛隊指令本部だな。それとみつこ半年の間にずいぶんイカレ具合が半端なくなったよな。元々武人気質なイメージがあっただけに……いや、ロックでイカしてると思うよ? ストレス溜まってたんだろうなぁ~。
「なにぃ~? 山岸との会話で嫉妬した? もう一発ももかとサンぴーする?」
「いや、話進めて下さい。魅力的だけど」
思わずツッコミそうになったわ。それから詳細な場所住居。狙い目の襲撃のタイミングを教えてくれた。この山岸本当に自衛隊を退役するつもりだな。ガンガン機密情報喋っているわ。バレないように暗殺する予定だけど、情報漏洩で捕まる前に早く逃げた方がいいんじゃないかな?
「うし。明日行くか。ジンベエももかんとこ泊まろ~ぜ」
「大丈夫なのか?」
「大丈夫だろ~。もし何かあるとしたら――山田だろーな。そんときゃクビ飛ばして門に飾るけどな」
その言葉に青ざめる山岸。話が終わったのか早速部屋を出て行く。山田の行動が見えないのが相当不安になったらしい。
「あらら~。殺すチャンスが無くなったかもね。気に入らなかったんだよあいつ」
確かに上層部に連絡しているな。殺すチャンスだと密告を今、現在おこなっている。これ、みつこに言ったら殺しに行くんじゃないかな?
「――わかっちゃった。ジンちゃん顔に出過ぎ。殺す」
見えなくなった。壁走りしながら山岸が向かった方向へ消えていく。確かに庇いようがないし庇う気も無い。本当にここに来たことが無駄になったな。いや、ももと会えたことは無駄ではなかったな。ホント、あのパンツを俺に叩きつけた時は上司とのオフィスラブ程度なら見ていて微笑ましいぐらいだったがここまで実害を及ぼされるとな。残念だ――
遠くから慟哭が聞こえてきた。恐らく山岸が叫んでいるのだろう。窓から外を眺めると山田の生首の髪の毛を掴んだみつこが本当に門の上に乗せていた。うわぁ……。泣き叫びながら山岸が銃をみつこに乱射するもガントレットから伸びたヒートクローで首を一瞬で刈り取られた。そして、山田と仲良く門の上に、と。まぁ、死後も仲良くできるといいね。
そして、自衛隊駐屯地は大混乱と。あーどうすっかね。あ、ももかだ。
「あ……自衛隊を退役します。あんなアホの下で働いていたことを後悔しました。やってられません。私を攫って下さい。結構そう言うシチュに燃えて結構奉仕しちゃうかもしれません」
「落ち着け。今回の事にももかは関係ないし約束は反故にしない――今すぐが良いのか? 後でも迎えに――「今すぐです。なんか荒れそうなので」わかった」
そうしているうちにみつこが戻って来る。
「おん? ももかじゃん。なに、もう行くの? 確かに私が悪かったかもね――殺したのは間違っちゃいないけど」
「あんな色ボケ死んで当然です。あの世でいちゃつけばいいんです。話を聞きましたが会話も出来ずに銃を向けるあほぅは死ねデス。あの惨劇を知ってなお、山田のその行動に脱帽です」
「ま、行こうか。ジンちゃんい~い?」
「わかった、機体を見せたくないから外に出てからな」
「う~い」
腕の中にももかを抱えながら自衛隊駐屯地を脱出する。こちらの様子を窺うだけで追撃したりすることはなかった。恐らく死人を増やすだけだと諦められているのかもしれない。
「どんでけ恐れられているんだ? みつこは」
「え~と死神だとか鬼神だとか背後に立ったら殺されるとか言われてましたよ~?」
ももかが楽しそうに語っているが後で何をされても俺は知らないぞ?
