44話 心配する人その二、治療係とジークハルト
呪いの副作用(?)による懐き具合からするに、進んで治療方法を受け入れるだろう。
「この前、私がしたいように治療の協力につき合うと約束してくださいましたし」
思い返して口にしたら、フィサリウスの笑顔が初めて固くなった。
「あれ? どうかなさいましたか?」
「あんな賭けをした身が心配だな、と思って……」
「心配?」
「あの時のジークの様子からするに、彼、次は本気で」
そこでフィサリウスの顔色が悪くなった。同時に言葉を止められてしまって、エリザは気になった。
エリザが心配しつつ小首を傾げたら、彼が口を開く。
「一つ確認したいんだけど、君は、いちおう成人しているわけだね?」
「なんかその確認怖い気がするんですけど……そうです、十八歳です。この国の女性の成人は十八からなんですよね?」
「男も同じだけどね。いや、こう、まじまじと見ても君はもう少し年齢が低く見えるからさ」
彼が腕を抱え、顎に手をあてて、じーっと見つめてくる。
なんて失礼な王子様なんだ。
「身長が低いのは仕方ないんです、たぶん。いずれ伸びます、成長が少々遅いタイプなんです、たぶん」
「たぶんが二つ――希望論?」
「なんて失礼王子様なんだ」
エリザは思わず、口に出した。
けれど、やはりフィサリウスは対応が甘くて、笑っただけだった。けれどその表情はすぐに曇っていく。
「解除薬については、もう材料集めに入ってもらっているから、でき次第すぐにでも君へ届けさせるよ。受け取ったら、それをジークに飲ませてね。はぁ」
「不吉な溜息を吐かないでください。なんなんですか?」
あれだけ親友の『呪い』を解きたいとしていたのに、露骨に乗り気でなくなった彼にエリザは顔を顰めた。
するとフィサリウスが、真剣な顔をして身を乗り出した。
「君にはすごく世話になっているし、もう僕の友人でもある。だから、その解除薬を飲ませたあとで無理やりとかいう展開になって、初めてなのにとてもつらいことになったとか愚痴る相手がいなかったら、私に頼ってくれていいからね。ジークのことは一発殴るから」
「え、どういうこと? その解除薬には何か副作用があったりするの!?」
エリザが気になって尋ねたら、彼は真顔になった。
「副作用はないよ。魔力石を使うんだから」
だから、この国では常識らしいその『魔力石』もエリザはよく分からないのだ。
そのへんの状況も説明して欲しいのだが、今の彼とは話しがかみ合わなさそうだと想像しただけで疲れてしまった。
「私は怪力の指輪があるし、何か起こっても大丈夫ですよ」
とりあえず、そう言って指輪を見せた。
フィサリウスが顔の中心に力を入れるような、また妙な顔をした。
「君のその指輪は、私が想像している場面では役に立たなくなる気がするんだ。そもそも君の話からすると、私としては、守ってくれる絶対の味方にだったら外れると推測――」
だが彼の台詞に、扉のノック音が続いた。
外から騎士が、時間を告げてきた。
それを聞いたエリザは、一気にそちらへ意識がぎゅんっと引っ張られて、ハッとして立ち上がった。
「うわぁあぁまずいっ! ジークハルト様の訓練指導が終わっちゃう!」
エリザが扉を開け放つと、騎士がびっくりしたように目を丸くした。
「うわっ、ごめんなさいっ。それじゃあ私行きますからっ」
「走ると危ないから、気をつけて!」
飛び出したエリザは、聞こえてきたフィサリウスの声に「はいーっ!」と言いながら大急ぎで走っていた。
訓練され、鍛えられた自分が転ぶなんてことはないと思っての返事だった。
それを廊下から見送ったフィサリウスに、護衛についていた騎士が言う。
「……大丈夫ですかね?」
「まぁ、誰かに介抱された、なんていう噂が流れて、ジークの耳に入らなければ相手は生き続ける」
「【赤い魔法使い】様ではなくて、相手の誰かが……」
騎士たちがゾッとする。
ところで、と訪れていた騎士が続けた。
「婚約申請書の件で、王家の承認を求める書面が来ています」
フィサリウスは、そう言われて差し出された封筒にしばし沈黙した。
「…………早いな」
思わず落とされた彼の呟きに、事情を知る専属の護衛騎士たちもまた、先程走っていった相手を心配するように黙り込んでしまったのだった。
◆
ようやくジークハルトの術が解けると知れて、エリザは上機嫌だった。
訓練場へと向かいながら、この吉報を早くジークハルトに伝えたいと思った。それからルディオだ。
ジークハルトに『呪い』の件を打ち明けてしまったことは、フィサリウスはとくに問題視しなかった。
解除の件について、二人に堂々と進展を話せるようになったのもエリザは嬉しい。
(師匠のもとを出てから――ルディオも、ジークハルト様も、初めてできてすごく仲のいい友達だから)
もしかしたら、ジークハルトの方は、術が解けた時には少しよそよそしい距離感を置かれるかもしれない。
そこには、正直言うと少し寂しい気持ちは湧く。
ジークハルトが信頼してくれている態度を、可愛いなと感じていたのは本音だ。
そして日頃のジークハルトの頑張りや成長を見ていたからこそ、すっかり情が湧いてしまっていた。
あんなに一緒に居たがられたのも、エリザには初めての経験だったから。
でも彼の独り立ちを望んでいるのも本当だ。