「ももか後でアレでアレな? ちょ~とお尻が痛くなったりするけどきっとしばらくしたらアレになるはずだから」
「え……ちょ……待って下さいよぉ~。葉隠い……葉隠さんがこっそりオナっ――カフッ」
高速で拳を突き出して顎を器用に揺らしたな。気を失ってやがる。
「ジンちゃんそいつたまにめんどくさいけどいい子だから大事にしてあげてね?」
「わかった。確かに憎めないタイプだな。ちょっとアホだが、可愛いアホだな」
「何ちょっと焼けちゃうわ~。まぁ、仲良かったから死んでほしくなかったってのもあるんだよね。抱かせる必要はなかったんだけど……これってネトラレ……?」
「……早く帰るぞ」
駐屯地を出てビルの影でA.A.Sを取り出して三人で搭乗した。ももかの身体強化を行っていないために保護の意味を兼ねている。月へ次元跳躍すると研究室へももかを連れて行った。
研究所内にはエクシアさんが培養カプセルの前で作業をおこなっていた。
「この子が眠っている間に身体強化をお願いする」
『また、増えたんですね。早く行かないとまた彼女達に半月も絞られますよ?』
ヒューマノイドボディを操作するエクシアさんにお願いすると処置室へ入っていった。エクシアさん本体は俺の脳内にいるんだけど遠隔操作で操っているそうだ。でも、メモリキューブで俺から分離しないのかな? 『余計な事を考えてないで早く行きなさい』――あいあい。聞かないことにします。
◇
深夜、空港近くの海中を二人で泳いで進んで行く。装備はH.P.M.Sでヘルメットを被っている状態だ。暗闇の中だが暗視装置が機能しており行動に支障はない。
『間もなく上陸する。先行するか?』
『もちろん~。標的は三人。山田のアホが連絡しているからいるかどうか分からないけどな~。ま、いたらラッキーで』
『了解――任せた』
『あいあい、任されました』
上陸。空港滑走路に光が灯っている。望遠モードで見渡すと……監視がいるな。すでにステルス化しているが体が濡れている為、足跡に気を付けるとしよう。
空港施設に侵入成功する。佐官の場所を特定したいのだが……あ、歩哨を捕まえて目ん玉の前にナイフを突きつけて聞いているな。そのまま引きずって物陰に移動している。首が一回転する。死んだな。どうせろくでもない奴だったんだろう。無闇に殺したりは――しないだろう。多分。
移動。跳躍し二回のテラスへ。恐らく二階のテナントスペースだろう。通信で場所だけ呟いている。仕事人だな。
……あいつらアホなのか? 襲撃の予定があると山田が言ったはずなのだが対象が纏まって三人もいやがる。あ、みつこも呆れている。恐らく脅威度判定がキチンとできていないか、俺が機体に乗って盛大に侵入してくるとでも勘違いしているのか? ――ああ、会話が聞こえているが鹵獲、もしくは残骸でも米国が高値で買い取ってくれる……と。佐官以外の偉そうな奴がゲラゲラと笑ってやがる。
あ、飛んだ。ステルス化して近づいていたみつこが、背後からソファーに座っている将校を二人殺し軽く跳躍。対面の三人の胸部の位置を一気に横薙ぎ。頭を垂れるように上半身が落ちていく。テーブルに置いていたアルコールのグラスが割れ、死体は酒に塗れた。まぁ、冥土へ行く際に飲める最後の酒だ。楽しんでくれ。
『俺、役立たず?』
通信で囁く。ホント眺めていただけじゃん。
『カスを殺したところに一緒に居て感覚を共有するだけでもいいんだよ。それにしてもすっきりしたなぁ~。――あ、でもここは人を殺して悲しむヒロインを「仕方なかったんだ……君の罪は俺が背負う……」って主人公ムーブをジンちゃんがするところじゃないか?』
『ちゃんと泣いていたら、慰めたりしていたかもな――帰るぞ』
確かにすっきりはしたな。後味が悪いどころか胸がすぅっとしたわ。残りも楽しみだねぇ。
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