呪いがなくなったら、ジークハルトは家を継ぐ人間として誰かと婚約できる。
蕁麻疹や失神や恐怖心が出るかもと細かく女性に怯える必要はないし、今を、自由に生きられる。
ルディオも、ジークハルトと結婚させられる心配がなくなって安心するだろう。
ジークハルトを治療するのが、エリザの目標なのだ。
女性とも会話ができるようになってきたし――あとは、原因の根本になっている『呪い』を解けば自分の役目は終わりだと、エリザは思っている。
(呪いを解いたら、私じゃなくても彼を導ける――)
訓練場に向かってみると、先に廊下へルディオが上がってきた。
「おっ、走ってどうした?」
すでに濡れたタオルで身体も拭いたあとらしい。
エリザはぱぁっと表情を明るくした。彼の城から続いた数人の騎士たちが、可愛いといってざわついたが視界に入らなかった。
「ちょっとこっち来て! 聞いて欲しいことがあるからっ」
訓練場と反対側の廊下の端により、支柱を背に呪いの解除方法を発見したことについて教えた。
「おー、さすがは殿下。国で一番の魔法使いで、そのうえ研究者だもんなぁ」
「呪いが解けたらお祝いでね!」
そうしたらジークハルトは、今よりも女性に怯えなくなって済む。
だが、ルディオは親友の呪いがなくなることを喜んだばかりなのに、なんだか先程見たフィサリウスみたいな反応をした。
「吉と出るか、凶と出るかによるなぁ……」
「はい?」
「もしかしたら騒ぎになって、それどころじゃなくなるかもだし?」
いったいなんの『騒ぎ』だというのだろう。
訝って顔を顰めていたエリザは、不意に後ろから腕が回ってきて驚いた。
「う、うわぁあぁあ!? 私が気配を感じないとかいったい何者――」
「こんなところで二人、何をしているんです?」
肩越しにハッと見上げて、エリザはなんだと拍子抜けした。
「ジークハルト様!」
「ルディオは僕の親友ですが、楽しく内緒話をされていると妬けますね」
「あはは、冗談が冴えてますね~」
エリザは笑った。そばでルディオが、唇にきゅっと力を入れて黙り込んでいた。
ジークハルトが「ふうん?」と首を傾げる。
「エリオは上機嫌ですね」
「実はですね、ジークハルト様の『呪い』の解除方法が見つかりました!」
声を潜めつつ、手をバンザイして伝えたら、ジークハルトがエリザの笑顔につられたようににこっと笑った。
「さっき殿下から解除薬を用意すると、お話があったんです」
「フィーから?」
エリザは、ジークハルトに呪解薬が近々手に入ることを伝える。
「いや、そもそも後ろから抱き締められたままなのをツッコミしろよ」
刷り込みって怖い……とルディオが呟いた。訓練省から続々上がって来る騎士たちが、自分の小さな治療係に抱きついているぞと囁かれていた。
「とりあえず、呪解薬が届いたら飲んでもらいますからね。使用上の注意などがあれば、私がきちんと聞いておきますからご安心ください!」
エリザは、元気いっぱいマントコートの上から胸を叩いた。
「そうでしたか。僕は魔法は専門外なのでよくは分かりませんが、その解除というものでエリオが納得するなら、望むままにしてください」
ジークハルトが、やけにきらきらとした満面の笑みを浮かべた。
「とても楽しみです」
そう言って彼がぎゅっと抱き締め、にーっこりと笑う。
美しい笑顔なのだが、どこか胡散臭いように感じてしまうのは彼の顔立ちがあまりに整い過ぎているせいだろうか。
本人の同意も得たので、後は解除薬を飲ませるだけだ。
きっと彼が美人過ぎるせいだろうとエリジは納得することにした。
「そうですね、私も嬉しいです」
エリザはにこっと笑い返した。隣にいたルディオが、嫌な予感を隠しきれないように表情筋を強張らせていた。
(それにしても私、本当に、女の魅力が微塵にも感じられていないくらい懐かれてるよなぁ)
彼の腕の中に囲われたままであることについて、エリザはそんなことを思った。
先日、ベッドで一緒に仮眠を取らされてしまった時に痛感した。この程度の密着ではまったくバレる気配さえない、と。
呪いが強まったせいで、ジークハルトの精神年齢かエリザの前で急激にがくんと下がるせい。
そう考えると、弟が兄にくっついている感じなんだろうなぁと微笑ましくなった。
「さっ、次はいったん執務室ですよね? 行きましょうか」
エリザはくりんっと廊下の奥を向く。
「いや、その腕に突っ込まないんかい」
同じく足を進め出したルディオが、指摘してきた。
呪いが強まっているから仕方がないのだ。そう答えようとしたのだが、エリザは手を引かれ、肩を抱かれて流れるようにジーハルトに隣へと移動させられた。
(この姿勢は……エスコートでは?)
彼女の頭に、疑問符がいっぱい浮かんだ。
「……あのー、ジークハルト様?」
すぐ隣の、随分上にある彼の顔を見上げた。
「はい、なんですか?」
「こんなふうに手を取られなくても、私歩けますよ」
「こういう時は僕が案内しないと」
「道順知ってますけど?」
エリザが答えるごとに、その隣でルディオが「回答にことごとくツッコミたくなるっ」と、何やら独り言をくぐもらせていた。
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